零れ話 来ていた人達
「大山寺って大惨事って読みそうになるよな」
正面ゲートに書かれた「大山寺遊園地」と書かれた看板を見て、国生がかなり洒落になっていない事を言う。
もっともこの遊園地の事を知っている人間なら、一度は思った事のある感想だろうが。
「あー、早く入らないとユーキとカナタ見失うじゃねえか」
そう言いながら一日パスを見せて、少し錆の浮いた門をくぐって遊園地へと入っていく国生だが、俺はあまり中に入りたくなかった。
そもそも何だこの状況?
俺は国生に「ユーキとカナタが遊園地に行くから、人数あわせでおまえも来い」と言われてきたのだが、今の状況は神城と美藤の尾行だ。騙されたと叫んでも罰は当たらないだろう。
そもそも何故俺がこんな事を手伝わなければならないのか。そう俺が漏らすと国生は「いいじゃん付き合えよ。一人でこんなとこ来てたら怪しいだろ」と、少し困り顔で俺を引っ張る。
その表情と仕種にくらりと来たが、すぐに煩悩を払うように首を振る。
林間学校以来何かと国生、神城、美藤の三人組と行動を共にする事が多くなった。それは国生が何かと俺に構うからだ。
国生のおかげで女性恐怖症が軽くなってきたわけだが、そうなると俺だって年頃の男子なのだから「もしかして国生は俺に気が?」とか思ってしまったりする。
しかし実際にはまったくそんな事は無く、一緒に居れば居るほど国生にその気は無いのだという事が分かる。むしろ国生は同年代の男に興味が無いらしい。
神城が国生は年上が好きだといってはいたが、まさか年上以外は恋愛対象外だとは思わなかった。
しかしそれでもこちらが国生を女として見るなと言うのは無理な話で、先ほどのような少し甘えの入った行動を取られると大いに困る。
国生が男女に友情は芽生えると力説してたので、その信頼を裏切るわけにもいかない。
神城はこんな幼馴染と一緒に居てよく自重できたものだと、変な方向で尊敬しそうになる。
「お、やっぱり最初はお化け屋敷か?」
神城と美藤の後姿を追いながら、国生が何かを期待しているらしい笑みで呟く。
人ごみの中で神城たちを追うのは苦労したが、美藤の染めていない長い黒髪は逆に目立つので、距離をとりつつも何とか追いかける事がで来た。
因みに国生は流石に自分の頭が目立つのを自覚しているのか、黒い帽子をかぶっている。
服装はジーンズと白いシャツの上に黒のジャケットと、遠くから見ると男と間違いかねない服装なのは国生らしいと言うべきか。
それでも国生の赤い髪と黒い服や帽子の組み合わせは、似合いすぎていて逆に目立ちそうだが。
「離してー! 神城さんが行っちゃうー!? あの女狐―!!」
そんな事を思っていたら、かなり切羽詰った女の声が聞こえて来た。
神城。おまえまさかとうとう後ろから刺される様な真似を……。
・
・
・
「何やってんだ橘兄妹?」
「見ての通りだ」
ユーキたちを追っていたら突然聞こえて来た雄叫びの発生源を見てみると、そこには困り顔のリュウと、そのリュウに羽交い絞めにされているカスミが居た。
二人を知らない人間から見たら、拉致寸前の犯行現場に見えるんじゃないかコレ?
「国生さん! 何であなたが二人と一緒に居ないんですか!? 今すぐあの二人の間に入って三角関係を発生させて進展を停滞させなさい!」
「無茶言うな」
何が悲しくて幼馴染と友人の邪魔をしなけりゃいけないんだ。まあ私が間に挟まると、あの二人は私を中心にしてしまって、距離が縮まらなくなるのは事実だが。
「じゃあ私が邪魔します! 離してください兄さん!」
「離せるか。おまえ珍しく俺を遊びに誘ったと思ったら、どうやってあの二人がここに来ることを掴んだ?」
「愛の力です!」
この場合の愛の力というのは、恐らくストーキングやそれに類するぎりぎりセーフ、もしくはぎりぎりアウトな行為だな。
今度ユーキの家に行ったら、盗聴器が無いか調べるべきか。
「……ここで二人の邪魔をしたら、むしろ神城に嫌われると思うんだが」
人ごみの中に紛れそうな清家の呟きに、暴れていたカスミの動きがピタリと止まった。
「じゃあどうすれば良いんですか!? このままじゃ私の付け入る隙が!?」
「この場は事前に二人が行動を起こすのを止められなかった君の負けだ。ならば次に自分が似た状況に神城を誘い込んだときのために、二人の様子を見てシミュレートし、美藤以上の成果を上げられるように静かに観察するべきでは無いか?」
「な、なるほど」
今ので納得するのか!? ユーキがカスミの誘いで遊園地に来るなんて、かなり低確率な展望だろ。
「では二人を追いましょう!」
「……結局俺は巻き込まれるんだな」
大人しくなったものの、結局犯罪スレスレな妹と、疲れたようにその後を追う兄。リュウは意外に苦労人なのかもしれない。
それにしても……。
「おまえ一言以上話せたんだな」
「……」
感心して言ったのに、それに対する反応は無言だった。
さっきの見事な説得は何だったんだ清家。
・
・
・
「お化け屋敷やそれに類する場所では、恐怖から自然と一緒に居る相手を頼る意識が生まれる」
「つり橋効果ってやつか?」
「つり橋効果は、スリルによる興奮を恋愛感情と勘違いする現象だから少し違う。単純に性別は関係なく、心の距離が縮まると思ってもらえばいい」
『なるほど』
俺の解説に女子二人が感心したように声を出す。残り一人の橘兄は、何も言わないが感心はしているらしい。
「しかしあれで心の距離は縮まるのか?」
「縮まるだろう。神城の美藤さんへの距離が」
国生の疑問に、橘兄が冷静に答える。
二人を追って俺達はお化け屋敷というよりゾンビ屋敷な施設の中に居る。よくもまあ後ろに並んでいる間に気付かれなかったものだ。
そして前を歩いている組……神城と美藤の様子を見ているわけだが、完全に男女の立場が反転していた。神城が恐がっていて、それにすがられている美藤が平然としている。
「ああ、あのユーキの様子が面白いから、カナタに無理矢理にでもお化け屋敷に入れって勧めといた」
「ああいう場合は情けなさに女の好感度が下がらないか?」
そう言って橘兄が俺に視線を向けてくる。
俺に聞いているのだろうが、俺だって知識で知っているだけで女性の心理など分からないから、それほど真剣に聞かれても困るんだが。
「……ある実験で、女性は完璧な男よりどこか抜けている男の方が好感を持ちやすいという結果が出ている。第一印象のみの実験だから、今の状況にそぐうかどうか自信は無いが」
「ギャップ萌えですね!」
俺の説明に何故かガッツポーズで納得する橘妹。
恐らく現在進行形で「ギャップ萌え」の最中なんだろう。今の神城の様子に、ギャップと言うほどの落差があるのかどうかは疑問だが
「ヴァアアアアァァァァッ!!」
「!??!?」
「きゃっ!?」
と油断していたら、突然通路の途中にあったドアから今までより巨大なゾンビが現れ、悲鳴をあげて逃げていく神城と美藤を追いかけていった。
美藤の悲鳴は恐怖ではなくて、いきなり引っ張られた事によるもののようだが。
「後ろから見ると間抜けな光景だな」
「まあこういったものは、分かっていても驚いて遊ぶものですし」
本気で恐がっているであろう神城に対し、こちらの女子二人の態度は冷静だった。
もしかして、こういう場所で本気で恐がっている女子は少数なのだろうか。少し女性恐怖症が再発しそうになった。
・
・
・
「最後のカナタの悲鳴は凄かったな」
「これがギャップ萌えか。これまでからは想像出来ないあの弱弱しさ、神城の恋人でなければ惚れていたかもしれない」
ベンチで休んでいるカナタを遠くから見つめながら、妹と同じ道に踏み込みかけているリュウ。
妹と違って相手を気遣い自重できている辺り、やはり同い年でも兄貴なのかと感心する。
「ならいっそ美藤さんに惚れてください兄さん! 略奪愛です! 燃えますよ!」
「燃えんわ。おまえには罪悪感とか道徳とかいうものは無いのか」
けしかけようとする妹にも冷静だ。本当に双子かこいつら。
「そういえば国生さんと清家は付き合ってるのか?」
なおも迫ってくる妹から逃れるように、リュウが私と清家を見てそんな事を聞いてくる。
やっぱりそう見えるのか。中学の時も、ユーキと付き合ってるのかと散々聞かれたしなあ。
「友人だ。国生は年上にしか興味がないらしい」
「……大変だなおまえも」
何故か友情が生まれたらしい男子二人が、がっしりと握手をする。
今の流れのどこにそんな信頼関係が生まれるやりとりがあったんだ?
「年上にしか興味がないというか、好きな人が年上だからな」
疑問は引っ込めて清家の情報を修正すると、握手していた二人が固まった。
何だこの反応?
「どんな人ですか?」
男子二人の反応にわけが分からずに首を傾げていると、カスミが興味津々といった感じで訊ねてくる。
「背は高いけど細くて、とにかく優しい人だよ。絵の勉強してて、今はイギリスの大学に留学してる」
「大学生ですか。私達の年齢で、三歳以上離れているのは色々と難しくありませんか?」
「だから片思いに近いんだよ。向こうは手のかかる妹くらいにしか見てないし」
自分だって手がかかるくせに、私を一方的に子ども扱いだから腹が立つ。
まあそれでも、彼と会う前よりは大人になったと自分では思ってるわけだが。
「……神城は何も言ってなかったが?」
「ん? ユーキは知らないぞ。そのころユーキは婚約者に夢中だったから、言うの後にしようと思ってたら言い損ねた」
もっとも今も夢中なんだが、婚約者のために三鷹東を目指して猛勉強するユーキは、私から見ても異常だった。
何で会ったことも無い相手にあれほど真剣になれるのかと疑問だったが、カナタは実際にユーキとお似合いだし、何か第六感的なものでも働いてたのかもしれない。
「まあそれは置いておいて、二人が動くぞ」
「う~、やっぱり邪魔したいです」
唸るカスミ。いざとなったら力ずくで止めないとダメだなこれは。
・
・
・
「次はコーヒーカップか」
「限界です」
「待て」
国生の呟きに、橘妹が限界突破し橘兄がすかさず止める。
「恋人の定番じゃ無いですかー! 邪魔したい! だけど邪魔したら嫌われる! どうすれば良いんですか私は!?」
「大人しくしとけばいいんだよ。最善は今すぐ帰ることだ」
本人としては深刻らしいジレンマをシャウトする橘妹だったが、橘兄はそれに冷静に切り返す。
普段からこんな調子だとしたら、橘兄に同情せざるを得ない。
「……分かる。分かるよその気持ち!」
「誰ですか!?」
兄に拘束されている橘妹の前に、突然背の高い一人の男が現れる。
本当に誰だ? かなり濃い人だが、うちのクラスメイトでは無い。
「一人でこんなとこで何やってんですか芥先輩?」
「いや、友人と一緒に来たんだけどね。緊急事態が発生したから置いてきたんだよ」
どうやらうちの高校の先輩だったらしい芥さんとやらは、そう言うとキッと神城と美藤の後姿を見る。
また横恋慕か。お約束的に、橘妹とくっついてくれれば全て解決してくれて楽なんだが。
「美藤さんが好きなんですか!? では是非略奪――」
「いや、僕が好きなのはユウキくんだよ?」
その言葉に俺達だけでなく、話の聞こえていたらしい周辺の人たちが固まった。
広い遊園地の敷地内で、芥先輩を中心とした数メートルの時間が止まっている。
「な!? ら、ライバル!? でも男同士なんて……」
そこまで混乱しながら叫んでいた橘妹だったが、しばらく停止した後にポッと頬を染めた。
「……ありかもしれません」
『いや無しだろ!?』
聞き捨てなら無い発言に、俺と橘兄が同時につっこむ。
想像するだけで鳥肌がたつ。というか好きな男が男と絡むのは女子的にありなのか!?
「おまえ頭大丈夫か?」
「でも想像してみてください国生さん! この人に後ろから【ピー】されて涙目になっている神城さんを!」
その発言に国生が停止し、俺と橘兄の精神力が一気に削られた。
何故想像してしまったんだ俺。今すぐ穴を掘ってこの鮮明なイメージを埋めてしまいたい。
「……ありかもな」
『無しだろ!?』
陥落されてしまったらしい国生に、再び二人同時につっこむ。
ダメだ。一気に国生が理解できなくなった。というか女が理解できなくなった。
「まあ僕の事は置いておいて、邪魔したいのなら君にコレを授けよう」
「? 何ですかこれ?」
芥先輩が取り出したのは、覆面レスラーがつけていそうな、つりあがった目のようなデザインのマスク。
お世辞にもセンスがいいとは言えないし、そもそも何故マスクなのか。
「これをかぶれば君だとばれないだろう。そして君はなるんだ。全ての健全なアベックを滅ぼす嫉妬の化身、しっとレディに!」
「んな事力説すんな!」
国生の拳が一閃し、芥先輩の体が空に舞う。
まさかしっと団のリーダーは芥先輩なのか。本人が間違っても健全なカップルにはなりえないから、可能性がかなり高い。
「やめろカスミ!」
「離してください兄さん! これを被れば堂々と二人の邪魔をー!?」
芥先輩が空を舞っている一方、橘兄妹はマスクを巡って必死の攻防を繰り広げていた。
……もう帰っていいかな俺?
そんな騒動を起こしている間に二人を見失い、その場で解散となったわけだが、俺は帰ってからしばらく部屋で凹んでいた。
神城と芥先輩の絡みだとか、国生が間違った世界に踏み込んでしまったとか。
一刻も早く忘れたい情報をいかにして忘れるか。しばらく俺は悩み続けた。




