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「アバター名は……ライト君でいいのかな?
レベルは………9か、確かにブルーウルフとあれだけ戦えばそれくらいになるよね」
ライトのステータス・ウィンドウを覗き込むと、ルナは名前、レベルの順に視線を動かし、得心がいったように頷く。
「あれって強いの?」
「うん、この近辺に湧出するMobの中では一個体でも一番強いモンスターだよ。普通はレベル1+初期装備+スキル無しなんて過激すぎる縛りプレイじゃ逆立ちしても勝てない筈なんだけど……」
「はは……勝てたものはしょうがないよ」
ルナの苦笑混じりの言葉にライトは乾いた笑いで返すと、輝宮改めルナはくすりと笑い、ライトにウィンドウをスクロールさせると今度は三文字程度のアルファベットの横に何桁かの数字が表示されているステータス欄に目を向ける。
「えっと……それで、ルナから見て変なところとかあるかな?」
「うーん、ちょっと待ってね」
たどたどしくライトがルナにそう問いかけると、ルナは自らのステータスとライトのステータスとの間を幾度となく視線を往復させる。
ちなみに、絶望的なまでに異性との対話スキルが皆無なライトが馴れ馴れしくも彼女をルナと名前で呼んでいる理由は、先程ルナから「ここはゲームの中なんだからアバター名で呼び合おう」との提案があったからだ。
最初にプレイヤーネームとはいえ異性のことを呼び捨てで呼ぶことに抵抗があったライトが「ルナさん」と敬称をつけたら何故か濁りとでも擬音が付きそうな笑顔を向けられた上に「うん?」と首を傾げられたので半ば押し切られる形で呼び捨てで呼ぶことに落ち着いた。
「じゃあ細かいステータス構成は………って何これ!?」
ライトが脳内で「いかにすれば女子と上手く話せるのか」という思春期の男子ならば誰しも一度は考えるであろう永遠の課題について考察していると、ライトのステータスをじっくりと見ていたルナが突然驚愕の声を上げた。
「どうかしぐえっ!?」
何かおかしいことでもあったのかと恐る恐るルナに尋ねようとした瞬間、ライトが言い切らないうちにダメージが発生しそうな勢いでルナに簡素なチュニックの胸倉を掴まれ、ライトは潰された蛙のような悲鳴を上げた。
「ちょっ……どうしたの……?」
このゲームは基本的に生理現象としての呼吸は設計されていないので、水中ならばいざ知らず陸上で首を締められたところで実際に窒息するようなことはないが、締められ具合によって少しずつHPが減少していくように設定されているというものになっている。
だがそんなことは知識として持っていてもルナがギリギリと女の子とは思えない力でライトの胸倉を締め上げるので思わずライトの脳に首を締められているというイメージが出力され、その信号を受け取ったライトの言葉は途切れ途切れの苦しげなものに変換される。
「どうしたって……何このステータス!?」
「ちょ、落ち……落ち着いて!酔う!酔うから!!」
ライトの切実な叫びを他所に、首を締めた上にがっくんがっくんとライトの頭を揺さぶるという拷問を働いたルナが落ち着きを取り戻したのはそれから約5分後のことだった。
「はあ……はあ……吐くかと思った……」
「ご、ごめんなさい……あんなぶっ飛んだステータス見たの初めてだったから………」
ようやくルナから解放して貰ったライトは肩で息をして、微かに揺れる景色をぼんやり見ながら首を振る。
口では吐くなどと言っているが、当然ながら現実の体にフィードバックを起こす程の強い信号はヘッドギアに設けられた安全装置によって大幅に軽減されるので現実に吐くなどという現象が起こることは無い。ライトとしても口に出してみただけにすぎない。
「いや、大丈夫。ぶっ飛んだステータスって……僕のステータスってそんなに凄いの?」
「うん、もう化け物レベルだね。だってレベル一桁でHPが十万オーバー、MPも一万オーバー。しかも他のステータスもトッププレイヤークラスくらい高いもん。
多分要求ステータス値が高い装備品でも大抵は装備出来るんじゃないかな?これじゃウルフの大群とも戦えるよね」
「うわぁ……じゃ、じゃあ参考までに、今このゲームで一番強い人ってどんなステータスなの?」
「ん~……強い人って言われてもステータスだけじゃなくてプレイヤースキルとかも影響するから一概には言えないけど………とりあえず今の時点で一番レベルが高い人で73だよ。ちなみに前の闘技大会で優勝した人もその人。
主武装は片手棍で、ステータスは公開されてないからわからないけど、多分魔法と敏捷性、筋力バランスよく振った魔法剣士タイプ」
「よくわからない割りには詳しいね……」
よくわからないなどと言っていた割に思ったよりもつらつらと言葉が出てきたことに驚いたライトがそう言うと、ルナはなんとも言えぬ微妙な表情を作って答えた。
「あはは、慣れれば試合を観ればそれくらいなら分かるようになるよ。
それに、私が入ってるギルドのリーダーだし」
「ギルド?」
言葉の後半で若干苦々しい表情になったことに首を捻りつつも、ライトは耳慣れない言葉への疑問を口にする。
ライトの知識の中にはギルドと言うと英単語で「共同組合」という意味での「Guild」しか存在しないが、それと同じような意味と判断していいものか。
「ギルドっていうのは仲の良い人達とか、同じ目的を持った人とかが集まる組合みたいなものだよ。私も一応所属してるけど……」
「なるほど、参考になったよ。ありがとう。」
そんなライトの疑問を聞いたルナは嫌な顔一つせずに答えるが、やはり所属ギルドの話になると口が重たくなる。
何かあるのだろうが、ライトとしてもあまり深く突っ込むのも憚られたので多少強引になったが話を切る。
「とりあえずこの森を抜けたいんだけど、もしよかったらでいいんだけど……時間があれば外まで案内してくれないかな?」
「うん、勿論いいよ。それに、体力も半減してるし街で回復した方がいいね。とりあえずマザータウンまで案内するよ」
厚かましいのを承知で道案内を頼むと、ルナは笑顔でそれを引き受けてくれた上にそんな申し出までしてくれた。ライトにとってもこの申し出は願っても無いありがたいことなので、恐縮しつつも言葉に甘えることにする。
「本当?助かるよ」
「そんなのいいよ、近くの村に戻るのもマザータウンに戻るのも対して変わらないし……それにライト君、ちょっと武器を見せてくれないかな」
笑顔でそう言うルナに首を捻りつつもとりあえず言われるがままに背中に吊った剣を抜き、くるりと回転させて持ち直し、柄をルナに向けて渡す。
「なんだか手慣れてるね……何かやってた?」
「特にスポーツとかはやってないけど……小さい頃から父さんに色々叩き込まれたからかな?剣術とか、弓術とか、体術とか」
雷翔は昔から女性的な容姿や冷めた性情から周りに虐められることが多々あり、その護身用に隼人に様々な方面で鍛えられていた。
そのおかげで日本の高校生には絶対必要ないだろうほどに色々なものを扱えるようになったが、とりあえず余分な知識もゲームでくらいは役に立ちそうだしその辺りは感謝するべきだろうか。
「全部「道」じゃなくて「術」なんだね……道理で立ち回りが上手い訳だ………」
最も、指南を受けている間隼人に勝てたことは一度も無いが、隼人は雷翔からみても化け物と言える。
何故一介のサラリーマンがそんなに化け物染みているのかは謎だが、雷翔は子供の頃からそんな家族を見て育っているので今更大した疑問にも思わない。
「それで、剣なんか見てどうしたの?」
舐めるように剣を色々な方向から見るルナにそう問いかけると、ルナは剣に右手の人差し指を触れさせプロパティ・ウィンドウを開くとそれを見て口を開いた。
「えっと、今は剣の耐久度を見てたの。ほら、もう所々ヒビが入ったり刃こぼれが出てるでしょ?
こういう武器とか防具は使えば使うほど耐久度が損耗していって、耐久度がゼロになると壊れちゃうから時々鍛冶屋さんとか細工師さんとかの加工職の人のところに持っていってメンテナンスしたりするの。
でもその剣、もうかなり損耗してるからメンテより更新した方がいいかも。
ライト君、まだ時間大丈夫?」
ルナがそう問いかけてきたので、ライトはメニューウインドウを開いて時間を確認する。
現在時刻0時。健全な高校生にとって寝るにはまだ少々早い時間だ。時間を確認し大丈夫と伝えると、ルナはぱっと笑い頷いた。