ターミネーターとデストロイヤー
よく勘違いされるけれど、私は橘カスミという少女が嫌いではない。
性格は一歩間違えれば傲慢だけれど、思いやりの無い鬼畜ではないし、濃すぎる言動も今の私なら個性と受け入れられる。話し方や仕草には品があり、整った容姿と相まってどこのお嬢様かと言いたくなるほど。
もし彼女と同じ学校にでも通っていたら、密かに憧れすら抱いたかもしれない。
しかし仲良くなれない。
原因はシンプルにしてフラクタルなもので、同じ男の子を好きになったというただ一つの事実。
さらにその男の子とお付き合いしているのが、過剰なほどの自信で包装された橘さんではなく、劣等感にまみれた私だったからもう修復は不可能だ。
仮に立場が逆なら、私は悲しみながらもお似合いだなあと諦めたに違いない。
だが現実に恋にやぶれたのは、諦めから対極に位置しているであろう橘さん。ユウキくんが初対面で「愛が重い」と表した橘さんなのだ。
結果彼女はヤンデレ予備軍からストーカーへと華麗にジョブチェンジした。
ユウキくんは病ま(刺され)なくて良かったと前向きに考えているけれど、ストーキングしている時点で十分病んでいると私は思う。
そんなわけで、橘さんが私を忌々しく思うのは当然だし、仕方ないと納得している。
そんな風に理解を越えて納得してしまえるから、嫉妬から敵視してくる彼女を嫌えないのだ。
だからと言って、ユウキくんを譲る気は毛頭無い。
私は孤独であることを嘆いたことはないし、それが不幸だとは思わなかったし今も思ってない。
だけどぬくもりを知ってしまった私にとって、ユウキくんはミンクよりも上等な毛皮だ。ひっぺがされたら、きっと私は寒く(寂しく)て死んでしまう。
だから私は嫌えない恋敵に反発する。
そしてそんな関係も楽しいと思ってしまう私は、随分と変わったと思う。
まあ今はそれで良いのだろう。猫と鼠は今日も仲良く喧嘩するのだ。
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『よろしくお願いします!』
週末の練習試合当日。約一年ぶりに三鷹東高校を訪れた星岡学園の面々は、その強面揃いの面子からは想像できない丁寧な挨拶をしてくれた。
見慣れた顔もあれば、新入生なのか知らない顔もちらほら。そしてそんな中に友人の姿を見つけ、僕は自然と笑みが浮かんで片手をあげていた。
「リュウくん久しぶり。なんか体凄いことになってるね」
相変わらず栗毛を短く刈り込んだリュウくんの体は、半年以上も前に見たときより一回り大きくなっていた。
けどそれは筋肉太りというわけではなく、引き締まったそれは間違いなく実用重視のものだ。腕の外側の盛り上がりからして、パンチの威力はかなり上がっているだろう。
僕もそれなりに打たれ強くはなったけど、一撃もらうと危険なのは変わらないかもしれない。
「そういうおまえは縦に伸びたな。横幅がたりないぞ」
「成長期だから仕方ないよ」
仕方ないと言いつつも、僕の顔は喜色満面に違いない。背が伸びて嬉しくない男子が居るわけがないんだから。
「それに筋肉だってついたしね。もう非力なんて言わせないよ」
「ほー。……じゃあそこの鉄砲玉は別に止めなくても大丈夫だな」
「え?」
アメリカならともかく、日本で鉄砲玉?
すわ、ヤのつく自営業の抗争かと背後を振り替えれば、飛んできたのは弾ではなく人だった。
「神城さーーーーん!」
「はい!?」
短距離で見事に加速して首ったまにかぶりついてきたのは、ふわふわした栗色の髪を靡かせるカスミさん。
反射的に返事をしつつも、突然の体当たりに体勢を崩しそうになり、腹筋背筋その他諸々の筋肉を総動員し何とか踏みとどまる。
するとカスミさんは僕の首にぶら下がるようにしがみついたまま、満面の笑みで見上げてきた。
「神城さん。惚れ直しました! 結婚してください!」
「HAHAHA。相変わらず愛が重いよカスミさん」
そして恐い。何が恐いかって、お付き合い通り越して結婚という所もだけど、胸ポケットから当然のように出てきた書類が恐い。
僕の年齢的に受理されないだろうけど、逆に言えばあと一年ちょいで法的拘束力が発生するという、ある意味悪魔の契約書だ。
間違っても名前など書くまい。僕が書かなくてもいつの間にか記入されてそうなのがカスミさんだけど、さすがにそんな騙し討ちはしない……はず。
「きゃ!?」
そんなやり取りをしていたら、不意にカスミさんが僕の体から引き剥がされる。
「……」
そして広がった空間に滑り込んできたのは、相変わらず無表情なカナタさん。
いや、いつもふてくされたみたいな顔だけど、今は割り増しで胡乱な目をしてる。
「あら、居たんですか美藤さん。影が薄いから気付きませんでした」
もはや定型句と化したカスミさんの嫌みに、カナタさんはなにも答えず一瞥すると、無言で僕に視線を向け直す。
一体何故かと首を傾げるが、すぐに理由に気付いて冷や汗が出てきた。
恋人以外の女と密着して平然としていた。
大和撫子なカナタさんからすれば、打ち首ものの重罪に違いない。
「えーと……アメリカでは……」
日常茶飯事だと言いかけて、言い訳にはならないと気付く。
ここは日本で、僕は日本人で、カスミさんも日本人で、トドメにカナタさんも日本人だ。ガラパゴス並みに独自進化をとげた日本において、世界基準を語るのは場をわきまえない戯れ言なのだ。
結論。僕死刑? イエス死刑。
OK分かったカナタさんの断罪を受け入れよう。
神妙にカナタさんに向き直り、裁きの時を待つ。
相変わらずジト目のカナタさん。その目が責めているように見えるのは、自覚した罪のせいだろうか。
「……」
しかし覚悟した罵倒や平手打ちは来ず、カナタさんはぎこちなく僕の背中に手を回して抱きついてきた。
無口なのは分かってるけど、こういう時まで無言だとリアクションに困る。
一体カナタさんは僕に何を望んでいるのか。
「……浮気しちゃ嫌」
危うく萌え死ぬところだった。
可愛い。何が可愛いかって、浮気しちゃ「ダメ」じゃなくて「嫌」なところ。
命令じゃなくて懇願。庇護欲をそそられるというか、こんな健気な娘を裏切れるかというか。とにかく僕のハートにクリティカルヒット。
カナタさんのためなら死ねる。
「大丈夫だよカナタさん。僕が好きなのはカナタさんだけだから」
いつかと同じ台詞を言えば、カナタさんは不安そうな目で「本当に?」と言葉にせず聞いてくる。
これは大変だ。僕はカナタさんを世界で一番愛しているのに、カナタさんには三分の一も伝わっていないらしい。
じゃあどうするか。
三分の一しか伝わらないなら、三倍愛してあげなきゃいけない。
それでも伝わらないなら、はたから見て滑稽だと思われるほど、全身全霊で愛するしかない。きっと人が恋をして盲目になるのはそのためだ。
「愛してるよカナタさん。それでも不安なら、ずっとそばに居て愛し続けるから」
頬に手をあてながら言えば、カナタさんは嬉しそうに、ちょっと恥ずかしそうに微笑んだ。
最近よく笑うようになったカナタさんだけど、こんなに可愛い笑顔を向けてくれるのは僕だけだ。
それが狂おしい程に嬉しくて愛おしい。
ちなみに背景になっていたボクシング部の面々は、永倉先輩率いるしっと団が武装蜂起し、瞬く間にマコトと瀧見くんに鎮圧されていた。
カスミさんに関しては、リュウくんが見事に押さえてた。
どうやらリュウくんは、カスミさんを(物理的には)制するまでに成長したらしい。
双子だと知らなければ犯罪スレスレな光景だったけど、深く気にしないようにした。
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開始前から軽い(と思いたい)ハプニングのあった練習試合は、今のところ順調に進んでいる。
最初は佐野くんと星岡学園の二年生の試合。
当然というか、佐野くんは特に有効打を与えられず、終始相手のペースに乗せられていた。
試合が終わり、意気消沈している佐野くんを見ていると、何だか可哀想になってきた。
マコトは負けてもいいからと佐野くんを試合に出したみたいだけど、彼は挫折を繰り返して成長するタイプでは無いと思う。佐野くんはきっと雑草ではなく芝生みたいな子だ。強く見えるけれど、ケアを怠ればあっという間に枯れてしまう。
一見すればユウキくんもそうなのだけれど、ユウキくんはああ見えて芯は打たれ強くて頑固だ。
マコトが佐野くんをユウキくんと同じように見ているのだとしたら、私の方で注意しておいた方が良いかもしれない。
次は元空手少年な前田くん。
初めは相手と互角以上に戦っていたけれど、次第に動きが悪くなり結局判定負け。
どうやら鍛練不足による体力切れが原因らしい。「走り込み増やすか」というマコトの声が聞こえたのか、汗だらけなのに震えていた。
そして一年男子の最後は、ルール無しならユウキくんより強いらしい瀧見くん。
何やら動きが窮屈そうだったけど、相手の足が止まった瞬間一気に距離をつめ、ケンカパンチで相手を数秒で沈めてしまった。
マコト曰く。瀧見くんはボクシングが強いとかいう分類ではなく、単純に殴り合いが強いらしい。
素質だけで強いけど、そこを技術でさらに強化するのがボクシングの面白さだとか。私にはまったく分からないけれど。
そしてメインイベント。ユウキくんと橘くんの試合。
……の前に、ある意味興味深い試合が行われることに。
「神代さんに色目を使う女はターミネートします」
「お姉様に代わって恋敵をデストロイです」
何故か殺る気満々な橘さんと、同じく闘気駄々漏れなナオミさん。
マコトのような超人類では無い故に、生々しい女の戦いの火蓋が切って落とされた。




