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第一戟 森の中で美少女に遭遇したと思ったら、男だった件。(1)

 ――――――――ここは、どこだろう。


 頭上で囀る鳥の鳴き声に、俺はぼんやりとした意識が徐々に覚醒するのを感じ、未だ重たく開けるのも億劫な眼をほんの少しだけ開けてみた。


 眼を開けた瞬間、まず最初に飛び込んできたのは、燦々と輝く太陽の閃光である。真っ白な光が俺の視界いっぱいに広がり、俺は無意識のうちに掌で顔全体を覆いかぶせていた。


 眩しい、と感じる暇もなく、俺の視界は真っ白い光に埋め尽くされ、脳髄がビリリと痺れる感覚が全身に淡く広がる。


 ヤッベ……、クラクラしてきたぜ。


 俺は小中高の科学教師が口を酸っぱくして、『絶対に直で太陽を見るな』と言っていたのはこういう訳か……、と今の自分の体験から基づいて答えを導き出す。


 それにしても、こんなに空って開けていたっけ?


 俺の記憶にある空は、天まで聳える高層ビルの切れ間から見えるくらいの、いわば手のひらサイズだと思っていたのに。


 今、俺の眼前にある空は、どこまでも澄み広がっていた。


 青く塗られたキャンパス()に描かれたいくつもの雲が、何だかかき氷のブルーハワイ味に見えてしまい、なんだか凄く可笑しかった。


 そんなくだらない事を思い浮かべてしまうのは、俺が横たわっている場所がものっ凄く暑いからである。


 確か、今の季節は冬だったはず。今朝見たカレンダーでは11月10日になっており、テレビの天気予報でも今年一番の冷え込みだと言っていたのを覚えている。


 だから、俺は登校前に十分に防寒具(コート+マフラー+手袋)を身に着けて、家を出たはずなのに……。


 なのに、何なのだ。この茹だるような暑さは。


 ックソ、何が今年一番の冷え込みだよ。


 あのキャスター嘘吐きやがって!! と、俺は内心で毒を吐く。


(あ~、駄目だ。暑くて何にも考えられねぇ。もう、目も慣れたことだし、サッサッと起きるか……)


 俺はようやく目の痛みも取れてきたので、若干違和感の残る両目を擦りつつむっくりと起き上がり、身に着けていたコートを脱ごうと瞼を開けた瞬間、目の前に広がる光景に絶句した。


「……何だよ、これ」


 どういうことだ。


 俺は暑さも忘れて、今自分が置かれた状況に気づき動揺する。


 それもそのはず。


 今、俺がいる場所は通いなれた高層ビルが立ち並ぶ通学路ではなく、人の手が全く入っていない未開の森の中だったからだ。


 密集した木々が絡み合い、何だか陰惨とした雰囲気が漂ってきて、俺はゴクリと恐怖のあまり喉を鳴らし、無意識的に制服のポケットに入れていたスマホへと手を伸ばす。


 薄く固い物に触れた瞬間、俺はホッと安堵のため息を漏らす。


 よかった。これで助けを呼べる……、と思った束の間。


 起動したスマホの画面を見て、俺は一気に脱力した。


 スマホの画面の左上に味気ない文字で【圏外】の二文字が表示され、俺は一気に奈落の底に突き落とされる絶望感に苛まされた。


 一通り絶望感を味わった俺は、自身の鈍さに反吐が吐きそうになる。


 いくらスマホと言ったって、こんな山奥だと繋がらないことなど百も承知だったのに、あんなに浮かれてさ。


 ホント、馬鹿だな俺って……、ハァ。


 俺はトホホと項垂れながら潔くスマホを上着のポケットにしまい入れ、どっこらしょの掛け声と共に立ち上がる。


 パンパン、と服に付いた汚れを万遍なく手で払い落しながら、キョロキョロと辺りの様子をじっくりと窺う。


 こういった森の中で迷子になった場合は下手に動かず、現状をきちんと把握することが肝要なのだ、と以前ハイキング雑誌で見た『オランウータンでも分かる遭難対処法』という記事を読んだお陰もあり、俺は特に慌てる様子もなく冷静に事を進めていく。


 こうなったら何ごとにも前向きに考えなきゃ、と俺は足元に落ちていた先端の尖った石を拾い、手近にあった太い木の幹に傷をつけていく。


 ガリガリ、と何度も削っていき、自分だけが分かるような記をつけていく。


 多少絵心があった俺は慣れた手つきで、ある人物の顔を掘り上げていき、出来上がったのは憎々しい親父の顔である。


「……っうし。会心の出来だ」


 ゴシゴシと鼻小僧を擦りながら満足げに頷く俺。


 なるほど、これならば見間違える心配もない。


 俺は嬉々として辺りの木々に同様の記を刻みつつ、木々を分けて歩き始める。


 ……なぜ動いてるのかって?


 確かに先ほどは動くな、とは言ったが、野宿するにあたって必要不可欠な三種の神器というのがある。


 まず一つは水だ。


 水さえあれば七日間は生きていられるので、これから水飲み場の調達のため川を探しいくのだ。


 その次は薪になる細く枯れた木の枝だ。


 山の天候は変わりやすく、夜は一気に冷え込むため、火を起こして暖を取る必要があるからだ。


 それに水も生で飲むよりは白湯にして飲んだ方が、水に潜んでいる黴菌なども煮沸できるので、安心して飲めることができる。


 そして最後は食べ物だ。


 もうこれは生きる必要不可欠なものであり、毎日を元気に過ごすうえで欠かせない物でもある。


 これは川を探し当てたついでに魚でも捕ろうかと考えており、捕れなかった場合は山菜でも採ろうかとも考えている。


 その為に目印を付けたわけだ。確実に元いた場所に戻れるように。


 ガサ、ガサ、ガサと茂みを掻き分けながら奥へ奥へと進んでいく。


 しっかし本当に暑いなぁ。歩くたびに汗が噴き出してくらぁ。


 額から流れ落ちる汗を手の甲で拭いつつ、眼前に迫った木の枝を乱暴に払いのける。


「……チッ、どんだけ手入れされていないんだよ。普通、どの山だって人の手は多少入っているはずなのに」


 あぁ、俺の手から火が出る特殊能力があったら良かったのにな。そしたらこんなに苦労することないのに……、何度も舌打ちしながら自分の行く手を阻む木々を薙ぎ払って行く。


 次第に鬱々とした気持ちが沸き起こり、徐々に俺の体と心を蝕み気力をそぎ取っていく。


 そうなってくると、後は自然の成り行きで今までの不満とかが溢れ出してくる。


「……クソッ、何で俺がこんな目に。こんな事になったのもあのクソ親父のせいだ」




 ――――――――――――そう、話は今から数時間前に遡る。




 今日はいつもより早く目が覚めてしまった。時計を見ると学校に行くにはまだ時間があったので、俺は暇さえあれば行っている素振りをしに、家の片隅にある道場へと足を運んでいた。


 俺の実家は先祖代々剣道の道場を運営しており、嘘かホントか分からないけどあの”宮本武蔵”の血を引いている、由緒正しい武家の末裔であるらしいのだ。


 まぁ、恐らく迷信であろう。


 だって宮本武蔵には血を引いた実の子供がいなかったんだろう? だからこそ他所の子供を養子にもらったんであって。


 だから、ウチは”あの”宮本武蔵とは縁もゆかりもないだろう。


 なのに、俺を除く家族(親戚を含む)一同は、滑稽無形なデマを真実と信じて疑わず、こんなボロッちいだけの道場を祖先から延々と受け継いでいる始末。


 そのせいで俺は幼くして剣の道を進まざるを得なかったのだが……、おれはどうしてもあのテンションについて行けなくなった。


 口を開くたびに『剣聖である武蔵殿と同じ血が流れていることに誇りを持て。そしてその血に恥じぬような男になれ』ばかり。


 そんな言葉を聞き続けた俺は耳に胼胝が出来てしまい、人前で竹刀を振るう事が出来なくなってしまった。


 恐らくトラウマになってしまったのだろう。


 宮本武蔵と言えば、日本ではその名を知らぬものがいない、という程の有名人だ。剣の道を進む者ならば必ず憧れる大剣豪の一人。


 そんな人と比べられたら堪ったもんじゃない。


 物心がつくまでには『宮本武蔵』という言葉すら聞くのも嫌になっていたほどに、俺は宮本武蔵拒絶症になってしまったのだ。


 多分その要因は親父の言葉の他にあり、それは俺の名前である”宮本伊織”に他ならない。


 この名前のお陰で俺は小・中学校と散々からかわれてきたのだ。俺は身を守るために無理言って母方の姓である”猪倉”を人前で名乗ることにし、それで高校に通うことにしたのだ。


 そのおかげで名前の事では弄られなくなったので、それが唯一の救いでもある。


 と、まぁそんな訳で……、俺は今までの過去の出来事を思い浮かべながら、道場の門扉を開くべく取っ手に手をかけるも、如何せんだいぶ開きにくくなっていた。


 ま、オンボロ道場だからな……、愚痴りながら両手を掛けて力を込めて引くと、ギ、ギギギ、ギと嫌な音を立ててようやく開いた。


 俺は靴と靴下を脱いで、道着と竹刀が入った竹刀袋を床に置いて畏まると、一振りの真剣を奉っている神棚に向かって一礼をする。


 幼いころからの刷り込みとはいえ、一応やらないと落ち着かないものだ。


 数十秒間ほど一礼すると、俺は傍らに置いた道着と竹刀袋へと手を伸ばそうとするも……。


『そこにいたのか、伊織』


 重く低い、それでいて重厚感のある、しわがれた声が背後から投げかけられる。


『……んだよ親父。俺が素振りする間はここには来ない約束だろ』


 本当に忌々しい親父だ。俺の成すことやることに水を差してくるのだから、当人としては堪ったものじゃない。


 だからか、俺の放った言葉は心ならずつっけんどんなものであった。


 しかし、当の親父は息子である俺の心情に一向に気づく様子もなく、馴れ馴れしく俺の傍へと腰を下ろしてくる。


『……そろそろ門下生の前に出てこないか? 一人で竹刀を振っていたって強くなるわけじゃあない。互いを競え合う友がいてこそ、真の強さを手に入れる事ができるのだ。今お前がしていることは所詮偽り、ワシには児戯にしか見えぬ』


『……ほっとけよ。俺はただ精神統一のために竹刀を振っているだけだ。剣の道を目指しているわけじゃねぇよ』


 シュルリ、竹刀袋を縛った紐を解きながら言葉を返す俺。


『それはただのエゴにしかすぎん。いいか? お前は確かに武蔵殿の血を受け継いでいるのだ。だから、こうやって未だに剣を捨てきれずにいるのだ』





『……ッ、俺の前でその名前は言うなって言ってんだろ!?!?!?!?』




 激高。手にしていた竹刀袋を思い切り投げ捨てて、我を忘れて実の親に向かってメンチを切ってしまい、体中の血管が煮えくり返るほどの激しい憤怒が俺の心を支配する。


 だが、当の親父は俺の燃えるような怒りを前にしても、至って涼しい表情で受け流し、それどころが鋭く細められた瞳に一瞬怒りに支配された俺でさえ竦み上がるほどの殺気を込めた目で一睨する。


 俺は蛇に睨まれた蛙になったかのように、ビクッと全身が縮み上がり、体中を支配していた怒気が雲散するのを感じた。


 やはり、親父には適わない。


 ”現代の剣聖”との呼び声も高い親父――――――――宮本瀞一郎には、ね。


 警察官の剣術指南の任を仰せつかっている親父は、お偉いさんとのコネも強く、現にヒネくれた俺が警察沙汰にならないのはそのおかげでもある。


 しかし、俺はそんな親父がとても遠い存在に思えてならなかった。


 その思いは小さい頃から俺の小さな胸で燻っていた。


 まだ俺が宮本武蔵を嫌ってなく、純粋にその存在に憧れ、いつか自分も彼のような人物になると意気込んでいたころから。


 あの頃の俺は本当に無邪気であった。


 親父の横で一生懸命に竹刀を振っていたあの頃が、―――――――一番幸せだった様に思う。


 でも、物思いが付くころには俺は自分の実力に気づき始め、あれだけ近くに感じていた親父の存在がとても遠く、同時に疎ましく思うまでになっていた。


あの堂々とした勇ましい背中を見ていると、自分がとても小さな存在に思えてくるのだ。


 そのことを自覚してから、俺は対戦相手と竹刀を交わすことも出来ないどころか、人前で竹刀を振り下ろすこともできない状態にまでなっていた。


 こんな状態ではとても剣の道を目指すことはできない、と俺は剣道を捨てた。


 けれど……、未だ未練がましくこっそり一人で竹刀を振り続けている。


 そんな俺の様子を見て歯痒く思った親父は、とうとう我慢しきれなくなってこうやってわざわざ多忙な時間の合間をぬって会いに来てくれたんだろう。


 でも、そんな気遣いは俺には単なるお節介にしかならなかった。


 俺がこうなったのは、全て親父のせいなのに。


 原因の最たる親父が出てきては何の解決にもならないのだ。


 俺はグッと唇を噛み締めながら、


『……もういいから、出て行けよ。目障りなんだよ。それに……、剣道なんて唯の惰性でやってるだけだっつーの』


 眼を反らしながら辛うじて、それだけを親父に伝える。 


 そんな俺の言葉遣いが気に障ったのか、親父は手にしていた竹刀の先を俺へと突きつけ一喝。



『――――――――痴れ者めが!! それが本心ならば、お前には竹刀を持つ資格はない!!』


 

 道場全体が振動するほどの声量に、俺は思わず両耳を塞いで蹲るのと同時に、親父が初めて憤怒の感情を表に出したことに、俺は驚きの表情を隠せないでいた。


 暫くして体の震えが治まった俺は、険しい顔つきで竹刀を構えている親父を淡々と見つめ、親父の表情を見てようやく親父の内心を悟った俺は微笑を浮かべつつ、床に抛った竹刀袋を再び手に取り、十年来愛用した竹刀を取り出す。


 汗で汚れた柄の部分が掌に馴染み、俺は心なしか笑みを浮かべるも、すぐさま真顔に戻って、眼前の親父へと視線を移す。



 ――――――――――今ならば、打ち合えるかもしれない。



 グッと竹刀を握った手に力が籠る。久方ぶりに感じた緊迫感に手が、体が震えて止まらない。


 それでも、このままではいけない、と気を引き締めて竹刀を構える親父へと向き合う。


 スゥー、と大きく息を吐き、竹刀を握った手に力を込め、いつもの素振りを行う時とは違い、幼少の頃に叩き込まれた剣術の型を執る。


 俺の型はいわゆる基本の型であり、二天一流を完璧に習得している親父には適わないだろうが、今は親父も一本の竹刀しか持ち合わせていない。


 ならば十分に勝機はあるはずだ。


 防具も面も装備してないため、打たれたら激痛が走るかもしれないが、なに、要するに打たれない様にしたらいいだけのこと。


 還暦まじかの親父と十代の俺では体力面で大きな差があるため、親父がへばるまで逃げて、へばったら一気に打ち込めば十分に勝てる、はずだ。


 だが、俺の決意とは裏腹に手の震えが一向にやむ気配はなく、しまいにはバクン、バクンと大きく心臓が脈打ち始め、ハッ、ハッと過呼吸まで併発してしまう結果に。


 やはり、俺には無理だ。親父を前にすると俺のちっぽけな決意なんか、突風に煽られる紙屑のように飛び去ってしまう。


 そんな俺を見て闘気も怒気も失せたのか、親父は構えていた竹刀をゆっくりと下し、徐に首から提げていたタオルを無造作に床へと抛り棄てた。


 それからクルリと背を翻し、ポツリと一言。


『―――――――――お前は、剣の道から去るべきだ。正直、ガッカリである』

 

 意気消沈した声音でそれだけを言い残し、こちらを一度も振り返ることなく、親父が道場から去る足音だけが無情に響いた。


 俺は親父が発した言葉にしばし我を忘れていたが、やがてその意味を知ると体中の血が沸騰したかのような激しい怒りを覚え、それと同時に耐えようもない淋しさに襲われた。


 親父から見捨てられること。


 その意味は―――――――――――、お前は完全に適正外。剣の道を外れた外道であるということだ。


 俺はショックのあまりに血の気が失せるまで竹刀を握り締めた後、それを勢いよく膝でへし折った。バキバキィと竹の割れる小気味よい音が道場内に虚しく響き渡る。


 俺は無残な姿になったソレを打ち捨てて、裸足のまま道場から転げ回るようにして出ていった。


 親父がいるであろう家には戻らず、俺は学校に行く準備のことも忘れて、古びた門をくぐって繁華街へと続く道をひたすら駆け抜けた。



 ―――――――――そこから記憶がない。



 たしか、このイライラした気分を発散するために、路地裏に屯している不良に喧嘩を吹っ掛けたはずなんだが……、そこから綺麗に記憶が吹っ飛んでいるのだ。


 とりあえず欠けた部分を思い出せれば、こんな変な場所で倒れていた原因が分かるはずなのだが……。


 まぁ、上記のことから考えれば、不良との喧嘩の末に気絶して、暴行のし過ぎで死んだと思った俺を不良共が山の中に遺棄したと考えるのが妥当であろう。


 という事は、俺のことを心配している母さんが警察に行方不明届を出してるかもしれない。


 となると、早く帰らなければ更に事態は大袈裟になる。


 しかし、もうそろそろで日も暮れそうだ。


 ここから出るのは明日にして、今夜はここで野宿するのが最善の方法であろう。


 と、再び気を引き締めた俺は川を探すべく、ドンドンと森の奥へと足を踏み入れていく。


 今気づいたのだが、裸足だからか林道を歩くのはちと厳しいものがある。


 キチンと整地されてないし、気を抜けば先端の尖った石が足裏に突き刺さるので、俺は一足ずつ進むごとに慎重さを維持しなければならなかった。


 しばらく進んでいくと、だいぶ道が下り坂になってきたように思う。お国奥に進むごとに木々が深くなり、それに伴い日が当たらない林道には苔が覆い、幾分か滑りやすくなっていた。


 気を抜けば真っ逆さまだ、俺は足の裏に力を込めてゆっくりと下っていく。木の蔓を伝いつつ歩くとだいぶん歩きやすい事に気づく。


 どのくらい下ったのであろうか?


 永遠とも取れる時間の中、俺はふと上を見上げると木々が細く長く伸び、上の方で狭まっていることから結構な距離を下ったのだという事を確認できた。


 ふと、木々のざわめきに加えて川のせせらぎが風に乗って、俺の鼓膜へと心地よいBGMになって聴こえてくる。


「……ふぅ、あともう少しだな」


 俺は安堵の笑みを浮かべて、だいぶ疲れが来ている足腰に喝を入れ、ここが踏ん張りどころだと下るスピードを速めていく。


 一時間ほどかけて坂を下り終えた俺は、微かに漂う川の匂いを辿ってしばし歩いて行くと……、木々の隙間から光が漏れているのに気付き、勢いよく駆け出した。


 駆けていく横で木々が光の如く過ぎ去って行くも、俺はそんな些事には気づかぬ様子で、光に向かって一心不乱に走り出す。


 眩いばかりの白光に包まれたかと思うも、すぐに自身を覆っていた光が消え失せ、次の瞬間俺の目の前に飛び込んできたのは開けた河原であった。


 そのあまりの美しさに言葉も忘れて見惚れていたが、不意にどこから澄んだ歌声が聞こえてきた。


 俺は花の蜜に誘われる蝶のように、その歌声に惹かれてフラフラと声のする方へと歩いて行く。


 しばらくゴツゴツした河原を進んでいると、人どころか獣も寄り付かなそうな窪まった場所にある渓流瀑へと辿りついた。


 轟々と轟音を響かせながら、激しく落ちる水の勢いにしばし圧巻していると、またあの歌声が聴こえてきた。今回はさっきよりかははっきりとだ。


 俺は耳を澄ませながら、その歌声がどこから響いているのか確かめていると、どうやら滝壺付近の辺りから聞こえている様子。


 俺は歌っている当人に気づかれぬ様、ソォ~と足音を立てずに背後へと回り込む。


 声を掛けようかとも思ったが、ビックリされて逃げられたら元も子もないからだ。


 折角帰り道が聞けるかもしれない、絶好のチャンスを逃すほどの間抜けでもない。


 ちょうど歌っているであろう人物の背後に大きな岩があったため、俺はそこに身を隠す。

 

 こんな山奥で歌を歌う人間とはどんな奴であろうと、興味本位という名の好奇心も手伝い、俺は上半身だけ岩の陰から出して、ソッと気づかれぬようにして岩の裏側を覗く。



 すると、そこに広がった光景に俺は息をするのも忘れて見入った。





 そこにいたのは、女神と見紛うほどの可憐な女の子が、気持ちよさげに歌っていたのだ。



 

 ――――――――何故か素っ裸で、水に浸かりながら。




 


 


 

 時間があったので、試しに書いてみました。


 まだまだ序章の場面ですので、気長に付き合ってくれた幸いです。

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