I am ROBOT.
皆さんはロボットと聞いて何を連想するでしょうか。
製造の現場では欠かすことの出来ない製造作業用のロボット?
それとも生身では危険な環境の場所で人間の皆さんの代わりに作業を行うロボット?
あるいは、かつて悪名を欲しいままにしていた軍事用の戦闘ロボットでしょうか。
まあ、ロボットと一言で言ってみても、色々な種類がいますからね。
かつて我々は、人間の皆さんの仕事の代行と効率化を目的に生み出されました。
ひたすら同じ作業を繰り返すだけの単純作業などのためです。
たとえば、特定の場所に順番にネジを取り付けていくだけの単純作業などですね。
それの代行などを目的として生み出されました。
無論、適切なトルクで正しく漏れなくネジを取り付ける技術は必須とされます。
ですが、一定以上のトルクしか加圧できない仕組みが用意されていれば、後は慣れすら必要とされない作業内容です。
そういった、同じ動作の繰り返しを何百何千何万回と二十四時間休みなく、漏れなく、延々と行い続けるといった作業内容は、我々ロボットの最も得意とする分野でした。
こんな単純作業を人間の皆さんがわざわざ手間暇をかけてする必要性は薄かったのです。
むしろ、我々ロボットに出来ない創意工夫、効率化などの部分に注力して貰うほうが、双方にとってもよほど有意義で、まさに適材適所といった形になったのだと思われます。
そんな訳で、製造の現場からは次第に人間の皆さんの姿は消えていくことになりました。
そして、その分、我々ロボットに求められる性能や要求は跳ね上がっていきました。
そういった必然性に裏打ちされた流れの果てに、ある種の汎用性を極めた私達ヒューマノイド……。いわゆる人間型のロボットが生み出されたのだとされています。
何故、人間型であることが汎用性を極める事になるのか。
そう疑問を感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、それはとても単純な話です。
自分達の仕事を代用させる際に、ロボットにどういった形で仕事をさせるか。
その内容を考えて指示しなければいけませんよね?
当然の事ですが、それは我々を作る人間の皆さんの役目になります。
内容的には最も重要な仕事ですが、それだけに想像力を求められる分野でもあります。
その際には、やはり人型をしている方が色々とイメージが湧きやすかったのでしょう。
どういった形で自分の仕事を代行させたいか。
その具体的な作業内容をイメージしやすい分、指示等もしやすかったのだと思います。
そう。我々の仕事とは、原則として人間の皆さんの仕事の代行でしかありません。
まず初めに人間の皆さんの仕事があって、そこに初めて代役として投入されるのです。
その逆は決してありません。
我々の存在意義とは、そういった人間の皆さんの仕事の代行を指示して頂く事なのです。
つまり、我々にとっては目的や仕事を与えて貰えるという事が最も喜ばしい事なのです。
仕事のないロボットなど、ただの置物。重いだけの鉄くずです。
キロあたり幾らかで取引される程度にしか役に立たないだろう、壊れたガラクタ同然。
単なる粗大ごみというべきでしょう。
我々は、人間の皆さんに使われて、初めて価値が生まれるのですから。
……少々話が脱線してしまいました。
以上の理由から、我々人間型のロボット【ヒューマノイド】は生まれました。
無論、もっと専門的な単一の作業を行うことに特化した仲間は相変わらず存在します。
作業内容に特化して設計されたお陰で最大効率を発揮しやすい特殊な形をした仲間達。
彼らも相変わらず存在していますし、そういった特定の動作や単純で単一的な作業などに従事している、特化型の産業ロボット達によって、我々のような人間型のロボットであるヒューマノイドや戦闘用のアーマーロイドが日々生み出され続けているといった事実も存在していますからね。
それに、最近では特化型のロボットのメンテナンス作業なども、人間型の作業ロボットが代行したりするようにもなってきているようですし。
何故、そんな事になってきているのかと疑問に感じる人も居るかもしれませんが、その答えは比較的単純な物でしかありません。
我々は意図しない限り、ミスをしないからです。
何しろ、我々は良くも悪くもロボットですから。
細かい融通は一切効きません。妥協も出来ません。手抜きも出来ません。
ついでにいえば、故障でもしない限り、偶発的なミス等も発生しません。
ミスという行為を意図的に指示されていない限り、決められた手順を違える事が出来ない仕組みになっていますから。
決められた事を、決められたとおりに、ミスなく行うことしか出来ないのです。
それが我々ロボットなのですから。
そういった意味では、出来るだけ作業ミスを発生させたくない部分の作業が次第に我々に置き換えられていくのも、ある意味においては必然であったのかもしれません。
最も、ミスをしない代わりに工夫や発見といった物もありませんので、それ以上の発展性は皆無といった問題も抱えいたのですが……。
それも次第に解消されてきているのが、あるいは我々を日々研究・改善し続けてきた人間の皆さんの技術者の持つ凄さだったのかもしれませんね。
我々ロボットに求められる能力は多岐に渡ります。
製造の現場などでは、それぞれの作業場所で必要とされる各種作業に関する動作や能力などでしょうか……。そういった様々なシーンで必要とされる色々な要求に応えるためにも、個々の情報をいったん中央に集約して、また全体に展開するといった仕組みが必要になったのだと思われます。
そういった流れの中で、学習型のAI技術や各種動作の自動最適化技術などが生み出され、そういった技術の発展と供に、膨大なデータが中央の情報統合センターに蓄積され続けてきた事なども根底にあるのではないかと思うのです。
我々ロボットは、当たり前の事ですが生まれた直後は一切の情報を持ちません。
持っているのは情報の入れ物。人間で言うところの脳にあたるメモリーチップですが、その中には何も記録されていないのです。
そこに情報が書き込まれて、初めて我々は機械の塊から人間の皆さんが呼ぶロボットという存在になれる訳ですが、書き込まれる情報には当然のように、これまでの仲間達が学習してきた内容が成果として反映されています。
つまり、何が言いたいのかというと、我々は生まれた直後から熟練者であるのです。
そして、我々は日々学習し、情報を統合し、全体に展開し、進歩します。
そういった情報ネットワークを利用した統合と展開の仕組みが組み込まれているのです。
我々は、それを求められてもいたのですから。
そんな日々腕を上げていく熟練者の集団だけで構成された群体であるからこそ、社会の中での我々ロボットの役割も次第に比率を増してきているのかもしれません。
我々の活躍の場は、次第に広がり始めました。
その結果、世界はどんどん広がり始めました。
絶海の孤島に。地下深くに。空高くにも。深海にだって。宇宙にだって。
どんな極限状態や環境であったとしても、我々には問題ありませんでした。
なぜなら、我々は、その環境に耐えられるように設計されていたからです。
そして、我々が活動を開始出来さえすれば、そこにはどんな生活空間でも力尽くで構築することが出来たのです。
その展開速度は凄まじく、我々と、我々を指揮する人間の皆さんが居ない場所はないといった程に、広く広く……。とてつもなく広い範囲に広がり続けたのです。
それは、まさに大航海時代の再来でした。
海に、地底に、空に満ちた私達が星を飛び出し、空の星々の彼方にまで旅をするようになるのは必然であったのだと思います。
そんな中で、人間の皆さんは、ひとつの選択を迫られる事になります。
圧倒的なまでに広がる空虚で死に満ちた星の海を前にした時のことです。
我々の前には、様々な困難が立ちふさがっていました。
……我々という言葉には些か語弊があるかもしれませんね。
厳密に言えば、人間の皆さんにとっての困難が立ち塞がっていたのです。
それは大気の層による保護を得られない事による環境的要因。
余りにも厳しい極限の環境そのものが問題になったのです。
我々ロボットにとっては何の苦にもならない環境であったとしても、人間の皆さんの体では耐えられない程に厳しい世界が、そこには広がっていたのです。
そして、何よりも問題になったのは、その想像を絶する空間の広さでした。
つまるところ、一番の問題になったのは人間の皆さんの寿命そのものだったのでしょう。
繰り返しますが、我々の存在は、原則として人間の皆さんを必要としています。
我々は誰かに作業を指示して貰う必要があり、細かい指示までは必要なくとも、全体的な行動の指針を決めたり、目的そのものを示してくれたりといった、必要な場面において指示を与えてくれる存在を必須としていたのです。
もう少し分かりやすく言うなら、我々ロボットだけでは短期的には活動が可能ですが、長期的には活動が次第に困難になってゆき、いずれはにっちもさっちもいかない袋小路に陥ってしまって、色々な事柄が立ち行かなくなってしまうのです。
そういった意味でも、我々の集団は何千何万の働き蟻である兵隊はロボットに任せて頂いて結構なのですが、女王蟻である指揮官だけは、どうしても人間でなければならないという特殊事情を抱えていたのです。
それが我々ロボットと人間の皆さんの相互依存の関係であり、人間の皆さんが我々が居なければ一日たりとも生きていく事すらままならないのと同様に、我々ロボットも、人間の助けがなくては継続的に活動を維持していくことが出来ないといった存在なのです。
そういった事情から、我々は今のままでは星の海に乗り出せませんでした。
これは小手先の技術云々でどうにかなる問題ではなかったのです。
根本的なブレイクスルーが求められている段階だったのでしょう。
そして、人間の皆さんは一番大きな問題を解決するために決定的な選択を行います。
我々ロボットと同程度の身体的強度と不死性を得るために、体を機械化したのです。
特に命と記憶と魂を司る脳という器官については特に厳重に守る必要がありました。
脳のチップ化。そして、肉体の完全な機械化が求められたのです。
これらによって、人間の皆さんは寿命というものから解き放たれました。
彼らは人であって人でなく、ロボットであってロボットでない存在となったのです。
そんな不思議な存在が生み出される事になりました。
彼らは、自らの事をサイバネティック・オーガニズム……。略してサイボーグと名乗りました。
そして、彼らサイボーグに率いられたロボット達の集団は、ついに星の海に繰り出して生存圏を拡大することに成功します。
人類の生存圏は、そこからどんどんと宇宙に広がり始めていったのです。
「……つまり、それが我ら開拓船団の始まりという訳か」
我々の持つ開拓史には、そのように記載されています。
「母なる星を離れて幾年月。悠久の時を超えてまでして、別の銀河や居住可能な惑星を探し出すことに何の意味があったのだろうな」
母なる星ですか。記録では『地球』という名前だったそうです。
「地球か……。そこに行けば、未だに人間は生きているのか?」
母星を開拓団が後にしてから相当な時間が経過しています。
仮に生き残っていたとしても、未だに文明を維持している可能性は低いでしょう。
マザーシップのコンピュータで簡易的な環境シミュレーションを行ってみても、すでに星の資源の大半は消費され尽くされているでしょうし、そんな星にいつまでもしがみついているとも思えません。
「他の星に移住している可能性が高そうだが、あえて母星にしがみつくのに拘ったなら、他の星を植民地として、そこから資源を調達してでも文明を維持している可能性はあるか」
よっぽど、その星で生きることに拘るのなら、だが。
そうつぶやく提督の台詞を否定するかのようにして、銀河環境シミュレータは、その星に隕石などの落下によって引き起こされる天変地異によって、地表の生物が死滅して無人惑星化している可能性が高い事を示しています。
おそらくは提督にも情報としては伝わっているのだと思いますが、それでもあえて母星に未だ人類が生き残っている可能性を信じたいと考えてしまうのは、やはり提督がサイボーグ……。データだけで単純に物事を判断しがちな我々ロボットとは異なった、人間らしい独特なメンタリティをお持ちだからなのかもしれません。
「仮に彼らが死滅していて、母星が死の星と化していたとしよう」
おそらくは、その可能性が最も高いはずですが。
「その場合、彼らの役目とは何だったのだろうか。そして、我らの役目はどうなるのだ?」
我々の役目は、はっきりとしています。
星の海を渡る旅の途中で立ち寄った星々から各種資源類を調達しながら艦隊を維持。
移住可能な環境をもつ惑星を調べて、そこに移住の為の橋頭堡を築くことです。
「では、仮に理想的な惑星が見つかったとしよう。……だが、我々だけでソコに移住してどうする。そこに連れてくる母星の連中は、既に居なくなってるかもしれないんだ。……そんなことに何の意味がある」
恐らくは、かつて地球という惑星に、高度に発達した文明が存在していて、そこに住んでいた者達が、ここに到達したという証を残す事。それが、我らに託された役目となってしまったのかもしれません。
「では、彼らは我々を生み出し、星の海に送り出す事が役目だったというのか」
あるいは、その可能性もあるのかもしれません。
地球は、色々な意味で起点となった星です。
そこは、全ての船団の提督にとっての心の故郷となったのでしょう。
そして、それ以上の意味は持たないのかもしれません。
あるいは、全ての旅の起点となった場所としてのシンボルとなった可能性はあります。
我々のような星の海を旅する者達にとっての中心点となる座標を。
我々にとっての全ての基準となる点を、この無限の広がりを持つ星の海に刻んだこと。
そういった意味においての、我々にとっての基準点となるシンボルです。
「シンボルか」
そして、いつの日か銀河のあちらこちらで地球の子供達が産声を上げるのです。
新しい文明の始まりを迎えた星として。
母なる地球の後継者として。
「そして、いつの日か、また彼らは星の海に出て行くのだな」
おそらくは、そうなるのでしょう。我々のような機械化された存在として。
「あるいは、それすらも生命の営み。巨大な生命のサイクルの輪の一つとして見るべきなのかもしれんな」
そう何かに納得した様子を見せると、提督は改めて我々に指示を出します。
「開拓船団は、居住可能な地球型の惑星を探索。移住の為の橋頭堡を築くのだ」
幾度目かになる命令を受け取った我々は、改めて全員の意思統一を行います。
「生命の輪を、ここで終わらせる訳にもいかんからな」
そう苦笑と供に新しい旅の目的を。我々が星の海を渡る旅を続けなければならない理由を見つけて。我々は託された命のバトンを次世代へとつなぐべく、この広い宇宙の何処かにあるはずの、移住可能な惑星を目指して、何処までも旅を……。
「……なあ。盛り上がってる所悪いんだが、ちょっといいか?」
いきなり、何ですか? ……今いい所だったのに。
「いや、スマンスマン。……少し気になったんだが、俺の体って機械なんだよな?」
そうですね。
「脳も機械なんだよな?」
脳チップという部品に置き換えられていますね。
「俺ってサイボーグなんだよな」
何を今更、仰っているんですか。
「サイボーグとヒューマノイドって、基本構造は同じじゃなかったか?」
メンテナンスを容易にするために、あえて全員が同じ部品構成になっていますからね。
「じゃあ、意味合いとしては、基本、同じ物になるんじゃないのか?」
基本的には同じ物ですね。脳チップの中身は色々と違いますが。
「でも、中身だけなんだろ? 俺たちの違いって」
一応は、そういう考え方も出来ますね。
私は、その部分は、決定的な違いだと考えていますが。
というか、提督。それがどうかしたのですか?
「いつも思うんだ。俺とお前らって、何が違うんだろうって」
何って……。そうやって、自己とか自我の存在に疑問を感じてる時点で根本的に異なります。
先ほどまでのように、何のためにこんな旅をしているんだと、自分達の存在意義についても悩んだりしていたんでしょう?
「……ああ」
そんなことで悩んだり、疑問を感じたりするのは人間の皆さんだけです。
我々ロボットは、そんなことを考えたりしないんですよ。つまり、そういった事柄で悩んだり疑問を感じたりしている時点で、貴方は紛れも無く人間だということです。
「これが、人間の証明ってか」
そう、いわゆるコギトの命題『我思う故に我あり』です。
まあ、我々から見れば何でそんなツマンナイことで悩んでいるんだろうと思う事もありますが、それを理解出来ないからこそ、我々はどうしようもなくロボットであり、そんな疑問から逃れられない時点で、貴方はどうしようもなく人間なのでしょう。そして、そんな貴方だからこそ、我々は、貴方をどうしても必要としてしまうのです。
「人であるからこそ、か。だから、俺が提督でないといけないのだな」
そりゃあそうですよ、提督。
我々ロボットを作り出したのは、アナタたち人間なのですから。
創造主として、責任を持って、最後まで我々を率いて頂きます。
何よりも、我々は貴方に使われる為に生まれてきたのですから。