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終わりの始まり

 一回戦でアマチュアでは珍しいKO勝ち。その後も危なげなく勝ち進み、準決勝で前年度優勝者である三年生の選手とぶつかり判定負け。

 ユウキくんのインターハイは、一年生としては大健闘と言える結果で終わった。

 顔に痣をつけながらも満足そうな様子だったユウキくんは、何だかんだと言ってボクシングという競技の魅力にとりつかれているのだろうと、呆れながら思った。


 因みに原田部長は、毎試合ハラハラさせるような内容ながらも勝ち進み、気付いたらなんと優勝してしまっていた。

 それ自体は喜ばしい事なのだけど、ユウキくんと比べて激しすぎる試合内容は、セコンドとしてそばで見ている私には刺激が強すぎた。

 マコトはそのうち慣れると言っていたけど、本当に慣れるのか疑わしい。


「ごちそうさま」

「はいお粗末でした」


 朝食を食べ終えた私は、登校の準備をするために二階へと上がる。そして廊下の途中にあるユウキくんの部屋の前で一度立ち止まったけれど、そのまま何もせずに自分の部屋へ入った。


 季節は巡り、ユウキくんと出会ってから一年がたった。その一年が今までの私の人生を凝縮したように濃いように思えるのは、ユウキくんとマコトのおかげかもしれない。


 ユウキくんは夏休みの終わりを待たずに、アメリカへと旅立っていった。

 説得を繰り返し散々抵抗したのだけど、養われている立場はやはり弱いのか、日本に残る事を許してもらえなかったらしい。

 とにかく一度アメリカに行くと、ユウキくんが顔を腫らしながら報告してきた時は、どんな反応を返したものかと悩んでしまった。

 ユウキくんの人生二回目の親子喧嘩は、お父さんの圧勝。本当に、あの人は何者なのだろうか。


 制服に着替えて髪に櫛を通していると、ベッドの上に置いていた携帯からメールの着信音が鳴る。

 こんな朝早くから誰かと思って開いてみると、表示されたのは親友の名前。内容は「ボクシング部の勧誘のビラを配るから、いつもより早めに家を出ろ」というもの。


 原田部長と芥先輩を含む三年生が引退した後、残った一・二年生の誰が部長をやるかで、少しだけもめた事がある。

 学年に関係なく、やる気と実力のある人がなるべきだという意見が出たけれど、生憎と条件を満たすユウキくんは既にアメリカの大地へ。

 ならばどうしたのかと言えば、なんとマコトが新部長に満場一致で選ばれてしまった。

 そうして実質男子部状態のボクシング部に、女子部長が君臨するという奇妙な状態となってしまう。もっともマコトはリーダーシップがあるし、先輩達も協力してくれているから案外上手く回っているのだけど。


 学校指定の鞄を手に立ち上がったところで、ドアをノックする音が室内に響いた。そのタイミングの良さに、実は待っていたのではないかと下らないことを考えながら、私は返事もせずにドアを開く。

 そして障害物が無くなったそこに立っていたのは、私のもっとも大切な人だった。



「あ、もう出られる? マコトがうるさいんだけど」

「うん」


 ノックをして数秒としない内に開いたドアの向こうには、皺一つ無い制服を着たカナタさんが立っていた。

 その姿を見下ろしながらどこか懐かしい気がしたのは、カナタさんの制服姿を久しぶりに見たからかもしれない。


 アメリカへと連れ去られた僕は、ある一つの約束……というか妥協案を父さんとの間に締結した。内容は「ネイティブと討論出来る程度に英語が話せるようになれば、日本に帰ってよし」というもの。

 父さんが僕をアメリカに連れて行きたがって理由の一つは、僕に様々な経験をさせたかったかららしい。

 だけどそんな親心も、恋にトチ狂っている僕には大きなお世話。一刻も早く愛する人の残る日本へと帰るため、僕は「良いEngrishだ」とからかわれながらも、積極的に地元の人たちと話しまくった。


 今考えれば、その必死の努力は父さんの思う壺だったわけだけど、約束どおり英語をそれなりに話せるようになった半年で帰国許可を貰えたので、深く考えないでおこう。


「行こうか」

「うん」


 カナタさんを伴って、一階へ下りてユミさんに挨拶をすると、玄関で待ち構えていたマコトと合流して学校への道のりを歩き始める。

 何もかもが新鮮だったアメリカでの生活に比べれば、同じ事の繰り返しのような平凡な日常。

 だけどそれも、左手から伝わってくる温もりがあれば、どんなに愉快で刺激に満ちた生活よりも幸せなものだと思える。


 だからこの距離が、これからも零のまま離れませんように。



 主のいなくなったカナタの部屋では、何体かのぬいぐるみが留守番のように家具の上に鎮座している。

 それは物をあまり持たないカナタに、ユウキが事あるごとにプレゼントした成果であり、殺風景だったカナタの部屋を女の子らしくするのに一役買っている。


 そんなぬいぐるみの内の一体、背の高いキリンの姿をしたものが、不意に倒れてタンスの上から落ちそうになる。

 原因は、換気のためか開け放たれたままになっている窓から入ってくる風。折角咲いた桜を散らしてしまいそうな風が、窓の前にかかったカーテンに激しいダンスを躍らせている。


 そのカーテンの下にあるのは、普段からカナタが就寝しているベッド。

 そのベッドの上には、茶色い子犬のクッションと黒猫のクッションが、重なるように並べて置かれていた。

 終わりです。

 最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。

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