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死亡遊戯2

 ダイエット。それは数多の女性たちが挑み敗れさってきた修羅の道。

 しかしそれも仕方のないこと。世の中には本当に効果があるのか怪しいダイエットが溢れかえり、中には命を落とす人もいるらしい。


 因みに命を落とすのは清家くんなりのジョークだと思ってたら本当だった。

 いつの間にダイエットはそんな危険行為に発展していたのだろうか。


「減食ダイエットから拒食症になる話はよく聞くだろう。栄養失調はもちろん、それが原因で合併症やら事故を起こして死んだ事例は幾つもある」

「……」


 予想以上にへヴィーだった。

 減食はしない。私はそう固く誓った。


「お勧めの運動は?」

「水泳……は時期的に無理だからランニング。きついなら30分歩くだけでも少しは効果がある」

「……」

「……意外に普通とか思ったな」

 バレた。やはり清家くんには言葉にしなくてもある程度通じるらしい。


「世間で流行るようなダイエットなんて、どうせ長く続かない。重要なのは散歩でもいいから体を習慣的に動かすことだ」


 なるほど。しかし習慣的に運動……。

 ボクシング部のマネージャーの傍ら、私なりに運動はしていたのだけれど、まだ足りなかったらしい。


「……ボクシング部のマネージャーの傍らに何を?」

「マコトの筋トレに付き合ったり、サンドバッグ殴ったり、軽いスパーリングしたり」

「……」


 訝かしむように言った清家くんの眉間に、徐々に皺がよっていく。

 今にも「解せぬ」とか言いそうな顔だ。


「……何か問題が?」

「無い」


 即断言された。解せぬ。



 解せぬ。


 夕方まではいつも通り……というかカナタさんに無視されっぱなしだった。

 しかし夕食が終わり、お腹も落ち着き少し走ってこようかなというときに、何故かカナタさんがついてくると言ったのだ。


「いやいやいや。もう日が沈んでるから。街中ならともかく人気の無い場所も走るから」

「……ダメ?」


 上目遣いに言われて鼻からカナタさんへの愛が溢れそうになった。

 うん。背がカナタさんより高くなったと無邪気に喜んでいた自分が憎い。

 まさか背が伸びたせいで、こんな強力な攻撃を受けることになるとは……!


「ダメじゃないよ! 疲れたら言ってね、はぐれたら大変だから」

「うん」


 素直な返事が可愛い。ていうか可愛い。

 カナタさんにあわせて走ったら、あまり負荷がかからないだろうけど、そんなことはもうどうでもいい。

 カナタさんのためなら死ねる。

 そんなわいた頭で走り出して約一時間後。


「……」

「カナタさーん!? 何でいきなり死にかけてるの!?」


 走り終わり玄関にたどり着くなり、カナタさんが前のめりに崩れ落ちた。


「あ、足がなんかピーンって……」

「あー……つってるね。いきなり走りすぎたかな?」


 カナタさんのジャージの裾をまくってみれば、右のふくらはぎの筋肉が不自然に硬直していた。

 ペースは落としていたとはいえ、小一時間走るのはカナタさんにはキツかったらしい。

 あまり息切れして無かったので大丈夫かと思ったんだけど、体力はともかく足の筋肉がもたなかったか。


「とりあえず仰向けになってー、足伸ばすよー」

「……っ!?」


 痛くて身動きできないらしいカナタさんをコロンと転がし、爪先を反らしてふくらはぎの筋肉を伸ばす。

 痛みがひかないらしく、上半身をそらしたり前傾したりと振り回しながら悶絶するカナタさん。

 こんなに激しくリアクションをとるカナタさんも珍しい。というか初めて見た。


「ユウキくん……い、痛い」

「……」


 痛みのせいか、顔を紅潮させ涙目になりながら訴えるように弱々しい声で言うカナタさん。

 何て攻撃だ。

 危ない。廊下の向こうでユミさんが「あらあら」みたいな顔でこちらを見ていなければ押し倒していたかもしれない。


「今日は二階には上がらないようにするわね」


 目を輝かせながら、いらん気をつかわないでくださいお義母様。



 人生初のこむら返りで悶絶した翌日。私は筋肉痛でギグシャクとロボットのように歩きつつ、何とか学校には登校した。

 本当に歩きづらい。神城家の階段に手すりがなければ、私は朝二階から降りられなかったかもしれない。


「……カナタ。とうとう大人の階段を登ったのか」


 そして家から出た私を見るなり、とんでもない勘違いをしやがる婚約者の幼馴染み。

 冗談に殺意を覚えたのは初めてだ。足が動いたら衝動的に殴りかかっていたかもしれない。


「マコト、カナタさん今本気で辛そうだから煽らないで」

「つーか、いきなりどうしたんだ? 昨日の帰りは普通だっただろ」

「何かカナタさんがランニングに付いてきたいって言ってね。加減はしたんだけど」

「……何キロ走らせたんだよ。普段走ってないやつなら2,3キロでも死ぬぞ」

「んー、キロ5分ちょいで40分以上は走ったから……約8キロ?」

「ああ、そりゃ死ぬわ」


 どうやら私は、知らない内にフルマラソンの約1/5も走っていたらしい。

 つまりマラソン選手は私が死んだ後も5倍は走り続ける。きっと彼らはマコトと同類の化け物に違いない。


「……」


 気づけばいつの間にか合流していた清家くんが、何故か微妙な顔で私を見ていた。


「……何?」

「……いや、明日確認する」


 何を。

 そんな私の疑問には答えず、清家くんはスタスタと学校へ向けて歩いていった。



 カナタさんの様子がおかしい。

 挙動不審なのは筋肉痛のせいだと思うけど、動きが妙だ。

 痛いだろうに不自然に歩き回っているし、雑用や筋トレもいつにもましてやっている。


 体を鍛えるのに目覚めたのだろうか。

 だとしたら僕はどうするべきだろうか。支援するのは構わないけど、やり過ぎてカナタさんがマッチョになったら僕は気を失う自信がある。

 いや、僕はカナタさんなら例えマッチョでも愛する自信がある。

 でもカナタさんがマッチョになる必要性はないので、できることなら細マッチョ程度におさめてほしいとか思う僕は我儘だろうか。

 ……いや、やっぱりやわらかいままのカナタさんでいてください。抱き心地がゴツゴツしたカナタさんは嫌です。


「あの程度のトレーニングでマッチョになるわけないだろ」


 マッチョなカナタさんを想像して泣きそうな僕に、マコトが胡乱な目を向けて言う。

 確かに。あれでマッチョになるならマコトはとっくの昔にゴリマッチョになってる。


「しかし何でいきなりあんなに動き回って……」


 言いかけて何やら考え始めるマコト。しばらくして結論にたどり着いたのか、ポンと手をうった。


「ダイエットか!」


 マコトのよく通る声が部室内に響き渡り、部員一同の動きが止まった。


「……」

「ハッハッハ。図星かカナタ」


 無言で踵を返すと、そのまま無言でマコトに殴りかかるカナタさん。

 そしてそれを笑顔でいなすマコト。


 駄目だ。怒れば怒るほど表情が薄くなるカナタさんが完全に無表情だ。これはもう止まらない。

 というか無言無表情で殴り続ける美少女。夜中だったら軽いホラーだ。


 結局その後カナタさんは再び足をつり、第一次嫁小姑戦争(黒川さん命名)は終結した。

 第一次て第二次勃発予定なんかいとつっこんだけど、後日本当に勃発して僕は軽く泣いた。



 明けて翌日。


「美藤。これに身長と体重を入力してくれ」

「……?」


 放課後になるなりやってきた清家くんが、何やら画面のついた大きめのメモリースティックのようなものを持ってきた。

 とりあえず受け取ったものの、一体これは何なのか。身長と体重に何の関係が。


「体脂肪計」

「え?」


 言われて改めて見たけれど、とても体脂肪計には見えない。体重計とセットにもなってないし、ちゃんと計れるのだろうか。


「簡易のものだから正確な値は計れないが……痩せぎみ。腕を出せ」

「え?」


 言われた通りに計ってみた結果を見るなり、腕を出せという清家くん。

 言われた通りに手を出したら、二の腕を軽く摘ままれた。……何故に?


「あまり摘まめないな。やはり痩せすぎか」

「でも体重が増えて……」

「増えたのは筋肉だ」

「……え?」


 予想外の言葉に、間の抜けた声が漏れた。


「体系的には理想的だが、脂肪はもう少しつけた方が健康的だな」

「……」


 挙げ句ダメ出しされた。というか増えたのが筋肉ということは……。


「運動を続けたらむしろ体重が増える?」

「健康で結構だ」


 結構じゃない。脂肪が増えるのは大問題だけれど、筋肉だって問題だ。


「……筋肉を減らすダイエットってある?」

「実践しそうだから教えん」


 清家ペディアに閲覧規制が。

 結局私の筋肉増加は現時点で頭打ちだったらしく、それ以上体重が増えることは無かったけれど、しばらくは間食を控えようと心に決めた。

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