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六月二日午後七時三十分
「ゴメン!お待たせ!」
「ううん、僕も今ログインした所だから」
食事入浴を済ませ、集合時間より少し早めにアナザーワールドにログインしたライト、はマリアの店のテーブル席に座りメニュー・ウインドウを操作していた。
するとライトの目の前に一瞬パッと青い光が瞬き、その中から少々焦った様子のルナが現れた。
待ち合わせでの定番のやり取りを交わし、ルナは手櫛で簡単に髪を梳くとライトが腰掛けている席の真向かいに腰掛けほうと一つため息を吐いた。
現在、この≪マリアの万屋≫の店内にはこの店の主たる「男の体に生まれた乙女」ことマリアは本日はまだログインしておらず、ライトとルナの二人きり。二人向かい合わせでテーブルについている姿は、何も知らぬプレイヤーが傍から見たらカップルそのものーーではなく、仲のいい似ていない姉妹に思われることだろう。
もっとも、ライトは全力で否定することであろうが。
席に着き、ゆったりと座るルナの長い白髪から時折覗く右耳では、黄金の月がキラキラと窓から差し込む陽光を反射させている。
「随分早かったね……何してたの?」
「どうせだし少しでもメニューウインドウの操作に慣れておこうと思ってさ、ちょっと早めにログインして色々と弄ってたんだ。」
ライトがそんなルナが演出する幻想的な光景に目を奪われていると不意にルナがそう問いかけ、ライトは開いていたウインドウを閉じる。
するとルナは感心感心とでも言いたげに微笑み、ライトに身振りで閉じたウインドウを開かせ自らもウインドウを開く。
「そうなんだ……じゃあそれまでで何か分からないことは無かった?」
「あ、そういえば……スキルの取得って画面があったんだけど、どんなスキルを取ればいいのか教えてくれないかな?」
ライトは窓を可視化させると、くるりとそれを反転させてルナの方に向ける。
するとルナは体を僅かに前に乗り出し、ライトのウインドウをチェックし始める。
「ああ……確かにまずスキルを取らないといけなかったね。と言っても、初心者が最初に取るスキルは大体決まってるけど」
「え?そうなのわっ!?」
聞き返すと、ルナは小さく頷きウインドウをライト自信の方に向けるように言い、おもむろに立ち上がり椅子を引いてライトの隣に腰掛けると体を寄せてライトの窓を覗き込んだ。
「ほら、ここ見てみて」
余りにも密着したお互いの距離に奇声を発するライトを一度変な目で見ると、何事も無かったかのように体を密着させたまま窓の片隅を指差した。
ルナが存外けろりとしていることに言いようのない敗北感を覚えたライトは一度深呼吸してどうにか精神を落ち着けると、ルナが指差した所に視線を向ける。
するとそこには、二行の空欄と、その下の段の端に『0/2』と表示されていた。
「何これ?」
「これは今ライト君がセットできるスキルスロットの数と、セットしてるスキルの数。見れば分かると思うけど、今ライト君は最大で二つまでスキルをセットできるの」
「なるほど……これの最大値って増えるんだよね?」
ルナが言った通り、ライトのウインドウに表示されている数字はあくまでもライトの現時点での最大値。アナザーワールドでは、プレイヤーのレベルが上がるに応じてスキルスロットの数は増えて行くようになっている。
そうでなければマリアの生産職スキルの保持数の説明がつかないし、ルナも昨日料理スキルについて少し触れていた。流石のルナにも二つしかないスロットで趣味のウェイトが高いスキルを取る余裕は無い。
「うん、えっと……スキルスロットの数で今の時点で分かってるのは、初期値が一つで、レベル5で二つ、15で三つ、30で四つ、45で五つ、65で六つかな?」
「そうなるとルナは今は五つってことか。差し支えなければどんなスキルを取ってるのか教えて貰って………あ、ダメなんだっけ」
質問しかけてから昨日のルナの話にあった自分のステータスは原則人には教えないということを思い出し、ライトは慌てて「やっぱりいいや」と言おうとしたが、ルナは一瞬の躊躇いも無く口を開いた。
「参考になるかは分からないけど……私のスキル構成は、≪片手直剣≫、≪索敵≫、≪換装≫、≪白魔法≫、≪料理≫の五つだよ。スキルの説明は要る?」
「あ…じゃあお願いします……」
「うん、まず≪片手直剣≫は、そのまま片手直剣の攻撃スキルを使う為のスキルで、熟練度が上がるほど強力な攻撃スキルが使えるようになるの。
ライト君も主武装が片手直剣だし、他の武器に持ち替えるつもりが無いならこのスキルは必須だよ。」
「なるほど、じゃあ一つは決定だね。ごめん、次お願い」
途中で口を挟んでしまったことに謝り、続きを促す。するとルナは、「気にしないよ」と笑って説明を続けた。
「じゃあ次は索敵だね。索敵スキルもその名前の通り近くに居る敵とかプレイヤー探すスキル。
熟練度が上がれば索敵範囲が広がったり、更には目標のプレイヤーを追跡出来るようにもなるんだ。ちなみに追跡中は、マップに青い光点が現れて、その光点が追跡してるプレイヤーの通ったあとをなぞるの。」
索敵スキルの説明を聞いてライトがまず思ったことは、「便利そうだけど、一歩間違えたら犯罪に使われそうだなぁ。」だった。
もっとも、仮想世界にはノーマナー行為はあれど「これをしたら現実世界で逮捕」のような明確な基準は存在しないし、何か犯罪と取れる行為を犯した所でこちらは実体の無い言わばデータの世界、現実で警察に届け出ても証拠不十分で突っぱねられるだけ。そうした犯罪との境界がグレーになりがちな世界だ。
昼間ルナが言っていた粘着気質のストーカーを例に上げるとするならば、この世界で誰かをストーキングしても対象はログアウトすれば済む話だし、ストーキングをしたプレイヤーに対して運営から別段ペナルティがあるわけでもない。
法の縛りが無い仮想世界では、「現実では犯罪、でも仮想世界なら合法、なら出来ることならなんでもやっていい」という考えを持つプレイヤーが出るのはある程度は仕方ないことなのだ。
仮想世界でトラブルに巻き込まれたらプレイヤー自らの力で解決するのが望ましいというのはフルダイブ技術が進歩してこのゲームが生まれてからずっと提唱されていることだ。
誰かのように力尽くで解決しろとは言わないまでも、自らの力で最低限物事を解決する能力もこのゲームで必要なプレイヤースキルといった所だろうか。
閑話休題。
ライトからの質問が無いことを確認したルナ先生は、立てた五本指のうち三本目を折り畳むと更に話を続ける。




