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零れ話 二年生なユウキたち

 脈絡のない小話を幾つか


 その日授業が終わり部活に出るなり、僕は目の前の光景が信じられず絶句した。


「ふっ!」


 隅にあるサンドバックを殴っているのは、僕の同居人にして恋人であり婚約者であるカナタさん。

 殴るのは別に良い。暇そうなカナタさんに、ちゃんとした殴り方を教えたのは僕だから、指を痛める心配も無い。しかし、何故に軽快なフットワークまで身につけているのか。

 動くたびに跳ねるように揺れるポニーテールが魅力的だ。……て、そうじゃなくて。


「……何というか、凄いね」

「そう? 変なところとか無い?」


 いったん動くのを止めて聞いてくるカナタさんに、僕は複雑な心境を隠して頷く。するとカナタさんはどこかほっとしたように笑うと、「マコトが教えてくれたの」と言った。


「……マコトが?」

「うん」

「ああ。練習相手が居ないから、カナタを育ててみた」


 犯人はおまえか。

 人が異国の地で上手く通じない言語に苦しんでいる間に、なに人の婚約者をポ○モン気分で自分好みにカスタマイズしてるんだ。


「ねえ、ユウキくんにどれくらい通用するか試して良い?」

「勘弁してください」


 マコトはともかくカナタさんに練習でも手を上げる事ができるわけがない。

 無邪気な子供のように目を輝かせながら聞いてくるカナタさんに、僕は土下座する勢いで許しを請うた。



「それにしてもユーキ背が伸びたな」

「うん伸びた」


 幼なじみを見上げながら言った私に、カナタも追従するように頷く。

 アメリカへ連行される前は、私やカナタより低かったのに、今では二人そろってユーキを見上げている。アメリカの土がユーキにはあっていたのだろうか。


「食べる量が多かったからかな。外食するにも知り合いの家で食べるにも、本当に量が多くてさ、出されたものを残すのも何か嫌だし」


 なるほど。確かに日本人的には「お残しは許しまへんで」が基本だ。少食なユーキも食べる量が増えざるをえなかったのか。


「あー、でも小さい方が可愛いとか言われたっけ。やっぱり日本人って幼く見られるんだね」

「……へー」


 笑いながら言うユーキに少し落ち込みながら返すカナタ。

 多分アメリカでのユーキの交友関係(主に女絡み)が気になったんだろうが、そこで問い詰めたりヤンデレたりせずにしょんぼりするのがカナタの可愛いところだな。


「大丈夫だよカナタさん。僕にとって可愛いのはカナタさんだけだから」


 むしろ自然な動作で手を取りつつ、真顔でそんな事を言っちゃうこいつの頭は大丈夫だろうか。

 今の私は思いっきり顔が歪んでいるに違いない。所謂苦虫を噛み潰したような顔だが、口内に大量発生しているのは虫じゃなくて砂糖だ。今私が唾を吐いたら間違いなく蟻がたかる。


「私もイギリスにでも留学しよっかなー……」


 最近になって遠慮が無くなってきているバカップルから目線を反らしながら、私はあてもないのにそんな現実逃避を口にしていた。



「清家。明日の集会で使う資料はできてるのか?」

「ああ」


 放課後になるなり話しかけてきた黒川に、俺は短く答える。そんな俺の態度に黒川は気を悪くする風も見せず、「さすがだな」と言いながらニヤリと笑う。


 二年に上がり俺は神城たちとは別のクラスになった。そしてまた孤独……もとい静かな日常になるのかと思っていたのだが、意外なことに黒川と話すことが多くなった。

 発端は生徒会選挙。

 うちの学校では生徒会は一部の役職のみ選挙で決め、残りの役員は当選した生徒が指名するのだが、副会長に就任した黒川が何をトチ狂ったのか俺を指名してきたのだ。

 どうせ部活にも入っておらず暇な身。自分にできることだけをやろうと気軽に引き受けたのだが、まさかあれほど苛烈な会議が存在するとは思わなかった。


 クラブ活動の予算関連は凄かった。一度予算を減らされると中々上がらないので、弱小部ばかりのはずなのにどこの部長も必死だった。

 特に凄かったのはボクシング部。勢いとよく分からん説得力を発揮する部長国生に、人畜無害な顔をしながらズバズバ正論を繰り出す副部長神城。

 すったもんだの末に主張する予算の八割を奪い取っていった。その後美人な生徒会長が般若の如き顔で地団駄を踏んでいて、俺の女性恐怖症が再発しそうになったのは別の話。


「仕事が早いのは良いことだ。以前から君は無口で目立たないが、地味にやる男だと思っていたよ」


 褒められているはずなのに、褒める単語より貶す単語の割合が大きいのは気のせいだろうか。

 抗議の意味を込めて視線を向けるが、黒川は気にする様子も見せず、クスリと笑いながら薄い眼鏡を指で押し上げる。大人しそうなお嬢さんといった外見にもかかわらず、中身は曲者なのだからたちが悪い。


「それでだな清家。言おうと思いながら言い損ねていたことがあるのだが」

「……」


 今度はどんなびっくり発言が飛び出すのかと警戒しつつ、視線で続きを促す。


「私と付きあってくれないか?」

「……」


 しかし出てきた言葉は、インド人もびっくりな予想外です。

 待て、落ち着いて考えろ。これは孔明の罠だ。付き合ってというのは別に色恋沙汰ではなく、一緒に来てくれというそのままの意味では無いだろうか。


「ちなみに『何処へ付きあえば良い?』などというお約束なボケはいらないからな」


 読まれた!?


「……何故俺なんだ?」


 混乱はおさまらないままだが、どうにかそれだけ口にする。すると黒川は口元に手をあてて考え込むと、ゆっくりと話し始めた。


「何故と聞かれても、私は君の友人のバカップルの片割れのように、情熱的な言葉を紡ぎ出すのは難しくてだな……」


 バカップルの片割れというのは神城だろう。神城と美藤が全校生徒にバカップルと認識されて久しいが、今はそれは関係ない。


「うん……そうだな。好きだからという理由に、さらに理由をつけなければ駄目だろうか?」


 その曖昧な言葉は、黒川だからこそ大きな意味があるように思えた。

 理系だからかは分からないが、黒川の発言は一々筋が通っている事が多い。その黒川が言ったのだから、その好意に理屈やら原因やらを見いだすことができなかったのだろう。


「まあ、その、深くは考えずにだな。お試し感覚で付き合ってみてはもらえないだろうか。君が私と一緒に居るのが苦痛だというなら、潔く身を引くつもりだしな」


 少し頭が冷えてくると、一見いつも通りな黒川がテンパっているのが分かる。ズレてもいない眼鏡を何度も直しているのだから、相当焦っているのだろう。


「……むしろ俺と居てもつまらないと思うんだが」

「それを決めるのは私だ。そしてその言葉は了承したという事で構わないのか?」


 黒川が眼鏡越しに強い視線を向けてくるのに、俺は黙って頷いてみせる。すると凛々しいと言って良いほど隙のない黒川の顔が、安堵したように緩んだ。


「そうか。今日はそれで十分だ。具体的な話しはまた今度にしよう」


 そしてまくし立てるように話すと、黒川は教室を出て行った。既に他の生徒は居らず、室内には俺だけが取り残されている。


「……今の顔は反則だろう」


 意図せずにそんな言葉が漏れる。黒川も内心相当テンパっていたが、俺も負けずに混乱しているらしい。


 好意を向けられれば、余程相性が悪くなければ好意を抱き返すだろう。そのせいだろうか。最後に黒川が見せたホッとしたような笑顔に魅せられたのは。


「気軽に……か」


 不誠実なようにも思えるが、いきなり婚約関係になったという神城たちに比べれば確かに気軽だろう。そう自分に言い聞かせて、ざわつく心を押さえつける。

 しかしお互いに決め手を欠く「付き合い」は、当初の予想以上にながいものとなるのだった。

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