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ターミネーターとデストロイヤー2

 パンと渇いた音が響いて、その場に居合わせた誰もが驚きに目を丸くした。

 それはリングの上の主役二人も同じ。試合開始と同時に間合いをつめた橘さんとナオミさんは、様子見も牽制も無しに即座にジャブを打ち、そして同時に衝撃で顔を歪めた。


 当たった事に驚いたのか、当てられた事に驚いたのか。

 二人は呆気にとられたように僅かな間呆けた様に静止し、しかし刹那の隙に弾かれたように距離を取る。

 そして休む素振りも見せず、合わせたように前に出て再び拳を交わせた。


「……速」


 誰かが漏らした言葉は、観戦していた人たち全員の心を代弁していたに違いない。

 間合いを取り合う足も、繰り出される手も、それまでの試合とは一線を画していた。

 まるで止まれば死ぬとでも言わんばかりにリングの上を跳ね回り、パチンコ玉みたいにぶつかり合っている。


「カスミも見ない内に味が出てきたな」

「だろ」


 感心したように言うマコトに、橘くんが当然のように頷いて返す。


「攻撃的だね。自分のスタイルを見つけたのかな」


 どういうことかと不思議に思っていると、隣に居たユウキくんがリングの上を見つめたまま解説をしてくれた。


「相変わらずモーションは僕のコピーだけど、戦い方が違うと言えば良いのかな。スピード重視のアウトボクサーではあるんだけど、守りに主体を置いて相手を観察する後の先タイプが僕。カスミさんは先手先手で相手を制するタイプだ。

 相手がナオミさんじゃ無ければ、一気に畳み掛けられて終わってただろうね」


 それはまた性格通りというか。

 先手を取るのはユウキくんも得意そうだけど、去年のインターハイの後からはカウンターに比重を傾けているらしい。

 ユウキくんマニアな橘さんがそれを知らないはずが無いし、マコトの言うように自分なりの「味」を出して強くなったということ。

 ならそれに難なく付いていっているナオミさんも先手タイプなのだろうか。


「ナオミさんは……オールラウンダーかな。物心つく前からボクシングやってる、グローブはめて生まれてきたみたいな子だからね。技術が高いとかいうレベルじゃなくて、ボクシングが体に染み付いてる申し子というか。苦手な距離は無いんじゃないかな」


 どうやらナオミさんは私が思っていた以上にハイスペックだったらしい。

 いや、あのマコトに付いていける時点で普通なはずが無いのだけれど。

 ならそのナオミさんと互角な橘さんやマコトは何なのだろうか。


「カスミさんは……チート? 一年ちょいで速さだけならナオミさんと互角って、才能あるってレベルじゃないし」


 リングの上では、橘さんとナオミさんが距離をつめて離すを繰り返しながら、幾度も拳を放っている。

 その様子は、まるで騎馬に乗った騎士の一騎討ちのよう。辛うじて目でとらえた二人の顔には、揃って獰猛な笑みが浮かんでいる。


 間違いない。あれはいかに相手を叩きのめし、自らの全力と相手の底力を出すかしか考えてないバトルジャンキーの笑みだ。

 どうやらターミネーターとデストロイヤーの頭の中から任務(恋敵の排除)はデリートされたらしい。


「それでマコトについては……」


 言いかけてユウキくんの言葉が止まる。

 何事かと視線を向ければ、何やら悩んだ後に橘くんへと目を合わせ首をかしげながら言った。


「……バグ?」

「……だな」


 二人が意見を会わせた瞬間、ゴスっと鈍い音が響き渡った。

 いつの間にか二人の背後には満面の笑みのマコト。そのマコトの鉄槌を受けて頭を抱えて蹲る男子二人。


 確かに未だにユウキくんより強いマコトはバグかもしれない。

 例え本人の夢が「お嫁さん」という乙女チックなものでも、世界の理に喧嘩を売っている存在をバグと言わず何と言おう。


「まあカスミが才能あるのは確かだけど、試合は中嶋が勝つだろ。地力に差がありすぎる」


 痛みに呻く二人をよそに、マコトはそう断言した。


 結果から言えば、試合はマコトの予想通り、ナオミさんの勝利で終わった。

 3ラウンドまで続いた末の判定勝ち。勝者と敗者に別れた二人は、最初の覇気はどこへやら、にこやかに握手など交わしていた。


「ありがとうございました。マコト先輩以外に、こんなに強い女子が居るとは思いませんでした」

「こちらこそ。経験の差で負けましたが、半年後には今より良い勝負をしてみせます」


 爽やかに健闘を讃え合う二人。

 殴りあって友情が芽生えるのは男子だけだと思っていたけれど、どうやら一部女子にも適応されるらしい。

 きっと私には永遠に分からないだろうし、間違っても橘さんと殴りあいなどしない。

 素人の私では、あの死神の鎌を思わせるフリッカージャブにあっさりと刈り取られて終わるに違いない。



 何故か仲良くなってしまったヤンデレストーカーと毒舌二重人格は置いといて、最後はいよいよ僕とリュウくんの試合。

 最後に直接試合をしたのは、ほぼ一年前。ウェイトの増加はお互い様。僕は身長とともにリーチが伸び、リュウくんはパワーとタフネスが上がったことだろう。

 僕が長所を伸ばしたのに対し、リュウくんはバランス型からインファイトに比重を傾けたらしい。

 お互いに情報が無いに等しい状態でどう戦うか。駆け引きも重要な試合になりそうだ。


「つっても私もおまえの最近の戦い方は知らないんだが。前と同じで最初は様子見でいくのか?」

「うん。その方が戦いやすいし」


 守るにしても攻めるにしても、相手の情報を観察によって得てから動くのが僕のやり方だ。

 アメリカに居た頃は「頭でっかちな戦法だ」と言われたけど、それなりに成果は上げてきている。


「言うまでも無いが、絶対勝てよ」

「うん。リュウくんにはいつも勝ってたし、ここで負けるわけには」

「そうじゃない。ここらでおまえの凄さを見せとかないと、一年共が自重しないんだよ」


 言いながらマコトが親指を向けた先には、うちの一年の男子たちが興味深そうに、うさん臭そうにリングを眺めていた。


「……えー、まだなめられてるの? 少なくとも自分では手も足も出ないって分かったろうに」

「客観的な強さがわかんないんだろ。強いだけじゃあいつらはおとなしくならないな。こう『おれたちの副部長はすげえんだ!』っていう所に持ってけば勝ちだ」

「勝ち負けの基準が分からないよ」



 ボクシングの楽しさは分かってきた僕だけど、相変わらず彼らのような「強さ」に価値観を重くする人種は理解できない。

 いや、強さに価値観を持つのは分かるんだけどね。他人の評価にまでそのものさしを持ってくるのが分からない。


「まあいいや。行ってきます」

「おお。出会い頭に一発もらわないように気を付けろよ」


 リングの中央に進み出ると、丁度同じタイミングで出てきたリュウくんと軽くグローブをぶつけ合う。そして試合開始。同時に構えた僕たちは、弾かれたように距離をとっていた。



「さっきとは逆だな」


 同時に距離をとったユウキくんと橘くんを見て、マコトは呟くように言う。

 確かに先ほど試合開始と同時にぶつかりあっていた橘さんとナオミさんとは逆に、二人はお互いの隙を伺うように睨みあっている。

 ユウキくんはともかく、橘くんまで慎重なそれは意外な展開に思えた。


「ユウキは相手が鈍ければ、間合いの外から一方的に殴る反則的な速さがあるからな。リュウはリュウで見かけからして一発の威力が重いのは間違いない。お互いに不用意には近付けない状態だな」

「橘くんなら強引に近付きそうだけど」


 実際以前の試合では、ユウキくんの連打を無理やり突破した橘くんの攻撃が決まりかけていた。

 それほど気が長くない橘くんなら、その戦法をとりそうなものだけれど。


「ユウキも体格が良くなってるからな。リスクが高いと判断したんだろ」


 マコトの分析に納得はしたけれど、何処か違和感を捨てきれない。

 結局二人は遠い間合いから際どい攻防を続け、試合は2ラウンド目へと移る。


「さて、いつもならここからユウキがフリッカーで攻め……!?」


 マコトの言葉は、予想外の光景によって遮られた。

 フリッカーを使わず、通常のジャブを数打放つユウキくん。速すぎて、私には何発だったのか見切ることすらできなかった。

 しかしそんな連打を、橘くんは掻い潜り、一打だけ重い置き土産をユウキくんへと突きつける。

 そしてマコトですら予想外だった橘くんの一撃は、ユウキくんの右手に弾かれ不発に終わる。


 一瞬の攻防。目には何とか映ったけれど、理解するにはその攻防の倍以上の時間を要した。

 誰もがその姿に見とれ、息を飲む。


「ユウキくんが強引に攻めた上に橘くんが互角の速さで動いた?」

「いや、互角には程遠いんだが、ユウキに一矢報いるには十分な速さだな」

「凄いです。ユウキ先輩の連打を全ていなしました。初見では私も防げません」



 ナオミさんにも防げないと聞き、思わず橘くんを凝視する。

 そこにはユウキくんの連打をかろうじてながら抑え続ける橘くんの姿。一年前の強引な戦い方からは想像できなかった姿だ。


「んー、いくらなんでもあそこまで見切れる、というか見慣れて……?」


 何やらぶつぶつ呟いていたマコトだったけれど、得心に至ったらしくポンと手を打つとニヤリと笑いだす。


「なるほど。ストーカーのせいか」

「橘さんの?」

「え? ストーカー=橘さんなのですか?」


 マコトの呟きに疑問の声をあげる私と、疑問のポイントがズレてるナオミさん。


「だとしたら、ユウキが絡め手使えば案外あっさり……」


 マコトが言い終わる前に、ゴスンと鈍い音がリングの上から聞こえてくる。

 見ればリングの中央で、橘くんが仰向けに倒れて痙攣していた。

 ……何があったの?


「相手が後ろに退いて避けました。しかしユウキ先輩があり得ない踏み込みでジョルトブローを叩き込んでました」

「ああ、ユウキ試合じゃジョルト使わないもんな。やっぱり事前に研究されてたか」


 要は逃げた相手に、無理やり追い付きそのままの勢いで殴り飛ばしたらしい。

 スマートな戦い方を得意とするユウキくんらしくない一撃だけれど、橘くんには予想外だったので見事に決まったと。


「キャー、流石です神城さん!」


 そして痙攣している双子の兄を気にも止めず、ユウキくんに黄色い声援を送る橘さん。

 何だが一年前を彷彿とさせる光景だった。



 あまりにこちらの攻撃を避けられて焦ったけど、少し強引に攻めたらリュウくんはあっさりダウンした。

 どうやらアメリカに居た間の僕の試合を事前に分析して、かなり念を入れて僕対策をしていたらしい。

 しかし試合ではまったく使っていなかったジョルトブローで追撃され、避けられずにまともに受ける羽目になったと。


「というかアメリカのアマの試合映像なんてどうやって手に入れたの?」

「うちにはおまえのデータを無駄に収集してるストーカーが居る」


 まさかの海を越えてのストーキング被害。

 え? カスミさんどんだけフットワーク軽いの?

 まさか度々アメリカまで来てたの?


「いや、映像はカスミが雇った探偵が……」

「何雇ってんの!?」


 カスミさんの無駄な頑張りに戦慄していたら、さらにプロが出てきた恐怖。

 探偵ってお高いよね。カスミさん僕のストーキングにどんだけお金使ってるんだろう。


「すっげー! 先輩マジすっげーっす!」

「俺人間があんな風にぶっ倒れるの初めて見ました!」


 何やら騒ぎ始めた一年たち。見れば瀧見くんを除いた男子たちが、ヒーローを見る子供みたいなキラキラした目でこちらを見ていた。


「良かったな。これでもうなめられないだろ」

「……扱いがめんどくさそうなんだけど」


 ニヤリと笑って肩を叩いてくるマコトに、僕は心底うんざりした心境で返す。

 色々と波乱含みだった練習試合は、新たな波乱の種を残して終わった。


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