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2050年 6月1日
「え?氷雨アナザーワールド買ったの?」
「おうよ!大変だったぜ?
発売日に店に並んだはいいけど俺の目の前で売り切れやがってよ!
その場で即予約してから3ヶ月待ってやっと昨日届いたんだよ!!
まだプレイはしてねえけど、くぅ~!早く帰ってプレイしたいぜ!!」
そう言って胸の前で大仰にガッツポーズをする友人を見て、最初に口を開いた人物は一つ嘆息する。
「……でも良く買えたね?
アナザーワールドって初回販売分10万本が5分で売り切れたんでしょ?
追加分が出るにしてもかなり待つかも知れなかったんじゃない?」
「そりゃあ運だろうなぁ……俺の目の前で売り切れってのが幸いだったんだな。
俺がもう少し後ろにいた時に売り切れてたら一年は待つかもって店のオッサンも言ってたからな。
雷翔は買わねえの?」
「僕は買わないかな。元からそんなに興味は無いし」
「へーへー、そうでしたね。
現実至上主義で老木の風裂雷翔君はゲームなんかに興味はありませんよねー」
「……何か嫌味な言い方だね」
目の前の悪友に不本意な呼び方をされたことに半目を作り抗議した人物の名は、風裂雷翔。
肩口で切り揃えられた男子にしては少々長めの髪や、女性的な可愛らしい顔立ちで柔らかい雰囲気を纏っていることから女性と間違われることがあること以外は至って普通の#男子#高校生だ。
ちなみに悪友の言葉にある老木というのは、彼が何に対しても左程の興味を示さないことから老木のように枯れていることを揶揄するアダ名だ。
当然、彼にとっては不本意甚だしいものではあるが、確かに大いに自覚はあるのであまり強く否定が出来ないというのが彼の近頃の悩みである。
「……それで、アナザーワールドで氷雨は何をするの?
確かジョブシステムはないから基本的にプレイスタイルはプレイヤーの自由なんでしょ?」
旗色が悪くなった会話を早々に切り上げ、雷翔は話を元していた本筋のものに戻す。
雷翔に氷雨と呼ばれた少年は、苦笑を浮かべて引き下がった雷翔にどこか勝ち誇ったようにふふんと鼻を鳴らす。
この少年は凍堂氷雨、整った容姿と涼しげな印象を与える名前とは裏腹によく言えばクラスでもムードメーカー的立ち位置に立つ賑やかな、悪く言えば無駄に高いテンションが少々暑苦しい雷翔との小学校時代からの悪友だ。
「そりゃあおめえ、男ならフィールドに出てmob狩りだろ!」
「モブ……?」
「ああ、おめえそういうの疎いんだっけ。
mobってのはフィールドに出るモンスターとかのことだよ。
要はモンスターを狩って自分を強化するってことだな」
氷雨の回答の中に雷翔にとっては耳慣れない言葉があり、小首を傾げて自らの知識に無いということを示すと、それに気づいた氷雨はすぐに噛み砕いた表現に変換し伝え直す。
それに得心のいった雷翔は今度はニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべ、僅かばかりの反撃を試みる。
「へえ……氷雨に戦闘なんか出来るの?体力テスト、万年最下位のくせに」
「うるせぇ!いいんだよ!ゲームの中ならシステム的な補助が受けられるから多少リアルでの運動神経が悪くても!!」
「多少……?」
雷翔の記憶が正しければ、氷雨は毎年学生の大半を憂鬱に叩き落とす全国統一の体力テストのボール投げの項目で前代未聞のマイナスという記録を叩き出す程にはあらゆる運動神経が壊滅的だった筈だ。それが多少とは氷雨の基準とは如何なるものなのか。
「まあ氷雨がどんなゲームをしようが自由だけどさ。
ま、すこしでもその運動神経を改善出来るように頑張るんだね。」
「へん!仮想空間で練習しまくっていつかてめえの運動能力を超えてやっからな全国一位!」
ニヤニヤという雷翔の反撃にペースを取られた氷雨は憎々しげな声を大にしつつも顔には笑顔を浮かべて高らかに宣言する。
その宣言に同じ教室で談笑に興じていた生徒達が何事かと二人の方に視線を向けるが、この二人にとってこの程度は日常の会話の範疇だ。
クラスメイトも二人の様子を見て「またあいつらか」程度の反応しか示さずに再び談笑に戻る。
「はいはい……一体何年かかるか分からないけどせいぜい頑張りなよ。
それと、もう昼休み終わるけどお弁当は食べなくていいの?」
「なぁ!?おま!そういうことは先に言いやがれ!昼飯食いっぱぐれたじゃねえか!!」
雷翔はつついていた弁当を片付け、ペットボトルに入れられたミネラルウォーターで喉を潤すと今度はにっこりと輝かしい笑みを浮かべて昼休み、終始アナザーワールドについて熱く語っていた氷雨に現実を叩きつける。その言葉を受けた氷雨がひょいと時計を見ると、時計は昼休み終了の一分前を告げていた。
悪態をつき、ドタバタとクラスメイト達の机に躓きながら騒がしく走り去っていく悪友を見送り、雷翔は悠々と次の授業の準備を始める。
キーンコーンカーンコーン……
「あああああああああ!!??昼飯ぃぃぃ!!?」
そして無慈悲に始業を告げるチャイムと、氷雨の悲痛な叫びが午後の教室に響き渡った。
それから三時間後、盛大に腹の虫を鳴かせながら机に突っ伏した氷雨の姿が授業担当の教師の同情を買ったのはまた別の話。