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死亡遊戯

 何度も言ってるけど、僕はカナタさんやユミさんと生活するにあたり、家事やらトイレやら風呂やらにはかなり気をつかっている。

 ユミさんはまだいい。一見若々しいけどカナタさんのお母さんだし、僕がやらかしても笑って流すか厳しく叱ってくれる。


 だけどカナタさんは同い歳の思春期女子だ。僕に見られたくないことなど山ほどあるだろう。というか僕にはある。

 そんなわけで、お風呂に入ろうと脱衣所をガラリと開けたら、カナタさんが居たのは決してわざとではないと主張したい。


「……」

「……」


 沈黙が痛い。

 背中を向けたカナタさん。白い肌に映える薄い桃色の下着が中々刺激的だ。


 裸じゃなくて下着だからセーフかなぁとか思ったけど、カナタさんは石像のように固まって動かない。

 アウト?

 キスはしてくれるのに下着はアウト!?


 軽くパニクる僕。

 一方カナタさんは正気に戻ったらしく、ギギギと油の切れたブリキ人形みたいにぎこちなく振り向いた。


「……」

「……」


 そして目を合わせて続けて無言。

 どうしよう。怒ってるのか恥ずかしがってるのか気にしてないのかまったく分からない。


「……」

「ごめ……ぇー?」


 とりあえず謝るべきだと判断したけど、「ごめんなさい」の「ご」の時点で素早く動いたカナタさんに扉をスパーンと閉められた。

 さすがカナタさん。何気に身体能力が高い。


 うん現実逃避はやめよう。

 今回は僕が悪かった。後で改めて謝るべきだろう。


「……どう切り出せと」


 とてつもない難問に頭を抱えた。

 前回裸を見て(見られて)しまったときなど、しばらく無視に等しい素っ気なさを見せたカナタさんにどう謝れと。


 そして明けて次の日。

 案の定、一見いつも通りなのに、まったく視線を合わせてくれないカナタさん。

 そのあまりな仕打ちに僕は鬱を通り越して死にそうです。


「というわけで、どうしたらいいと思う?」

「……揃いも揃って何故俺に来る」


 まったく授業が頭に入らず迎えた放課後。

 僕はホームルームが終わるなり隣のクラスに突撃すると、悩み相談に定評のある清家くんを捕獲していた。

 相変わらず無表情ながらもどこか嫌そうだ。それでも相手をしてくれる辺り、清家くんも結構お人好しだと思う。


「って、揃いも揃って?」

「美藤も相談に来た」


 流石だ清家くん。あのいつでもどこでも借りてきた猫状態なカナタさんに頼られるなんて。

 そう思い僕が羨望と尊敬と嫉妬の目で見つめると、清家くんは呆れたようにため息をついた。


「美藤は下着姿を見られたことを怒ってない」

「はい? じゃああの態度は?」

「乙女の秘密だ」


 何か目の前の無表情理系男子からは壮絶に似合わないセリフが出てきた。

 というか乙女の秘密を知っても許される所か相談される清家くんすげぇ。


「恐らく明日あたりに国生が気付き、明後日あたりに珍事に発展するから待て」

「いや珍事て」


 一体カナタさんは何に悩んでるんだ。

 そして二日後。清家くんの予言通りに珍事は起こった。



 ほんの気紛れだった。

 いつも通りにお風呂から上がり、ふと目に入ったのは脱衣所の隅に置かれた体重計。


 普段私はそれほど頻繁に体重は計らない。まったく気にしていないわけではないけれど、私は脂肪がつきづらい体質らしく、短期間では体重があまり増減しないのだ。

 なので気軽に、確認のつもりで体重計に乗ったのだけれど、針は予定地点を通り越し、目盛りを4つほど過ぎて止まった。


「……」


 2キロ……増えた?

 落ち着こう。きっと成長期に違いない。

 ……うん。自分も騙せない誤魔化しはやめよう。去年と比べて身長は1センチしか伸びてない。

 つまり縦ではなく横に……!?


「……」


 落ち着こう。

 ユウキくんなら私が少しくらい太っても気にしない。

『カナタさん太ったの? 全然分からなかったよ。相変わらず可愛いし』

 とか普通に言ってくれる。


 しかし私はそれで良いのだろうか。ユウキくんの言葉に甘えて、ぶくぶく太る自分を許容していいのか。

 一度油断をした結果、横に倍にふくらんで、ユウキくんに見捨てられたら……!


 そうでなくても、筋肉質ながら細身なユウキくんと並んで、私が太った自分を許容できるか。いやできない。

 そんなみっともない姿をユウキくんに晒すくらいなら、私は潔く命を絶つ。


 ならばどうするか。

 決まっている。痩せなくてはならない。

 アメリカから帰ってきたと思ったら、筍みたいに背が伸びてスタイルが良くなったユウキくんと並べるよう痩せなくてはならない。


「……それを何故俺に相談に来る」


 お昼休みの屋上。

 軽く混乱した私は、お弁当を持って隣の理系選抜クラスに浸入すると、呆気にとられている周囲を無視して清家くんを拉致した。

 変な噂がたちそうなものだけど、理系選抜クラスは変人が多いので多分噂にすらならない(例:黒川さん


「口が固くて知識が多いから」

「せめて同性に相談……」


 言いかけて黙ると、何かを諦めたように首を振る清家くん。

 きっと私のかなり狭い交遊関係に気付いたのだろう。友人らしい友人なんて、マコトくらいしか居ないし、そのマコトに相談したら愉快な騒動が起こる未来しか見えない。


「で、俺にどうしろと」

「効果的なダイエットについて」

「俺はWikipediaじゃない。効果的かどうかは二の次で、成長期に無理なく痩せてリバウンドも予防するなら……」


 文句を言いつつ、普段からは考えられない勢いで流れるように話を始める清家くん。

 何で事前準備もなくプレゼンテーションできるんだろう。案外社会に出たら清家くんみたいなのが重宝されるのかもしれない。


「まず論外なのは過度な食事制限。食べ過ぎているならともかく、体調の維持に必要な分は食べるべきだし、まだ成長期を抜けてない美藤なら少し食べ過ぎなくらいでいい。

 加えて食事制限が過剰な場合、体が餓えて食事からの栄養吸収率が平時より高くなる。要は太りやすい体質になり、結果食事量を戻せば確実にリバウンドする。食べ過ぎてしまうなら、食前に水を飲み、よく噛んで食べる。満腹中枢が刺激され、少ない食事量で満腹感が得られる」

「……」


 ためになるけれど、本当に何故いきなり聞かれたダイエットについてつらつらと話せるのか。

 まさかやったことがあるのだろうか。


「一番は運動。特に有酸素運動を日常的に行うのが良い。他にも筋肉がつけば、日常生活を送る上での消費カロリーも増える。食事制限が太りやすくなるダイエットなのに対し、運動は太りにくくなるダイエットとなる」

「……筋肉をつけるべき?」

「ああ。心配しなくても、女性は皮下脂肪が多いから、筋肉は見た目についても分かりづらい。国生が良い例だな」


 確かに。男子顔向けな怪力を持つマコトも、見た目は引き締まっているけれど、ボディービルダーみたいにムキムキというわけではない。


「あと女性がダイエットをするとむ……何でもない」

「……?」


 何かを言いかけてやめる清家くん。

 一体何かと、多少の事は気にしないから言ってほしいと目で訴える。


「女性がダイエットをすると、脂肪が減って胸が小さくなる場合もある」

「……」


 言いづらそうだった割には、恥じらう様子も気遣う様子も見せず淡々と言う清家くん。

 ユウキくんも言っていたけど、色気無しにこういった話をできる清家くんはある意味凄いと思う。一体どんな人生を送ってきたのだろうか。


「表に出さないだけで俺だって恥ずかしい」


 訂正。

 私と同じく表面に出づらいだけで、中身は普通に思春期だった。

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