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ルナに手を引かれるままに奥へと進み、簡素な木製の扉を潜ると、そこは様々な武器、防具が無秩序に並べてある物置のような部屋だった。
「凄いなぁ………」
手近な壁にかけられていた一本の長剣に指を触れさせ、知らずの間にライトはそんなことを呟いていた。
壁に掛けられていた剣は、派手な装飾こそ特にないものの、窓から差し込む陽光を鋭く跳ね返し、確かな存在感を感じさせる、いかにも高次元の武器だった。
その部屋にある装備はまるでガラクタのように無造作に散らかされていたが、その一つ一つはそれがこれほど無造作に置かれているところを見る人が見れば卒倒しかねない貴重な物なのだ。ライトが思わず引き込まれてしまうのも宜なるかなというところだろう。
「素材とかをどこから仕入れてるのかは教えてくれないけど、これ全部、マリアが仕入れたり作ったりした装備品なんだよ。
マリアって戦闘はほとんどしないけど、こういう生産系のスキルを上げて経験値を稼いでるからあれでもかなり高レベルなの。」
「へ、へえ……そう言えばルナのレベルは63だったっけ?
それでもかなり高いと思うけど……僕なんかまだ一桁だぞ?」
森でステータスの確認をした時にちらっと目に入ったルナのレベルをどうにか記憶から引っ張り出すことに成功したライトがそう言うと、ルナは苦笑いを浮かべて首を横に振った。
「マリアやうちのギルドマスターなんかに比べたらまだまだだよ。
それにライト君なんか一桁なのにもう私より基本スペックは段違いじゃない。
もう少し知識をつけて経験を積めばすぐにマスターよりも強くなると思うよ?」
「そ、そうかな……?あんまり自信無いけど……」
ルナの言葉に気恥ずかしさを覚えたライトが右手を持ち上げ、後頭部をかりかりかきながらそう言うと、ルナはクスッと控えめな笑みを浮かべた。
「まあまあ、レベルの前に、ライト君には先立つものが必要でしょ?早く装備の更新、しちゃおう?」
そう言うと、ルナは部屋の中央に台座に突き刺さり静かに鎮座していた、剣先から柄頭まで全てが白銀に輝く、十字架のように真っ直ぐに伸びた鍔の中央に大きな紅玉が嵌められた長剣を指差す。
その隣には丁寧に畳まれた限りなく黒に近い濃紺のレザージャケットと漆黒のボトムスが並べてあり、更にその手前に、漆黒のレザーブーツが揃えて置かれていた。
ルナはその装備品達に歩み寄ると、一つずつに指先を触れさせ、プロパティ・ウインドウを一斉に展開するとそれに目を通し始める。
「これが今回ライト君が買う装備で……全部固有名付きだね。≪ジャケット・オブ・ナイトメア≫、≪ナイトメアボトムス≫、≪ブーツ・オブ・ドラゴンナイツ≫、それで、この武器が≪パラティウム・クロス≫。
これ全部が今のライト君のステータスでギリギリ装備できる筋力要求値を持ってるね。
これ、全部マリアが作ったんだけど、余りにも要求ステータスが高いから今まで買い手がつかなかったんだって。
多分これからもライト君以外にこれを装備できる人なんか出てこないし、思い切って二十万シルで売ってくれるってさ」
「なるほど……うわ、確かに重い……」
試しに聖騎士の十字架との銘を持つ剣を握り、台座から抜いてみようと僅かに持ち上げてみると、背中のショートソードとは比べものにならない重さを感じ、思わず手を離す。
「確かその剣は神聖属性が付与されてるからアンデッド系とかデーモン系のMobにかなり高いクリティカル補正があるみたいだよ。
それと、そのボトムスは防御と敏捷性がかなり高いのと、ジャケットにはモンスターの憎悪値に大きいボーナスがつくみたい」
「ヘイト値?」
またもやライトには耳慣れない、ゲーム内の言語の意味について聞き返すと、ルナは律儀に答える。
「憎悪値っていうのは、モンスターにターゲットされやすくなったりするパラメータのこと。
普通は攻撃すればどんどんダメージが増えるから、それにつれてその値が増えていってモンスターに狙われやすくなるんだけど、その憎悪値ボーナス付きのジャケットなら憎悪値の増加が抑えられて攻撃してもモンスターに狙われにくくなるの。」
「うわあ……地味に反則臭い………」
極端な例を示すと、このジャケットを装備したライトが誰かと二人で狩りに行ったとして、同じモンスターにライトがそのステータスの高さを活かしてどんどん攻撃しても、ライトに対しての憎悪値が増加し辛いモンスターは、代わりに大した攻撃も出来ていない相方の方を狙うということになる。流石にそれは極論というものだが、いずれそれに近い現象は起こるだろう。
モンスターは至極単純なアルゴリズムに従い、全ての行動を起こす。つまり、そのアルゴリズムに感知されなければ例え戦闘中で自らが攻撃を続けていてもモンスターから攻撃を受けることは無いのだ。
もっとも、その皺寄せで大量の攻撃を捌かされるパートナーからしたら冗談じゃないといったところだろうが。
「でもダメージディーラーの役割をこなすなら便利な能力だよ。
例えばボスモンスター戦で壁役の人達にタゲが移ってる間にライト君がその恐ろしい攻撃力でガンガン敵のHPを減らせるんだもん。
戦闘時間もそれだけでかなり短縮出来るし、ぐっとボス戦が楽になると思うよ?」
「そっか……あ、ごめん、続きお願い」
「うん、わかった。最後はそのブーツだね。
それの効果は敏捷力がプラスされるってだけのシンプルな効果だけどシンプルだけに効果が絶大でね、プラスされる敏捷力が四十、これは大体そうだな……レベルアップすることで得られるステータスポイントを全部AGIに振ったとしても、最低十以上はレベルを上げなきゃいけないくらいかな。
これを装備すればただでさえ私と変わらないくらいのライト君のAGIは一気に私とをレベル十以上引き離すことになるね」
そう言うルナの顔には苦笑いが前面に押し出されており、完全に引いている。
マリアもマリアで、なんという化け物装備を格安でプレゼントしてくれたものだ。