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「輝宮さん……?」
ライトが呆然と呟くと、輝宮は聖母を思わせるような微笑みを悪戯が成功した子供のような笑みに変えて口を開いた。
「ふふ、こんにちは、風裂君。全く、びっくりしたよ~、暇つぶしに森を散歩してたら風裂君がウルフに囲まれてるんだもの。
しかもそんな初期装備で戦ってるし、なんであんな無茶をしたの?」
「それは……えっと………たまたま囲まれて……。
そ、それより、僕としては輝宮さんがこんなゲームをしてることが驚きだよ」
純粋な疑問の言葉に、どう答えればいいのかが分からなかったライトが苦笑いを作りそう答えると、輝宮は要領を得ない回答に首を傾げつつも、誤魔化すためにライトが言った言葉に苦笑を浮かべつつ答える。
「やっぱり女の子がRPGゲームなんて変かな?ゲーム、結構好きなんだけどな」
「そうなんだ……まあ確かにちょっと驚いたけど、別に変では無いんじゃないかな?好きなものなんて人それぞれだし」
「ふふっ、ありがとう。」
どうにか誤魔化せたらしいことにほっと息を吐きつつ輝宮の言葉に答えると、輝宮はぱっと表情を更に明るくする。
「……?なんで目を細めるの?太陽なら風裂君の後ろだよ?」
「いや、ちょっと………」
その眩しい笑顔が直視に耐えずライトが思わず目を細めると、輝宮がきょとんとした表情で首を傾げる。
だが流石にライトも「あなたの笑顔が眩しいからです。」などと言える程神経が太くない。曖昧に苦笑いで誤魔化し、輝宮の人となりを考える。
雷翔から見て、輝宮本人は周りの噂とは違い随分と友好的な性分のようだった。
女性との対話スキルが皆無にも等しい雷翔でもいたって普通に会話もできるし、昼間の口論のときに浮かべていた厳しい表情からは想像もつかない程裏表のない、明るい笑顔を浮かべている。
とてもではないがライトには昼間凄まじい剣幕で木原と口論を繰り広げていた人物と同一人物とは思えないが、流石に会って間もない人間に聞くことではないと思い直し、小さく首を横に振って思考を振り払う。
「意外と言えば……風裂君がゲームをやることの方が私としては意外だな。確かあまりゲームとかはしないんだよね?」
「よくそんな事知ってるね……。まあ、いつもはそうなんだけど、ちょっとした縁でハードとゲームカードを貰ったからちょっとプレイしてみようと思って、さっきログインしたんだ。」
雷翔の身の回りでは悪友である氷雨程度しか知らない筈の情報を輝宮が知っていたことに少々驚きつつ答えると、何か引っかかるものがあったのか、輝宮は大きく目を見開いて驚きの声を上げた。
「さっきログイン!?でもこの森の奥地って、相当高レベルの人達くらいしか来れないんだけど………でも装備が思いっきり初期装備だし………」
「それが実は………」
話していいものか少々悩みつつも、一人でも理解者がいた方がいいだろうと考えたライトは顎に手を添え何事か考え込んでいる輝宮に先程までの顛末を説明した。
「なるほど、シークレットアップデートね。
………疑うわけじゃないんだけど、何か分かりやすい証拠とかないかな?」
ライトが説明を終えると、険しい表情で何事か思案しながらその説明を聞いていた輝宮が唐突にそう聞いてきた。
「証拠……どんなものが証拠になるかな?」
その反応に流石にすぐに受け入れてもらえることでもないかと考えつつ、証拠となりそうなものがわからないライトは証拠となり得るものについてルナに問いかける。
するとルナは一度「うーん……」と唸り、何かに気がついたように小さく手を叩く。
「……転生者ってあれだよね?Web小説とかによくある特別な力を持った人。
ならステータスとか?……あ、でもステータスは人に見せちゃダメだから無理だね」
「なんでダメなの?」
輝宮がサブカルチャーに堪能だったことに少しばかり意外感を覚えつつそう問いかけると、輝宮は「そっか」と苦笑いを浮かべつつ呟き、答えた。
「風裂君はネットゲーム初心者だったね。
えっと、ステータス構成を人に見せると例えば見せた人と決闘をするっていうときに事前に対策とかを取られちゃったりして不利になることがあるの。
だから、この場でそういうステータスは本当に信用出来る人以外には原則見せちゃいけないことになってるんだ。実際にルールで決められてる訳じゃないけど、暗黙の了解ってやつだね」
「なるほど……ステータス画面ってどうやって呼び出すの?」
「話聞いてた!?」
ライトが話にあったステータス画面とやらを呼び出そうと、出し方を聞くとルナは驚愕の表情を作りそう叫んだ。
「ステータスっていうのはデュエル以外にも人によってはいろいろ悪用されたりするんだよ!?私が悪用したりしたらとか考えないの!?」
「悪用するの?」
「いや、しないけど……」
「ならいいじゃん。それに≪転生者≫の話をした時点で今更だし、それより僕は素人だから、リスクよりまずは知識を優先したいんだ。
それに、悪用する人は悪用したらとか言いません」
ぴしゃりとそう言うと、ライトに論破されてしまったルナは大きな溜息を一つ吐き、緩慢な動作で右手を持ち上げる。
「わかった。じゃあ、先ずは右手を持ち上げて」
「こう?」
ライトはルナのお手本の通り、指を真っ直ぐに伸ばした右手を胸の辺りまで持ち上げる。
「そう。それで、そのまま中指を勢い良く振り下ろす。」
何かの宣誓みたいなポーズだなぁなどと考えていると、ルナは指を開き右手の中指を下に振る。
それに倣いライトも中指を振り下ろすと、どこからとも無くピピッという小さな機械音が響き、空中に一枚のウインドウが現れた。
「それがメニュー・ウインドウ、装備の変更とかステータスの確認とか、このゲームで重要なことは全部そこを経由するから出し方を忘れちゃダメだよ」
ルナはそれに付け加え、「ちょっと見ててね」と言うと、突然その場で垂直に二メートル程も跳躍する。それに合わせてウインドウもルナに付き従うように移動したが、ライトはそれよりも助走も何も無しで二メートルもの垂直跳びにこれがシステムアシストかと感心していた。
「こんな風にプレイヤーが動いても必ずメニューウインドウは着いて来るから、極論戦闘中に激しい動きをしながら操作することもできるよ。」
まあ、そんな余裕がある人はそういないけどね。と付け足すと、着地したルナはライトに近づき自分のウインドウを持つよう手をかけ、ライトの方へと押しやる。
「そうそう、メニューウインドウは他の人が覗き見したり出来ないように自分以外にはホワイトアウトするようになってるの。」
失礼してライトが覗きこむと、確かに色々な文字や数字がぎっしりと表示されているライトのものとは違い、恐らく名前であろう≪Luna≫という文字列以外は真っ白に染まっていた。
「じゃあステータスを見せるなんて出来ないんじゃ……」
「ううん、出来るよ。どこでもいいからウインドウの角に触れてみて」
ライトがそう呟くと、その質問が来ることがあらかじめわかっていたらしいルナがそう言ったのでその言葉に従い、ライトは自分のウインドウの右下の角に指先をちょんと触れさせてみる。
すると、『ウインドウ可視化許可しますか?』というメッセージとYes、Noボタンが表示されたのでYesボタンをクリックする。
「これで私にも風裂君のステータスを見ることが出来るようになったよ。
あ、でも操作は君の手じゃないと出来ないから安心してね。」
「なるほど……。しかし凄いね……これなら皆がハマるのも分かるよ」
しみじみと呟くと、隣でふふっと笑う声とともにウインドウを操作する機械音が聞こえてきた。
「はい、私だけ見るのも不公平だし、比較対象があった方が分かりやすいでしょ?」
そんな言葉が聞こえると、ライトのウインドウの隣に同じく可視化されたーーただしこちらは花柄やらで可愛らしくカスタマイズされているーーウインドウが並べられた。
輝宮の声の方を見ると、思った以上にお互いの距離が近く、ぎょっとしてしまったが、努めて何かを考えるような表情を作って出来るだけ自然にウインドウに目を移した。