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侵入部員

 桜の花弁も舞い始めた四月。学校へと続く道が綺麗に見えるのは、桜が咲いているだけではないだろう。

 例え桜が咲いていなくても、むしろここが殺風景な砂漠だったとしても、私には今世界が輝いて見えるに違いない。

 だって私の隣には、ずっと待ち焦がれていた人が確かに居るのだから。


「どうしたのカナタさん? 何かうれしそうだけど」

「うん。ユウキくんがいるから嬉しい」


 そう言って私が笑って見せると、ユウキくんは一瞬呆気にとられたように目を見開いたけれど、すぐに笑い返して軽く抱きしめてくれた。

 そんな動作の一つ一つが愛しくて、ああ今私は幸せだと実感させてくれる。


「……おまえらそういうのは家でやれ」


 不意に、前を歩いていたマコトが低い声で言ってくる。

 視線を向けてみれば、苦虫を噛み潰したみたいな、微妙な顔をした彼女が居た。

 珍しい。以前ならこういうときは、チェシャ猫笑いでからかってきていたのに。


「からかう域を越えてんだよ! 甘ったるいんだよ! キャラ変わりすぎなんだよ!?」


 そう言ったら怒涛の三段突っ込みがきた。

 私よりマコトのキャラが変わってるよねユウキくん?



 マコトは相変わらずな気がするけど、カナタさんは間違いなく変わったと思う。

 以前も突然積極的になることはあったけど、今は常時積極的というか、甘えるのに躊躇が無くなってる気がする。

 前から猫っぽいと思ってたけど、そっけない猫が完璧に懐いたというか。

 まあいいか。可愛いし。


「久しぶりだな神城」

「お久しぶりです笠原先生。今年度からよろしくお願いします」


 職員室にて、今年から担任となる笠原先生に改めて挨拶する。

 本来ならわざわざ挨拶する必要は無いのかもしれないけど、転入生同然の中途半端な立場故に面倒な手続きもあった。その辺りの世話をしてくれた笠原先生に、挨拶くらいしても罰はあたらないだろう。


「留学は貴重な体験だったろうが、そのせいでこちらの授業についていけないようなら言いなさい。補習くらいはしてやれるからな」

「だったら一組に入れないでくださいよ」


 三鷹東高校は、二年からは特殊なクラス分けになる。

 文系選抜クラスの一組。

 理系選抜クラスの二組。

 そして残りのクラスと、ある意味効率的で差別的な組分け方だ。


 そして僕が編入されるのは一組。日本を離れていて学力に不安があるのに、選抜クラスに入れるのは何かの嫌がらせだろうか。


「少なくとも編入試験では問題が無かったし、留学経験というだけで書類上の評価は高いんだ。選抜クラスに入れざるをえんさ。それに美藤も一組だぞ」

「是非一組で頑張りたいと思います」


 即座に態度を変えた僕に、笠原先生が生温かい目を向けてくる。

 これはあれだ。よっしーが馬鹿をやっているときに向ける視線だ。少し自重しないと、よっしーと同類と見なされるかもしれない。


「……まあいいだろう。一組には問題を起こしそうなのは、他に青山くらいしかいないからな」

「あ、やっぱりよっしーは一組じゃないんですね」


 様々な馬鹿をやらかし、半ば伝説と化しているよっしー。

 笠原先生の髪が灰色から限りなく白に近づいているのも、おそらくはよっしーのせいだろう。

 もしよっしーが一組に居たら、担任である笠原先生の頭は完全に白くなっていたかもしれない。


「……一組どころか二年に居ないがな」

「え? 転校したんですか?」

「いや、留年した」


 思わぬ事態に思考が一時停止する。

 三鷹東高校は入るのは難しい割に校則はゆるく、よほどの問題を起こすか、追試で赤点を叩き出す勇者くらいしか留年はしない。

 一体何をやらかしたよっしー。



「やっぱあれじゃないか? バレンタインのアベック襲撃事件」

「あれは俺も参加したけどおとがめなしだったぞ。そもそも首謀者フツーに卒業したし」


 部室の奥に思い思いの場所に腰掛けながら、吉田くんの留年理由について候補をあげるマコトと否定する永倉先輩。

 あの騒動を起こしておいて、何の処分も無いのもある意味問題だと思う。

 実はこの学校は私立でしたと言われても納得できる放置ぶり。いつか校長あたりがいきなり変わるかもしれない。


「まあ吉田はどうでもいい。問題は今年の新入部員をどう獲得するかだ」

「半幽霊部員含めて六人居るんだから、セーフじゃないの? 僕と原田先輩の実績もあるし」

「一回個人優勝したくらいじゃ実績になんねえよ。それに私たちが抜けた後も考えろ」


 楽観的なユウキくんに対し、部長の自覚がでてきたのか堅実なマコト。

 確かに私たちが卒業すると同時に、ボクシング部が無くなったら寂しい。


「うーん、一人ならあてがあるけど」

「マジで?」

「アメリカで知り合ったハーフの子が、うちに入学するって」

「……どんな確率だ」


 ユウキくんの言葉に永倉先輩が呆れた様子で返す。


「ボクシング経験者か?」

「うん。結構強いから、アウトボクサーだけどマコトは気に入ると思うよ」

「へえ……」


 マコトの顔に笑みが浮かんだ。

 ただしそれは肉食獣の笑み。獲物の予感にご満悦。


「……また新たな被害者が」

「アッハッハ。大丈夫ですよ」


 永倉先輩の力無いつぶやきに何故か余裕のユウキくん。

 どうやら本当に強いらしい。少なくともマコトの餌食にならない程度には。


 しかしユウキくんがそのハーフさんについて重要な事を言い忘れたせいで、ちょっとした騒動が起こることになる。

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