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遠→零距離恋愛 後

 今僕は抱きしめられている。それはもう体が折れそうな勢いで。

 カナタさんが抱きついてきたのなら、僕は内心で狂喜乱舞して優しく抱き返していただろう。百本譲ってマコト相手でも、軽く背に手くらい回したかもしれない。


 しかし今僕に抱きついているのは、婚約者でも幼なじみでも、ましてはヤンデレでもない。


「逃がさん…お前だけは…」

『たまに出た日本語がそれかよこのweeaboo(日本かぶれ)は』


 空港のロビーにて、僕に抱きつくというか絡みついてきたのは、ソフトマッチョな白人男子だった。

 まったくもって嬉しくない。というかうざい。


『離してよベン。飛行機に乗り遅れるし』

『ずるいぞユキ! ナオミに続いておまえも日本行きだなんて。俺も連れてけ!』

『無茶言うな貧乏人。それにおまえみたいなアメリカの恥を連れていけるか』

『酷い!?』


 ショックを受けて涙目になる白人男子。まったく可愛くない。むしろキモイ。


 このベンという青年は、僕が通っていたハイスクールの同級生だ。見た目は爽やかなスポーツマンで、実際バスケが上手くて女の子にも人気があるのだが、趣味がそれらを台無しにしている。

 ベンは日本の文化(主にアニメやゲーム)が大好きで、日本という国と日本人に妙な憧れを抱いている。初対面で日本の素晴らしさを語られたときは、冷たくあしらう事もできず多大な疲労感を背負うはめになった。


『英語の上達に合わせてどんどん口が悪くなってるぞ! だからナオミに英語を教わるのはヤメロって言ったんだ!』

『いやそれは……否定できないけど』


 ああ見えてナオミさんは口が悪い。試合前に緊張しているところに『ケツの穴から指を抜け(直訳)』と言われたときは、たっぷり数十秒は硬直してしまった。

 他にもあの子は下品なスラングを結構使う。アメリカでは普通なのかと思ったけど、周囲の反応からしてやはり可憐な外見には不釣り合いな口の悪さらしい。


『そういう意味じゃナオミに丁寧な日本語を教えたのはグッジョブだ! ナオミは対日本人に限り完璧なレディになっ……シット! 上手く誘導すればナオミをボクっ娘にできたじゃねえか!? 気をきかせろよユキ!』


 どうしようこのダメリカ人。本場日本のオタクにも、これほど残念なやつはそういないだろう。

 いや、僕が知らないだけで、掃いて捨てるほどいるかもしれないけど。


『うるさい豚。帰って自分のナニでもいじってろ』

『酷い! でもなんか良くなってきた! この際ユキでも俺は……!』

『離せ!? うわああぁぁ! 何で腰動かしてんだよこの×××野郎!?』


 助けを求め必死に周囲を見るけど、そんな親切な人間など居らず、見て見ぬふりをする人ばかり。一部女性と目があったが、何故か目を輝かせていた。

 ……腐ってやがる!?


『なあユキ、女装してみないか? 最近日本じゃ男の娘とかいうのが流行ってるらしいし』

『ふざけんなああぁぁぁぁっ!?』


 イカレた事をぬかすベンを、僕は鍛え上げた拳で容赦なく沈めた。

 目が真剣だったので、本気で身の危険を感じたアメリカでの最終日だった。



 空港のロビーで、私は待ち人が来るのを今か今かと待ちわびていた。

 服装は完璧。ブラウスには皺一つ無いし、下はユウキくんが似合っていると言ってくれたフレアスカート。

 髪も毛先まで乱れが無いことを化粧室で確認済み。ああでも動いた拍子に乱れてるかも……。


「……おまえがそんな外見に気合い入れてんの初めて見たぞ」


 もう一度確認をしようか悩んでいる私を見て、マコトが呆れたようにつぶやいた。

 そんなマコトの格好は、ジーパンにシャツというラフな姿。髪は相変わらず真っ赤。肩の上できっちりと切りそろえられているそれは、彼女なりに拘りがあるらしい。


「どこか変じゃない?」

「月も嫉妬するくらい美人だよ。なあ清家」


 私の問いにマコトはため息をつきながら答えると、隣にいた清家くんにふる。


「……ああ」


 こちらも相変わらず無口。

 それでもこちらを見て頷いて見せたのは、心配するなという意味だろう。


「……来た」

「え?」


 ぼそりと言われて視線を追えば、確かに何人かの集団がロビーへと向かってきていた。

 目を凝らしてみるけれど、人ごみの中に目当ての人は見つけられない。

 清家くんの勘違い? そう思い始めたとき、何人かの人が道をそれ、懐かしい顔が現れた。


「ユウキくん!」


 意識しない内に名前を呼んでいた。

 こちらに来るのが待ちきれなくて、いつの間にか歩き出していた。


「カナタさん!」


 徐々に近づく距離。それが零になった瞬間、私はユウキくんの腕の中にいた。

 腕を上手くたためなくて、強く抱きしめられると窮屈で少し苦しかった。

 だけどそれ以上に胸に伝わるぬくもりは太陽よりも暖かくて、長く私の中に巣くっていた寂しさという氷を溶かしてくれるみたいだった。


「……ユウキくん背伸びた?」


 しばらくして違和感を覚えて、すぐに理由に気づく。

 半年前は目線が同じ高さだったのに、今見えるのはユウキくんの肩。手を当てた胸板も、前よりたくましくなってる気がする。


「カナタさんはますます綺麗になったね。僕の婚約者は天使だったみたいだ」


 恥ずかしい台詞をさらりというユウキくん。抱きしめられたまま見上げれば、満面の笑顔がそこにあった。


「……口も上手くなった?」

「試してみる?」


 その言葉に続いて、唇が落ちてくる。

 思わぬ不意打ちに目を見開き、すぐに受け入れるように瞼を閉じた。

 人前だなんて関係ない。

 ただ久しぶりの熱に安心する。





 桜の咲く四月。私たちの零距離恋愛がまた始まった。

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