零れ話 お酒は二十歳になってから
※未成年の飲酒は法律で禁止されています。
成人に達していない方々はくれぐれもお酒は飲まないように。
どうせ大人になったら嫌でも飲まされます。
生徒会選挙が終わったら、何故か生徒会役員になっていた。
……わけがわからない。だがこの事態には、うちの高校の謎な生徒会制度が関係している。
まずうちの高校は、生徒会選挙では平役員を決めず、会長をはじめとした役職のみを決める。
そして見事選ばれた役職持ちたちが、己の手足とも言える役員を選出するわけだ。
そして何故か立候補していた黒川。
何故か副会長に当選した黒川。
何故か役員に俺を指名する黒川。
「……何故だ?」
「何故かと聞かれたら、君を見込んだからだが。無口でコミュニケーションに難がある以外は、全体的な能力は高いだろう」
薄い眼鏡を押し上げながら、何故か得意そうに言う黒川。
褒められているのだが、まったく嬉しくない。
そもそも俺の何を見て能力が高いと思ったのか。
「神城が居なくなってからは、君がうちのクラスの馬鹿軍団を抑えていたからな。戦闘能力では劣るが、精神的な制圧、特に田んぼ三兄弟の心の折りっぷりには定評がある」
確かに。女子の方は委員長がまとめてくれていたが、男子の方があまりに暴走するので、何度か苛立ちが限界を越えキレた覚えがある。
逆に言えば、余程の事がない限り、俺は自分からまとめ役に回るつもりはないんだが。
「能力があるなら使え。もったいないお化けが出るぞ」
「出るわけない」
というか懐かしいなもったいないお化け。
よくピーマンを食わないので母親に脅されたが、わざわざ夜中にお化けを装って襲撃するのはいかがなものかと思う。おかげでしばらくピーマンが恐くなった。
「まあ確かに人をまとめるという意味では、吉田の方が適任なのだが。いかんせん馬鹿だからな」
確かに。
吉田は馬鹿だが、あれで気がきくというか人身掌握は上手い。
穏やかなようでいて扱いの難しい神城がそれなりに心を許しているし、真面目になれば生徒会長も狙えるのではないだろうか。
……馬鹿だから無理か。
神城の帰国とほぼ同時にしっと団を復活させるやつだ。あの馬鹿っぷりはしばらくおさまるまい。
「ああ、吉田といえば、今度の週末に花見を企画しているらしい」
「……今更か?」
もう四月に入ってから随分と経つ。恐らく週末を逃せば、あっという間に桜は散ってしまうだろう。
そんな微妙なタイミングで、何故花見なのか。
「一応名目は神城の帰国を記念してのことらしいが、まあいつもの病気だろう」
「……」
いつもの病気。つまりは何でもいいから騒ぎたいらしい。あれは確かに病気だ。
年末年始のイベントラッシュ。キリスト教、仏教、神道をコンプリートする日本独特の無節操宗教コンボの最中、しっと団は期待通りというか予想通りというか、大いに暴れまわってくれた。
アベック(死語)狩りを行うしっと団。
最初は散発的だったが、ボクシング部元部長の原田先輩を頭にまとまり、アベック狩り狩りを行うリア充軍団。
面白そうだからリア充に加勢する国生。
何故か国生と一緒にリア充認定されて襲われる俺。
幸いだったのは、全ての騒動が学校内で収束したことだろう。さすがにこの馬鹿騒ぎが外にまで影響したら、参加者全員停学ではすまない。
逆に言えば校内限定とはいえ、これほどの騒動が起きて何の処罰も無いこの学校はおかしい。
笠原先生はさぞ胃を痛めていることだろう。だからと言って騒動の鎮圧を俺に押し付けるのは止めてほしいが。
「……花見にはだれが参加する?」
「聞きたいか?」
すっごく良い笑顔で言う黒川。
一気に聞きたくなくなった。聞いたら俺の胃がヤバイ。でも聞かなかったら当日がヤバイ。
「まず主賓の神城と恋人の美藤。そして友人の国生は当然として。ボクシング部の後輩数人……のはずがボクシング部全員参加」
一気に増えた!?
「私たち元三組の女子と……うちの美術部員全員」
また芋づる式に増えた!?
「あと委員長のところの吹奏楽部もほぼ全員参加で、坂本のところの柔道部員と青山のところ水泳部員と黄桜のところの陸上部員と……」
「……もういい」
要するに、話が拡散するのに合わせて爆発的に参加者が増えていると。
ツイッターも吃驚な拡散速度だ。それ以上に吃驚なのは、この学校の生徒のフットワークの軽さだろうが。
「ちなみに幹事は一応吉田となっているが、参加者が多すぎるので飲食物は各自持ち寄りで。ゴミは持ち込んだものが責任をもって持ち帰るようにとの事だ。当たり前だが酒は禁止だからな」
そして俺は参加するとは一言も言っていないのに、参加前提で説明を始める黒川。
……ぶっちぎって家で寝てて良いかな。間違いなく国生が襲撃に来るから無理か。
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花見当日。
空を見れば快晴で、雨が降る心配も無し。
にも拘らず、私は今全力で苦虫を噛み潰していた。
「懐かしいなあ、こういう雰囲気」
「……楽しい?」
「うん。何よりカナタさんが居るから、とっても嬉しい」
「私も。ユウキくんが一緒で嬉しい」
可愛らしい花柄のシートの上に座るユーキと、そのそばに寄り添うように座るカナタ。
いや、何かもう寄り添うってレベルじゃない。カナタがユーキの肩に頭を委ねたと思ったら、それを当たり前のようになで始める始末。
幸せオーラが前回。桜の香りが甘いとかそういう問題じゃ無い。
これはテロだ。周囲の人間を汚染する無差別テロだ。
先ほどから苦虫を噛み潰しまくっているのに、口内に広がる砂糖はどんな不思議マジックだ。
「……お姉さまはもっとシャイな人だと思っていました」
中嶋も呆れ気味だ。吉田がどこからか調達してきたブルーシートを広げつつも、二人から目が離せないらしい。
「半年前までは、なんつーか『私に近づくな』みたいなオーラ出てたんだけどな。どこでブレーキが壊れたのやら」
「遠距離恋愛でフラストレーションが溜まったのでしょうか。ユウキ先輩も婚約者に会いたいと、常々愚痴っていました」
「それだけじゃないのかもなあ……。その辺どう思う。解説の清家」
「誰が解説だ」
いきなり話題を振ってもきっちり答える流石の清家。
ちなみに今回の花見の規模がでかくなりすぎたので、黒川と二人で学校側に花見をやる許可をもらってきてくれたらしい。
そのあたりも流石だ。
「……ブレーキが最初から無かったのかもしれない」
「何だって?」
ぼそりと言った清家の言葉に、私は反射的に聞き返していた。
何だその不穏な結論は。ブレーキが無いなら加速し続けるのかアレは。
「前も思ったが、美藤は家庭環境のせいで、男というものに免疫も耐性も無い」
「ああ」
何せ母子家庭な上に、本人の性格があれだから男友達も当然居ない。
むしろ同性の友人もあまり居なかったらしい。それでも平気だったのは、強いというより本人の気質が他者を寄せ付けないものだったからだろう。
清家もそうだが、世の中には友人零のぼっちでも平気。むしろ快適という人種が居るらしい。
その辺りは私には永遠に理解できない感覚だろう。
「恐らくは、人に甘えたことが無いんだろう。野生の動物は兄弟とじゃれあううちに力の加減を覚える。美藤は甘えたことが無い故に、甘え加減が分からないのかもしれない」
「あー……」
なんかすごい納得いった。
思えばユーキとの牛歩かと思わせる恋愛事情も、インターハイの一件で瞬歩のごとく加速した。
一度走り始めたら止まらないわけか。何て見ていてハラハラするやつだ。
「しかし逆に言えば、美藤が何かしら神城に負い目でも感じれば、間違いなく急ブレーキを踏んで面倒くさいことになるだろう」
「ああ、なんかそれも想像できる」
結論。やっぱ面倒くさい。
まあ別にもう世話をやかなきゃ進展が見込めないような状態じゃないし、一々面倒を見る必要も無いんだろうが。
「ところで、野球部が練習を止めて花見に参加しているのは私の見間違いか?」
「サッカー部も参加してるらしいです。というかほぼ全校生徒が参加しそうな勢いです」
「『横で花見やってんのに練習なんぞできるか!?』だそうだ」
練習着で菓子を貪る野郎どもの群れを眺めながら言った私に、中嶋といつの間にか現れた黒川が補足してくれる。
それで良いのか野球部。あとどんだけ暇なんだうちの学校の生徒。
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酒を飲んでも飲まれるな。
飲酒という行為への戒めとして、これほど的確な標語はそう無いだろう。
もっとも高校生である俺たちには、そんな戒めは必要無い。
必要無いんだ。
「清家。現実を見ろ」
カルピスソーダを片手に現実逃避をする俺に、黒川が肩に手を置きながら言う。
「ユウキくん……ぎゅってして」
「おおう……。何これ。お持ち帰りしていい? 良いよね。むしろいただきます」
神城にすがりつくように身を預けながら、心なしか瞳を潤ませつつ普段からは考えられない甘い声で言う美藤。
そして美藤のリクエスト通りに抱きしめつつも、キスの雨を降らせる神城。
お前ら自重しろ。
しっと団でなくても嫉妬するわ。
「……吉田。死ね」
「わお!? 事情も聞かずに執行かよ!?」
「ジュースに酒を混ぜるのにどんな事情があるのよ!?」
死刑宣告をする俺に正座したまま講義する吉田。そんな吉田に怒り心頭の委員長。
いや、俺もまさかこんなお約束をやる奴が居るとは思わなかった。そして酒入りジュースを飲んだ美藤が、これほど壊れるとも思ってなかった。
美藤には甘えブレーキが無いと言ったのは俺だが、まさかさらに加速スイッチがあるとは思わなかった。
何かもう個室にでも隔離したい状態だが、二人だけにすると間違いなく神城の理性がもたないので現状維持としておく。
既に理性など吹っ飛んでいる気もするが、少なくとも最終防衛ラインを公然で突破する度胸は流石に無いだろう。
仮に突破するなら自室でやれ。
「だってさあ、タバコとか酒とかさ、やっちゃだめなことをやってみるのも青春だろ?」
「他人を巻き込むな」
「そうよ! ……じゃなくて、他人巻き込まなくてもだめだから清家くん!?」
やはり堅物というか、俺の発言にまでつっこんでくる委員長。
俺個人としては、隠れてやるなら別に良いと思うんだが。
ばれても困るのは本人だ。自己責任でやるなら俺は何も言わない。というかどうでもいい。
『それでよリヒト。私は言いたいことがあるならハッキリ言えって思うのよ』
「……それは俺のことか?」
『リヒトじゃなくて他の豚よ! ってアンタも口開かなさすぎ! 目で訴えられても分かんないわよ!』
「……すまん」
しかし被害は甚大だ。よくよく見てみれば、一年の中嶋まで酔ってる。
同じボクシング部の男子に絡んでいるが、お互いが日本語と英語で話すという、わけのわからん状態で会話を続けている。
「とりあえずお酒は全部没収するとして」
「ええー。酒って結構高いんだぞ」
「黙れ。もう一年留年したいのか貴様は」
委員長の決定に吉田が不服を唱えるが、即座に黒川に睨まれて沈黙する。
というか黒川も実は相当怒ってるな。まあ生徒会副会長という役職をもつ上に、今回の花見の許可を学校側にとりつけたのも黒川だ。
吉田のこの暴挙は許しがたいだろう。俺も許す気は無い。
「……神城と美藤のそばに簀巻きにして転がしておくか」
「あ、それ良いかも」
「ふむ。しっと団には最高の拷問だな」
「ヤメテ!? 死ぬ! 俺死んじゃう! 嫉妬する間もなく甘すぎて糖死する!」
誰が上手いことを言えと。
結局俺の案は採択され、吉田はブルーシートに包まれてバカップルのそばに安置された。
しばらくはのた打ち回り悶絶していたが、そのうちぐったりして動かなくなる吉田。様子を伺ったらマジ泣きしていた。
……一体どんだけいちゃついていたんだバカップル。
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唐突だが、人によって酔い方には差があり、その中でも大別して二つの種類がある。
一 酔うと記憶が飛ぶ
「あの……瀧見さん」
「……何だ?」
「花見のときのことです。私は間違えてお酒を飲んでしまったらしくて、その時の事をよく覚えていません。瀧見さんと一緒に居たと聞きました。何か失礼なことはしませんでしたか?」
「……いや、英語で何か言ってたが、聞き取れなかった」
「そうですか……。ご迷惑をおかけして、すいませんでした」
「……いや、気にするな」
二 酔ってもしっかり記憶が残る
「――――――っ!」
「いや、凄い甘えっぷりだったなカナタ」
「……言わないで」
「今更照れるなよ。別にキスくらい普段からしてるだろ」
「でも! あんな皆が見てるところで!」
(……空港で思いっきりキスしてたのは私の気のせいか?)
「……私学校休む」
「小学生か。良いから、遅刻するぞ」
「いやーーーー!?」




