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無事ウルフを討伐し、ライトは一度深く息を吐くと本来の目的である人探しを再開しようと再び歩き出す。
「えっ!?」
するとその瞬間、ライトの周辺からまるで狼の遠吠えのような音が響き、ライトの周りに新たに5体のウルフが青い光とともに出現した。
そして新たに湧出した五体のウルフは、何事かと狼狽するライトを取り囲み、ギラギラした黄色い目で俺を睨みつけている。
「嘘……!?」
突然五体ものウルフに取り囲まれたライトは、ウルフ達の威嚇に冷や汗をだらだらと流しながら一歩、後退る。
どうやら、先の戦闘中のウルフがとった遠吠えは単なる隙ではなくきちんと意味があるものだったらしい。
……仲間を呼ぶという、プレイヤーにとって厄介極まりない意味が。
「グルルル………」
「……ああもう!やればいいんだろやれば!」
取り囲まれ退路を断たれたライトは半ば自棄になりながら背中の剣を抜き放つ。
するとそれが狼達にとって戦闘開始のゴングになったのか、狼達も獰猛に唸り各々の鋭い爪や牙を剥いてライトに飛び掛かった。
「はぁ!!」
「グルァ!」
突如始まった第二ラウンドから二十分、ライトは十体程の狼達と激しい戦闘を繰り広げていた。
ブルーウルフは、一体一体のステータスはライトでも問題無く処理出来ることからそれ程の脅威にはなり得ないが、HPが半減すると仲間を呼び、次から次へと連携で襲いかかるという、一度にそれ程多くのモンスターを相手にすることが難しいソロプレイヤーには天敵とも呼べるモンスターだ。
ライトも出来る限りの速さで狼達を狩り続けているが、如何せんウルフが仲間を呼ぶペースが一体辺り二匹から五匹のペースなのに対し、ライトがその間に狩れるのは一匹か二匹。どれほどライトが奮戦しても、ペースが全く追いつかない。つまりジリ貧である。
「ぐっ!?」
流石に疲労したライトの反応が鈍った瞬間、ライトの死角から飛びかかってきたウルフが右腕に食らいつく。
そして一瞬ライトの剣を振る動きが止まると、ここぞとばかりに周りのウルフ達も鋭い牙や爪を輝かせ襲い掛かろうと体を縮める。
「やばっ……!」
剣を左手に持ち替え、右手に食らいついたまま離れないウルフの喉元に剣を突き立てて引き剥がし、襲い来る攻撃の嵐に少しでも対抗しようと剣を再度持ち替えた時、ライトの視界は純白に染まった。
「なっ…!?」
余りに突然の現象に「なんだ!?」と叫ぶ間も無く、ライトの左腕に誰かに掴まれたような感触が伝わり、そのままぐいっと勢い良く引っ張られた。
「こっち!走って!!」
いきなり何者かに腕を掴まれたことにパニックを起こし思わず右手の剣を振り回そうとした瞬間、そんな鋭い、恐らく女性のものだと思われる声が聞こえ、その声ではっと我に返ったライトはウルフ達が呻く声をバックに腕を引く力に従い走り出した。
「………ここまで来れば大丈夫かな。どう?タゲは解除されてる?」
それからしばらく走り続けると、ライトの腕を引いていた人物が立ち止まり、振り返るとそう問いかける。
「う、うん。ありがとうございます……」
礼を言いつつターゲットアイコンを確認してみると、いつの間にかウルフ達を振り切ったらしくそこには何も表示されていなかった。
そのときにHPバーも目に入り、ライトのHPははなんとあの戦闘の間に半分近くにまで減少しており、緑からもう少しで黄色に変わるところだった。
まあ、一撃一撃は小さくとも頭数が多ければ当然攻撃を受ける回数は増える上にダメージは大きくなる訳で、半減程度で済んでむしろ僥倖と言えるだろう。
ライトは礼を言うついでに恩人のその姿を観察する。
姿と言っても、その人物は茶色いフード付きローブを身に纏っており、フードを目深に被っているのでその下の装備や容姿などはよく見えないのだが、男にしてはほっそりとした体のラインや、先程の声から女性だと分かる。
ちなみにこのアナザーワールドは、性別・容姿が使用開始時にヘッドギアがスキャンした現実のものから変更出来ない仕様になっているので、ライトの前に立つプレイヤーは現実世界でも女性ということになる。
勝手ながらライトはこの手のゲームにはジャンル的に女性プレイヤーはあまりいないとばかり思っていたが、遭遇した第一プレイヤーが女性だという辺りそんな考えも怪しくなってくる。
「ううん、お礼を言われる程の事じゃないよ。大した事じゃないし、知り合いが困ってたら助けるのは当たり前だよ」
「知り合い?」
ライトは、目の前の女性プレイヤーの言葉に首を捻る。
ただでさえ現実でも友人と言える存在が少ない上に今日初めてMMOゲームに触れた雷翔にネットゲーム内での知り合いーーしかも女性ーーなど言うまでも無く居ない筈だし、いくら記憶を掘り返してもこれまでにライトがそこそこ深くまで関わった女性など家族含め片手で数えられる程しかいない。
ライトが必死に記憶を掘り返していると、得心がいったように茶ローブの女性が手を打った。
「そっか、このままじゃ分からないよね。」
そう苦笑が滲む声で言った女性は、目深に被ったフードを取り払い、ぱさりと仮想の重力に従い流れ落ちる長い髪を手櫛で軽く整える。
「こうして二人きりで話すのは始めましてかな?風裂雷翔君」
木漏れ日に照らされきらきらと光を反射する長い髪の色は、純白。
そして、整った顔立ちに見惚れるような笑顔を浮かべた目の前の女性は………
「輝宮美月、アバター名はルナです。よろしくね」
ライトが通う高校の姫君、全校男子の憧れの的。
輝宮美月その人だった。