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相談です


「相談があるんです」


 ナオミさんからそんなメールを貰って、僕は学校近くの喫茶店に呼び出された。その喫茶店は聞き覚えのある軽やかなクラシックの流れている穏やかな雰囲気で、置いてある小物なども趣味がよく中々良い店だった。

 友達とかにこういう店に連れてこられるたびに思うんだけど、皆どうやってこういう店を発掘してくるんだろう。僕だったら、初めての店に友達と一緒でも入る気がしないんだけど。


「クラスメートに紹介してもらいました。チーズケーキがお勧めらしいです」

「へえ、じゃあそれ頼もうかな」


 小腹もすいたことだしと、チーズケーキと珈琲を頼む。ナオミさんはチーズケーキにくわえて紅茶。

 女の子って紅茶が好きだよね。僕は珈琲にはうるさいけど、紅茶についてはまったく味の違いが分からない。


「先輩の歳で珈琲に拘りがあるのも珍しいと思いますが」

「んー父さんが珈琲党だったからかなあ。子供の頃から、喉が渇いたら勝手に珈琲入れてお茶代わりに飲んでたし」

「……先輩の身長が低かったのは、そのせいではありませんか?」

「珈琲飲むと背が伸びないって言うのは迷信だからね」


 あの清家くんが言ってたんだ。間違いない。

 僕としては、牛乳飲んだら背が伸びるのも嘘だったのはショックだったけど。……飲みまくったのになぁ。


「まあそれは置いといて、相談って?」

「……」


 何やら言い辛そうなナオミさん。相談とやらはそんなに大事なのか。それに先ほどから違和感がある。


「……そういえば、二人だけなのに何で日本語で話してるの?」

「っ!?」


 違和感はそれだった。

 アメリカに居た時は日本語に慣れるために日本語で話していたけど、今はその縛りは無い。むしろ今は英語を忘れないようにと、支障が無い場合は英語でやり取りするのがほとんどだ。


「……先輩。私は英語で話していると、性格が悪くなります」

「むしろ日本語で話してるときに猫被ってるんだと思うんだけど」


 母国語が英語なんだから、英語の方がデフォルトだろう。しかし僕がそういうと、ナオミさんは珍しく日本語のまま語気を強めてきた。


「いいえ。私は本当はもっと控えめでお淑やかなんです!」

「ボクシングをやってる時点でそれは無い」

「お姉様だってボクシングをやっています!」

「うぐっ!?」


 痛いところを突かれた。そう、最近……というか僕がアメリカに行っている間に、カナタさんもボクシングを始めていた。主にマコトのせいで。

 今のところはサンドバッグを殴っている程度だけど、足も身についてきてるし、いつ本格的に始めてもおかしくない。


「……うん、君はお淑やかだ。認めよう。それで、そこが相談に繋がるの?」

「……先輩。私はツンデレを治したいんです」

「その前にそのベン語を直そうか」


 教科書に出そうなぐらい正しい日本語を話しているのに、たまに妙な言語が混ざるのは間違いなくベンのせいだろう。

 今度アメリカに行く時は本気でシメた方が良いかもしれない、あのダメリカ人。


『あー面倒臭い。要するにね、英語で話してると思っても無いことまで口にしちゃうのよ』

『そうなのか? むしろ本音が日本語では隠れてるのかと思ってたけど』


 僕も英語で話してると、悪態がするっと出ちゃうことあるし。しかしよくよく聞いてみると、どうもナオミさんは逆らしい。


「先輩も英語で話すときは粗暴になります。なので、この悩みを共有できると思いました」

「……僕は君ほど極端じゃ無いよ」


 そもそも僕の英語が汚いのは、参考にしたナオミさんが原因だし。


「でも僕も意識しての事じゃ無いから、相談されてもね……」

「?」


 そこまで言って、こういったときに頼りになる友人を思い出す。

 無駄に蓄積された無駄に役立つ無駄な知識のせいで、最近では歩くウィキペディアと呼ばれ始めている彼だ。歩く百科事典でないところに時代を感じる。

 突然携帯を取り出した僕を訝しがるナオミさんをよそに、その友人へと電話をかける。


「もしもーし?」



 珍しく部活の無い放課後。私は友人……と一緒に桜並木の下をぶらぶらとしていた。


「む、あそこに大判焼き屋が。せっかくだから奢るとしよう。何味が良い?」

「……普通にあんこで」


 ただし並んでいる相手は、友人ではあるけれどあまり深い付き合いの無い相手だった。

 黒川イクエ。委員長を筆頭とした元一年三組女子レンジャーの一人にして、一番掴み所の無い眼鏡美人。

 ユウキくんが言うには「外見はカナタさんで中身はマコトと清家くんを足して割った感じ」らしい。確かに外見的には黒髪で私に近いし、中身もマコトとは別ベクトルに男らしいので、マコトと清家くんを足して割ったというのは的を射ているのかもしれない。


「大判焼きにカスタードクリームを入れているのを見たときは、子供ながらに邪道だと思ったものだが、意外に美味いものだな。しかしチョコは流石にな。チョコの味に大判焼きが負けていると思うのだが、もう少し改良はできないのだろうか」

「……」


 ベンチに腰かけながら、大判焼きを頬張りつつ何やら熱く語る黒川さん。

 この人もあの濃いクラスメートの例に漏れず、個性が強いというか何というか。見かけはお淑やかにみえるのに、どうしてこんな話し方をしているのだろう。


「さて、美藤も戸惑っているようだし、本題に入るとするか」

「……」


 戸惑っているのを分かっていて、大判焼きについて長々と語っていたのだろうか。それとも語っていたのは、こちらの緊張を解すためなのか。

 ……やっぱり掴み所が無い。というか何を考えているのか分かりづらい。


「実は好きな人ができた。ぶっちゃけ清家なのだが」


 流石理系女子。余計な手間を省いて本題を直球で投げ込んできた。私にどうしろと。


「初めは神城に相談しようかと思ったのだが、やはりこういった相談は同性にした方が良いと思いなおしてな。国生に相談しても、からかい混じりで話を前に進めるのに手間がかかる故に、美藤に相談することにした」


 だから、私に相談されても困るんだけど。


「……仲介役をすればいいの?」

「そうではない。君は清家と似通った性質を持っているだろう。名は体を表すというか、男どもには遠い女だよ君は。まあ清家の名は『ゼント』だから、君よりは近いはずだがね」


 そういえば、そんな名前だっけ清家くん。遥か「彼方カナタ」よりは、道半ばの「前途ゼント」の方が近いだろうけれど、そんな言葉遊びに意味はあるのだろうか。


「縁起や占い、言霊といったものは馬鹿にしたものでは無いよ。オカルトな効果は無くとも、自己暗示程度の意味はある。人間の無意識下の思いというものは意外に影響を与えるものだからな、自己暗示である程度制御しているわけだ」


 何と可愛げの無い占いの信じ方だろう。言外に信じてないと言っているも同然だ。


「それで、要は清家と似た性質を持った君なら、どういった告白のされ方をすれば受け入れる気になるかと聞きにきたわけだが」


 ようやく相談された意味が繋がった。清家君の反応を、よく似た私にシミュレートして欲しかったと。


「……いきなり告白されたら困る」

「だろうな。君の十人斬りは有名だ」


 それは既にユウキくんという婚約者が居たからなんだけど、でも確かに恋人が居なくても、あの人たちの告白に応じる事は無かっただろう。


「……ユウキくんは」

「ん?」


 ユウキくんの名を出した事で、黒川さんは少し怪訝な顔をした。だけど私は自己分析なんてできないし、ユウキくんを引き合いに出した方が説明をしやすい。


「ユウキくんは、私を警戒心の強い猫みたいだって言ってた。いきなり近付いても逃げるから、缶詰とねこじゃらしを構えて、警戒が解けるまで待ってる気分だったって」


 マコトといい、揃いも揃って人を猫扱いするのに文句はあるけれど、当初の私のユウキくんへの態度を省みれば、警戒心の高い猫というのは的確なのかもしれないと最近は思うようになった。

 そして今は警戒が解けて、膝に乗ってる状態らしい。


「なるほど。つまり『お友達から始めましょう』が有効という事か」

「……多分」

「それは何とも……難易度が高いな。一生お友達ともいかないし、告白のタイミングをみるのが難しそうだ」


 確かに。でもマコトとは結構仲が良いみたいだし、黒川さんもきっかけがあれば大丈夫そうだけれど。


「ともかく、何か口実を作って清家と接触を持つのが一番か。どんなに考えたって、やはり時間を共有しないと始まらん」


 そういうと、黒川さんは最後の大判焼きをポイと口の中に放り込んだ。



「清家くん。こっちは一年生の中嶋ナオミさん。ボクシング部期待のホープで、アメリカで僕の英語の先生をしてくれてたんだ」

「はじめまして。中嶋です」


 僕の紹介に合わせて、相変わらずの猫かぶりで挨拶をするナオミさん。


「それでこっちは僕の友人の清家くん。色んなことを知ってて心理学にも詳しいよ」

「……別に詳しくは無い」


 そして僕の紹介をいきなり否定する清家くん。そこを否定されると、呼んだ意味がなくなるんだけど。


「それで、英語で話すときと日本語で話すときで、軽く人格チェンジしちゃうナオミさんの悩みを聞いて欲しいんだけど」

「……実在するんだな」


 納得した!? 詳しく話すまでも無く納得した!?

 流石清家くん。無駄に多い知識と無駄な察しの良さでは他の追随を許さない出来る男だ。


「実在とは? 他にも私のような人は居るのですか?」

「……俺の知る事例では、普段は弱気でオドオドしているのに、フランス語で話し始めると急に強気になる日本人女性が居るな。あまり多くの事例を知っているわけでは無いが、話す言語の種類によって性格が変わるというのは、そう珍しくも無いらしい」


 普段の無口っぷりはどこへやら、立て板に水とばかりに解説を始める清家くん。


「多重人格ではないのですか?」

「多重人格……解離性同一性障害は、切り捨てた意識の一部が個を持ったようなもので、自分では切り捨てた自分を認識できない。この場合はもっと表層の人格、ペルソナと呼ばれる部分の変化だろう。

 ペルソナは変化する現実に対処するために付け替える仮面のようなもので、誰しもが持っている多面性だ。好意を持っている相手と、嫌っている相手では態度が変わるだろう。

 ペルソナの変化でなくとも、自己の変化を認識出来るなら、その人格の変化はそれほど深い部分の事では無いだろう。しかしそれを改善したいのなら、専門の人間に相談したほうがいい。人の心と言うものは複雑だから、素人の考えで手を出さない方がいい」


 ここぞとばかりに長台詞。

 心理学詳しくないって絶対嘘だよね? むしろ工業大学行きたいってのも嘘で、心理学科に行くつもりなんじゃないかと思えてくる。


「……私は、病気なのでしょうか」

「それに答えるのは難しい。極論すれば、人は誰しも心に傷や闇を持ち、何らかの障害を抱えている。言ってみれば、人間誰しも程度の差はあれ心の病を抱えているようなものだ。そも、人の心を学問でカテゴライズすることは余計な誤解を生む元であり、無謀な行いだと俺は思う」


 喧嘩売った!? 心理学に喧嘩売った!?


「悩むのは成長に必要な事だが、悩みすぎるのも問題だ。どのような自分も自分だと受け入れて、気楽になったほうがいい。心が軽くなれば、自然悩みも軽くなるものだ」

「……難しいですね」

「そうだな。しかし嫌いな自分を否定だけはしないでくれ。抑圧された部分というのは、消える事無く火種として燻り続ける。先ほども言ったように、否定せず受け入れた方が色々と楽だ」

「経験論ですか?」

「かもしれない。俺も女嫌いと言う心の病を抱えている」


 そう言って肩をすくめる清家くんの様子は、かなり珍しいものだった。

 単に無口だけど頼りになる人だと思っていたけど、その内面には思春期の男子らしい悩みも結構抱えてるのかもしれない。


「では、女嫌いなのに私の相談に乗ってくれてありがとうございます」

「気にするな。何故か最近相談される事が多くて慣れてきた」


 その原因の一端が僕だという事は、黙ってた方がいいだろうか。


「神城。文句は言わないから奢れ」


 察してる!?

 流石だよ清家くん。きっとその精神的なタフさは、ここ一年マコトに振り回されたことで培われたんだろうね。

 ……何か急に申し訳なくなってきた。



「いやー、やっぱり清家くんは頼りになるよね。正にトリビアの泉と言うか、どっからあの知識仕入れてるんだろう」

「……ネットとか?」


 子犬のクッションを抱きながら言うユウキくんに、私は黒猫のクッションを何となく揉みながら答えた。

 夕食が終わり、その日の宿題などを終わらせると、こうして私の部屋で一緒に過ごす事が最近は増えてきた。この家で暮らし始めたときは、隣の部屋にユウキくんが居るだけで恥ずかしかったのに、大した変化だと自分でも思う。


「そういえば、私も黒川さんに相談された。清家くんが好きだからどうしたら良いかって」

「……うわー」


 私の言葉に、何故か「やっちゃった」みたいな顔をするユウキくん。

 ……どうしたの。というか大丈夫?


「いや、あのね。今日サラッと言ってたんだけど、清家くん基本的に女嫌いらしくてね」

「……ああ」


 確かにそんな兆候はあるというか、青山さん辺りに絡まれているときはもの凄く嫌そうなオーラを出している。

 それでも絡むのが青山さんらしいというか何というか。トラブルメーカーの名は伊達では無い。


「黒川さんは、傷口に塩を擦り込むタイプじゃ無いから大丈夫だと思うけど」

「だよね。カナタさんだって、少しずつ気を許してくれたもんね」


 そう言いながら、子犬のクッションを放り捨てて、私の頭を抱えるように抱き寄せるユウキくん。

 されるがままになりながら、捨てられた哀れな子犬を手繰り寄せて、黒猫と一緒にムニーと引っ張ってみる。


 昔の私ならやんわりと距離を取っていただろうけれど、今は触れる肌が暖かくて心地良い。

 こうやって押されて最後には陥落するんだろうなと、自分によく似た男子を思いつつユウキくんに体を預けた。


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