恋敵……?
「あー……三食日本食って最高ー」
夕食の席にて。テーブルの向かいに座るユウキくんが、味噌汁をすすりながら目を細めつつ言う。
ハンバーグが日本食かどうかは疑問だけど、お米と一緒にハンバーグを食べるのは日本人くらいなので、日本食でいいのかもしれない。
「あら? リョウコさんお家でごはん作ってなかったの?」
「作ってましたよ。でもジムに行った帰りとかは、そのまま友だちと食べて帰ってましたから」
母さんの疑問に、ユウキくんは笑って返したけれど、不意にその顔が暗くなる。
「……アメリカ人って何であんなに食べるのかな。肉が嫌いになりそうだった。ポテトがこっちを殺す気満々だった」
肉は何となく分かるけれどポテト?
ジャガイモとアメリカの大地でどんなバトルを繰り広げてきたの。
「大丈夫よユウキくん。カナタが作ったポテトサラダは、人に危害をくわえないから」
「カナタさんのポテトサラダに殺されるなら本望です」
だから、殺さないから。
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ポテトでふざけすぎたせいか、カナタさんが拗ねた。拗ねたけど、多分それに気づけるのは僕と義母さん、あと清家くんくらいだろう。
相変わらず無表情。というより、機嫌が悪くなると無表情になるらしい。
そんなカナタさんも可愛い。そう言ったら視線が慌ただしくなり、そっぽを向いてしまった。
嬉しいけどまだ怒ってます。という事らしい。
うん。どうしようこの可愛すぎる人。
「とりあえず……死ね! 爆散して死ね!」
一年のクラスのある北校舎の廊下。久しぶりに会ったよっしーに近況報告をすると、ある意味期待通りの反応が帰ってきた。
どうやら委員長とは何の進展もないらしい。
これは委員長がまだ動いてないのか、それともついに愛想をつかしたのかどちらだろうか。
「というかよっしー本当に留年したんだね。何やったの?」
「……追試に遅刻した」
遅刻さえしなければ。そう叫ぶよっしーだけど、そもそも追試をやる事態に陥らないようにすべきじゃないだろうか。
そんなことを考えていると、遠巻きにこちらを眺めていた一年生の中から何人かが近寄ってくる。
「吉田さん友だちですか?」
「去年のクラスメートだよ。てか敬語使うなって言ってんだろ!?」
「つい使っちゃうんですよ!?」
どうやらクラスメートらしい一年生にヘッドロックをかけるよっしー。
結構馴染んでるらしい。まあよっしーの性格からして当たり前かもしれないけど。
「あの……」
「ん?」
遠慮がちな声につられて顔を向けると、そこには一人の女子生徒。
日本人とは少し違う、見慣れた顔がそこにいた。
「ああナオミさん久しぶり。本当にここに入学したんだ」
「お久しぶりですユウキ先輩。信じてなかったんですか?」
そりゃ簡単には信じられないだろう。しかしこの場にナオミさんが居る以上、事実は曲がらない。
「また付き合ってもらえますか? ユウキさんくらいの相手じゃないと物足りなくて」
「あー……まあ軽くならね。君の相手はやりづらいし」
ボクシングの話だとあたりをつけ、僕は微妙な顔になっているだろうことを自覚しながら返した。
この子はレベルに差はあるが、マコトの同類だ。しかも完全なアウトボクサーで、スピード勝負になると楽しくてたまらないらしい。
そして当然のように僕は目を付けられた。はっきり言って女の子相手に本気なんて出せないし、やりづらくて仕方ない。
そんな会話をしていたら、何故かよっしーが楳図か○おの絵みたいな顔をしていた。
何に驚いたのか。
というかむしろこっちが驚いた。
「……ああ、そうだ俺だ」
そしておもむろに電話をかける。
この時点で大体状況を把握した。隣を見たら、ナオミさんがどこか期待した様子でよっしーを見ている。
わざとか!?
「呼んだかよっしー!?」
「呼んださ、すっぎー、くっらー!」
出たな田んぼ三兄弟。
というかすっぎー(杉田)はともかく、くっらー(蔵田)は無理あるだろ。
「かっしーが帰ってきた。あの勝ち気で男勝りな幼なじみと、清楚で美人な彼女がいる勝ち組な男が帰ってきたんだ!」
「なんと!?」
「憎い!」
困惑しまくりな一年生に囲まれながら、口々に憎しみを漏らす田んぼ三兄弟。
蔵田くんはともかく、杉田くんは普段普通なのに、何でこういう時だけノリノリになるかな。
「しかも、彼奴め、アメリカで大人しめなハーフの美少女を毒牙にかけてきたのだ!」
『なんと!?』
田んぼ三兄弟のキャラが壊れてきた。
しかもこのままだと僕のキャラも壊(誤解)される。というか一年生にはもうされてる。
『ハハハ。どうしてくれんだこのビッチ』
『私もここまでいくとは。大丈夫なの? この知性を母親のお腹に忘れてきたみたいな奴ら』
英語で悪態をついたら、相変わらずの毒舌で返してくれた。
大丈夫かと聞かれれば大丈夫じゃない。主に頭が。
「しっと団を召集する!」
『団長!』
何か集まってきた。
というかいつの間に副団長から昇進したよっしー。
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「何か騒がしいね」
昼休み。同じクラスになった委員長とお弁当を食べていると、渡り廊下を挟んだ南校舎が騒がしくなり、男子の何人かが携帯電話を手にしながら立ち上がった。
そして彼らは、今にも血の涙を流さんばかりの表情で教室から駆けだしていく。
「ちょっ、廊下走るなー!?」
委員長が委員長らしく注意するけれど、誰一人聞きやしない。
そして委員長は現時点で委員長じゃないのに、誰も名前を呼ばない。
「んっふっふー。これは中々面白いことになってるね」
「どこがよ……」
携帯電話を眺めながら言う青山さんに、委員長が疲れた様子でうなだれる。
無関係だと気にしなければいいのに、背負い込んでしまうあたりが委員長だなあと思う。
「一年生にさ、かっしーがアメリカでひっかけてきた彼女が居るって」
「はぁ?」
青山さんの言葉に、委員長が呆れたような声を出す。
しかし反応の薄い私に、青山さんは不満そうな顔をする。
「驚かないの?」
「……誤解でしょ?」
そうでなければ、橘さんみたいな押しの強い子に振り回されたか。
少なくとも、ユウキくんが自分の意志で浮気をするはずがない。
私がそう言うと、青山さんはつまらないとばかりに口をとがらせる。
「揺さぶり効果無しかぁ。このバカップルめ。だけど! 目標に策が通じないならば、周りをうごかせばいいだけのこと!」
この子は何と戦っているのだろう。というか周りって何。
私が無言でそう思っていると、教室の扉が開いて、見知った顔が入ってきた。
「美藤は居るか?」
「……何?」
ゆっくりと教室を見渡していた黒川さんは、私を見つけるとはぁとため息をついた。
「神城が浮気をしていると聞いて国生が暴走した。清家では時間稼ぎにもならんから、急いだ方が……」
「ちょっ、危ないから廊下は走らないで美藤さーん!?」
最後まで聞かずに私は走り出す。委員長の発言は申し訳ないけれど黙殺。
実は少し不安で、後で話を聞こうと思っていたのだけれど、それどころじゃなくなった。
事情聴取は後回しにして、マコトを止めないとユウキくんが殺される。
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……死ぬかと思った。
亡者ども(男子)の相手だけでも疲れるのに、マコトが「カナタに代わっておしおきだ!」とか言いながら参戦したときは、本気で殺されるかと思った。
幸いだったのは、一年生のノリが悪かった事だろう。終始困惑したまま一連の光景を眺めていた。
これが今の二年生だったら、しっと団の存在を知らなくても六割がノリで参加してくる。
騒ぎ自体はカナタさんがマコトを止めた事で収束したけど、笠原先生から僕への評価がさらに微妙になった。
というか何で僕が悪いみたいな空気になってるの。
1対100って、武器持ち出しても正当防衛が成り立つくらい圧倒的だと思うんだけど。
「昔の偉い人は言った。右の頬を殴られたら左の頬を差し出しなさいと」
「いや、死にますから。左の頬どころか全身滅多打ちにされますから」
放課後の部室にて、永倉先輩が腕組みをしながら無駄に重い声で言った。
しれっと「自分良いこと言った」みたいな顔してるけど、さっきの襲撃に参加してたしこの人。
「それで、この子が噂のハーフさんか。昨日詳しく話してれば、少なくとも国生は暴走しなかっただろうに」
「……騒ぎ自体は起きますけどね」
というか騒ぎ起こした張本人だし。
今は日本語で話しているせいか、完全に猫かぶってるけど。
「中嶋ナオミです。ニューヨークに居る頃は、勉学やボクシングの指導などユウキ先輩には大変お世話になりました。
こちらでもボクシングは続けるつもりですので、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」
そう言って頭を下げるナオミさんを、部員一同感嘆の声をあげながら拍手で迎え入れる。
ちゃんとした日本語を教えたのは僕だけど、この納得のいかなさは何だろう。
ベンの言う通り、ぼくっ娘にしてやるべきだったのだろうか。
「ユウキ先輩の婚約者ってこの人ですか? 可愛い人ですね」
「確かに見た目は可愛いけど違うよ」
「見た目はってどういう意味だコラ」
マコトを見ながら言うナオミさんに、即座に否定を入れる。
どうやらナオミさんは、マコトが襲いかかったのは見ていたけど、発言内容までは聞いてなかったらしい。
恐ろしい誤解を解くため、気配を消すようにマコトの後ろに隠れていたカナタさんを引っ張り出す。
「この人が僕の婚約者の美藤カナタさん」
「……はじめまして」
何だかカナタさんが警戒猫モード。
どうやらもう一つの誤解は完全に解けていないらしい。後でちゃんと話し合っておこう。
「……」
「あれ? ナオミさん?」
カナタさんを見るなり、固まってしまうナオミさん。
何事かと観察していると、突然カナタさんとの間合いをつめて、両手を握りしめた。
「……素敵!」
「はい?」
「黒髪! 真っ直ぐで長くて! まつげ長くて綺麗で! 姿勢も良くて控えめな態度! カナタ先輩みたいな人を大和撫子って言うんですね!」
カナタさんが大和撫子なのは否定しないけど、ナオミさんのテンションがおかしい。
どうやらツボに入ったらしい。何のツボか分からないけど。
「お姉様って呼んで良いですか?」
「それは……ちょっと」
ベン。ナオミさんに変な日本語を教えるなとあれほど。
『まったく、ユウキにはもったいないわ』
『うるさい』
前言撤回。よくやったベン。
お姉様を連呼して、カナタさんにどん引きされてしまえ。
そう思っていたけど、後日お姉様呼びを許可されてホクホク顔のナオミさんが居た。
……どうしてこうなった。




