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因果応報――愛因愛果

「グッドイブニング。カナタちゃん」

「……こんばんは」

 お風呂に入るために着替えを取りに部屋に入ったところで、その電話はかかってきた。

 見覚えの無い番号だったため無視していたけれど、いつまでたっても諦める様子の無いそれに出てみると、電波に乗って届けられたのは神城くんのお父さんの声。

 予想外のそれに私はしばし硬直し、数秒後になんとか挨拶を返した。

 電話番号を教えてないというのも疑問の一つだけど、挨拶がちゃんと今の時分に合っているのも疑問だ。もしかして日本に戻ってきたのだろうか。

「ユウキがインターハイに出るからな。夏休みもらって帰ってきたんだよ。ユウキに知らせたら『帰れ』と言うだろうから、内緒にしといてくれ」

「……いいですけど」

 何故やる事が一々奇抜なのだろうか。本当に神城くんと親子なのかと疑いたくなってくる。

「それとカナタちゃんに言っておきたい事と聞いておきたいことがあってな」

「え?」

 突然落ち着いた声になった神城くんのお父さんの声に、私は見えるはずも無いのに首を傾げていた。

 そして本命であったのだろう話を聞いて、私は寝付く事が出来ず答えの出ない悩み事をすることになる。

「全員揃ってるのか?」

「揃って無いけど、残りはたまにしか来ないんで放っておいて良いですよ」

「……よくもまあ、こんな大雑把な部からインターハイ出場者が出たな」

 原田部長の言葉に呆れた様子を見せたのは、白髪混じりの歴史教師笠原先生。ボクシング部の顧問は別の先生なのだけれど、その人は車を持っていないので、副顧問の笠原先生がインターハイの引率をする事になったらしい。

 何故車が必要なのかというと、ぶっちゃけ部費が無いから。インターハイは当然泊りがけになるのに、宿泊費も自費。

 もし父さんが快くお金を出してくれなかったら、バイトをしても間に合わないだろうし、僕はお金が無いという微妙な理由でインターハイに出場できない所だった。

「まあどのみち連れて行けるのは四人までだ。選手二人にセコンドは……二人で良いのか?」

「アマチュアルールは丁度二人までですね。まあ俺と神城の試合が重なる事はないし、二人で良いかと。まあ順当に芥と国生か」

「あーすまんが予約してるホテルはツインだから、出きればセコンドは二人とも男にして欲しいんだが」

「大丈夫じゃないっすか? 芥先輩ホモだし」

「むしろ神城と一緒にすると危ないな」

 マコトと原田部長の言葉に、笠原先生は無言で壁際に向うと、そのままもたれかかるように額を壁に当てる。

 そりゃ教え子が同性愛者だといわれたら、現実逃避もしたくなるだろう。やっぱりあの白髪はストレスのせいだろうか。

「ホモとは酷いなあ。僕は好きになった子がたまたま男の子だっただけだよ?」

「たまたまでも手を出したら大問題だ!?」

 芥先輩の主張に笠原先生復活。どうやら現実逃避をやめて教師としての義務を果たす気になったらしい。というか果たしてくれないと僕が困る。

「僕と原田部長を同室にして、残り一部屋を芥先輩とだれかもう一人というのは譲れません」

「……冷静だな神城」

「逃げても追いつかれるので。最初から対処した方がマシです」

 可哀相な目で見てくる笠原先生に遠い目をしながら答える。

 まあ実際の所、芥先輩の好意には辟易しているけれど、無理矢理何かするような人じゃ無いし、あまり心配はしていないのだけど。

 しかし同室にされる人の心配は消えるはずも無く、誰も残りの一人のセコンドに名乗り出ない。……まあ当然か。

「逆にセコンドを女子二人にしたらどうですか? 国生と美藤で」

「ああ、それなら構わんな」

「え? 私部員じゃ無いんですけど……」

 原田部長の提案に笠原先生は納得したけれど、当のカナタさんが驚きの声を上げる。

 しかしそれに笠原先生は持っていた紙に目を通し、原田部長は首を傾げながら口を開く。

「美藤はマネージャーだろ? 国生から入部届け預かったぞ?」

「マコト!?」

「えー良いじゃん。どうせ毎日世話焼きと見学に来てんだし」

 どうやらカナタさんは自身の入部について一切関知していなかったらしく、マコトの名を大声で呼びながら詰め寄る。

 それに対して反省の色零のマコト。まあマコトはこの手の悪戯をする相手は選ぶから、すぐに沈静化するだろう。

 しかしマコトが勝手に出したのか。僕はてっきりカナタさんが毎日来るのはマネージャーだからかと。いや実際書類上はマネージャー扱いだったわけだけど。

「……国生。そういう事は社会に出てからやったら犯罪だからな。先生は聞かなかったことにするから、美藤に謝っておけ」

「めんご」

「……」

 首を傾けながら笑顔で謝るマコトと、同じく笑顔を浮かべるカナタさん。珍しくて貴重な笑顔なのに、直視出来ないこの威圧感は何?

「はあ。まあそれは良いとして、私はボクシングのルールに詳しくないんですけど」

「メインは国生がやるから大丈夫だろ。サブは椅子出したりマウスピース洗ったりする作業だけだ。リングが高いと手が届かなくて苦労したりするんだが、美藤ならまあ届くだろ」

 原田部長の言葉に、それなら出来そうだと思ったのかカナタさんは少し安堵した様子を見せる。

 メインのセコンドだったら、汗を拭いたり水分補給をさせたりと色々と選手の世話をしなければいけないのだけれど、こちらはマコトなら経験があるから安心して任せられる。

「じゃあ行くのは選手の原田と神城、それにセコンドの国生と美藤だな」

「はい」

「じゃあ集合場所は学校の校門だ。遅れるなよ。あと先生はよく知らんが、計量で体重オーバーにならないようにな」

 計量については、原田部長は分からないけれど僕はぎりぎりフェザーな体重だから大丈夫だろう。

 実の所、少し減量して下の階級に出た方が有利になるのだけれど、成長期に減量をすると体に悪影響があるので、ジムの会長から禁止を言い渡されている。うちのジム以外でも、高校生で減量をする人はそう居ないらしい。

「むしろ神城は痩せすぎだろ。俺のプロテイン食うか?」

「食いません」

 そしてその事に気付いていたらしい原田部長が、たまにもくもくと食べているプロテインを差し出してくる。

 それを即座に拒否したのは、漂ってくる独特の匂いを考えれば正解だったと思う。何でプロテインの種類も増えてるのに、そんな臭いの食べてるんですか原田部長。

 夏休みに入り、七月もあと数日で終わるという朝。私達はインターハイの行われる県に笠原先生の車で移動すると、すぐに計量と試合の抽選が行われる地元高校の体育館へと向った。

 当日に向って遅れたりしないかと少し不安だったのだけれど、笠原先生は事前に下見に来ていたらしく、迷う様子も見せずに見知らぬ街を案内してくれた。普段はまったく部に関る様子も見せないのに、引率はしっかりこなす辺り、流石は教師という感じがする。

「二人とも計量オーケーか?」

「オッケーだよ。というかどうやったら一日でそんな激太り出来るの?」

「俺も大丈夫だ。成長期も過ぎてるっぽいしな」

 短パンにランニングシャツ姿の神城くんと原田部長が、マコトの問いに答えながら壁際に待機していた私達のところへやってくる。どうやら二人とも問題なかったらしい。

 それに安堵しながら周囲を見渡してみると、当日になって計量に引っかかるような人は居なかったらしく、特に騒いでる人は見当たらない。

「で、原田部長の相手は……岸本って聞いたこと無いな」

「俺も無い。まあ負けないだろ」

「どっからくるんですかその自信」

 情報の無い相手に対して楽観的な原田部長に対して、どこか不安そうな神城くん。

 原田部長の心配をしているのかと思ったけれど、どうやらそうでは無かったらしく、周囲を見ながら自分の試合相手の事を話し出す。

「僕の試合相手、宇喜多って人らしいんだけど、聞いたことある?」

「宇喜多か……無いな」

「それより渡辺ショウがライト級に行っちゃってるぞ」

 神城くんが原田部長とマコトに向かって聞いたけれど、原田部長は知らないらしく首を横に振る。一方のマコトは一回戦の相手は眼中に無いらしく、トーナメント表を見ながら、どうやら知り合いらしい人の名前を挙げている。

 そして神城くんはその名前に聞き覚えがあったらしく、少し驚いた様子を見せると、どこか嬉しそうに笑った。

「渡辺ってのは知り合いか?」

「U-15の決勝の相手です。左が凄い速くて、出場者の中では頭一つ抜けてたんですけど、ライト級に行っちゃったのかあ。ラッキーなような残念なような」

「……そんな強かったのか?」

 複雑そうに笑う神城くんを見て、興味が出てきたのか原田部長がマコトに向かって渡辺という人の強さを聞く。それに対するマコトは、どこかうんざりといった様子で評価を下す。

「左が凄いというか、全体的に同年代から頭抜けてるよあれは。ユーキもスイッチ入るまではタコ殴り状態だったし、拮抗したと思ったらラッキーパンチ同然の一撃でKOされるし。それに父親がプロボクサーだったとかで、試合が始まる前はユーキ完全に当て馬扱いでしたよ」

「サラブレットってわけか。戦ってみたい気持ちは分かるが、上の階級行ってくれたのは確かに神城にはラッキーだな」

「まあユーキは相手が強いと自分もいきなり強くなるし、弱い相手ばっかじゃ困るんですけど」

「どこの少年漫画の主人公だ神城は」

 二人が話しているのを聞きながら、渡辺くんを探しているのか、それとも試合相手を探しているのか会場を見回している神城くんを眺める。

 その見た目は相変わらず子犬のようなのに、いざ試合になると猟犬のような鋭い目つきと気配になると誰が予想出来るだろうか。

 試合中の集中力といい、神城くんは切り替えが上手いタイプなのかもしれない。普段だって私と話している時は優しくて落ち着いた雰囲気なのに、マコトや吉田くんを相手にするとちょっと乱暴になる。

 それが少し嬉しくて、少し悲しい。

 神城くんの私に接する態度には、根本に気遣いが見え隠れしている。それを壁のように感じてしまう私はわがままなのだろうか。

 もし婚約者なんて不自然な枠にはめられずに、マコトのような幼馴染という自然な姿で時を過ごせていたらと、何度も思って自分の馬鹿さ加減に溜息が出た。婚約者という枠にはめられなければ、私のような根暗が神城くんと恋仲になることなんてありえるはずが無いのに。

 もっと神城くんと自然に接したい。

 この気持ちを吹き飛ばすほどの、神城くんとの確かな繋がりが欲しい。

「……先生が校門に車回すらしいですから、そろそろ行きませんか?」

「ん、そうだな。二人とも行くぞー」

 私の言葉を聞いて原田部長が神城くんとマコトを促しながら体育館の出口へ向う。そして出場者の中の見知った名前を話し合う神城くんとマコトを見て、胸の中から何かが湧き上がってきて、心臓の動きが鈍くなったような錯覚を覚える。

 それが嫉妬と呼ばれる感情で、そんな独占欲が出てくるほど神城くんに恋してしまっていることに、その時私はようやく気付いた。

『夏休みが終わったら、ユウキをニューヨークに連れて行こうと思う。本当はもっと早くするつもりだったんだけどね』

 先日電話で神城くんのお父さんに言われた言葉を思い出す。それはまったく予想していなかった事であり、しかし私の意志ではどうしようもない事。

 別れが近付いた事で私は焦り、自分の心をごまかして逃げる事に初めて恐怖した。そして土壇場になって神城くんを求める自分の浅ましさが、みっともないような気がして恥ずかしかった。

 インターハイの初日は計量だけで終わり、試合は次の日からとなる。そのためほぼ丸一日暇が出来たわけだけど、その間ホテルで大人しくしている事など出来るはずも無く、僕たちはホテルの近くにあるアーケード街へと繰り出した。

 笠原先生から問題を起こさないよう注意されたりと、人数こそ四人だけどノリは修学旅行に近いかもしれない。何せ僕も原田部長も明日からの試合を前にして、まったく緊張していないのだから。

「国生も美藤も意外に買う物少ないな。俺は荷物持ちすら覚悟してたんだが」

 通りに面した店頭に陳列されている服を眺めているカナタさんとマコトを眺めながら、原田部長がほっとしているのか呆れているのか分からない口調で呟く。

 ジーパンに「海人」と書かれたTシャツというラフな姿なのに、体格が良いせいかそれだけで格好よく見えるのは男としてちょっと羨ましい。

 ちなみに僕とマコトも似たような出で立ちなのだけれど、カナタさんは黒いカッターシャツに丈の長い白のプリーツスカートと、見てて暑くないのかと心配になってくる服装をしている。特に黒いシャツが。

 まあ下手に露出を多くされても別の意味で心配になってくるのだけど、それは僕の勝手な独占欲だろう。

「二人ともあんまりもの買わないし、第一お小遣いもあんま無いですよ。まあそのせいで部屋が殺風景だけど。マコトの部屋とか一番に目に付くのがダンベルだし」

「……前から思ってたが、おまえ人間関係だけ見たらラブコメ漫画の主人公みたいだな」

二人の部屋の様子を思い浮かべながら言った僕に、原田部長が聞き捨てなら無い感想を漏らす。

 でもカナタさん(婚約者)とマコト(幼馴染)だけならまだしも、橘さん(ヤンデレ)まで居るから否定出来ないかもしれない。

 まあ実際にはラブコメは発生してないし、断じて発生させるつもりは無いけど。

「しかし実際婚約者ってどうなんだ? まだ成人もしてないのに、結婚まで考えて付き合えるもんか?」

「少なくとも僕はカナタさん以外眼中に無いですよ」

 原田部長が呆れるのも気にせずに、僕は自信満々に笑いながら言って見せる。だけどすぐに虚しくなって、次に不安になった。

「でも何て言えば良いのか、いくら距離が近付いても、間にでっかい壁があるような気がして。マコトみたいに、何でも言い合えるようにはなれないみたいな」

「おまえと国生の関係が特殊すぎだと思うんだが、まあ言いたい事は何となく分かるな」

 上手く説明できない僕の言い分を理解してくれたらしく、原田部長は右手を顎にあてると何やら考える仕種を見せる。そして何かに気付いた素振りを見せると、マコトに近付いて何やら話始め、二人してニヤリと何かを企んでいるような笑みを浮かべる。

「俺達ちょっとそこのゲームセンターのパンチングマシーンを破壊してくるから、しばらく二人で買い物してくれ」

「ユーキおじさんに軍資金もらってただろ。何かカナタにおごってやれよー」

 後光がさしてるようにすら見えるいい笑顔で、マコトと原田部長はこちらの返事も聞かずに騒音の漏れ聞こえるゲームセンターへと消えていく。

 というか破壊って、あの二人なら破壊は無理でも、故障程度は引き起こしそうである意味恐い。

「……えーと、とりあえず服買う? 奢るよ?」

「……ん、あんまり荷物増やしたくないから、今日はいい」

 本当にそう思っているのか遠慮したのかは分からないけれど、カナタさんはあまり乗り気ではなさそうなので服については保留する。まあマコトが言っていた通り、僕のお金じゃ無いのだけど。

「……」

「……」

 そして無言のまま、二人並んでアーケード街を歩き始める。以前なら沈黙に耐えかねて何か話そうとしていたのだけど、無理に話題をふっても一言で会話が終了して余計に気まずくなるので、自然と言葉が出るまでは黙っていたほうが良いと最近になって学んだ。

 それにカナタさんはあまり沈黙を気にしない人みたいだし、むしろ黙ったまま目で何かを訴えてくる事が多い。話題を探すよりも、普段は伏せがちなカナタさんの視線が動く瞬間を見逃さないように気をつけることのほうが重要だ。

「……」

 そう思って注意を払っていたら、案の定カナタさんは無言のまま通りかかった店の一角を見つめ始めた。こういう時はマコトだったら「あれ良くないか?」とか聞いてくるだろうけど、カナタさんは何も言わず、こちらが聞かなければそのままスルーする。

 カナタさんもマコト相手なら何か言うのだろうけど、僕相手だとこの通り。性別の差と言われればその通りかもしれないけれど、こういう所でも少し壁を感じてしまうのは僕の気にしすぎだろうか。

「何見てるの……って、ああ」

 カナタさんの視線を追いながら問いかけたけれど、答えを聞く前に疑問は解ける。

 小物、特に可愛い系とでも言うのだろうか、そんなものを揃えているらしい雑貨屋の店頭に視線は向けられていた。そこにあるのは、透明のビニール袋に包まれた、動物の顔を模ったクッションの群れ。その中に僕とカナタさんの見慣れたものが混ざっていた。

「これカナタさんにあげたのと同じやつだね」

 通行人を避けながら店に近付いて手に取ったのは、猫の顔をした黒いクッション。それはカナタさんが家に引っ越してきたばかりの頃に、引っ越し祝いという名目でプレゼントしたものだった。

「それもあるけど、これが気になって」

 少し照れたような様子を見せながらカナタさんが手に取ったのは、茶色い子犬のクッション。目が垂れ下がっていて少し情けなく見えるけど、可愛いのは間違いない。

「神城くんに似てるなと思って」

「どこが!?」

 心の中で「情けない」と評したものに似てるといわれて、思わずマコトに対するときと同じように聞き返してしまう。その反応がおかしかったのか、カナタさんは口元を押さえてクスリと笑うと、少し口元をゆるめたまま僕の疑問に答えてくれる。

「見た目もそうだけど、神城くんって雰囲気が子犬っぽいから」

 何とも複雑な評価だった。以前からカナタさんが僕を男として見てないんじゃないかと思う事はあったけど、まさか子犬という印象を持たれているとは。

「神城くんこれ貰ってくれる?」

「うんちょっと待って。何がどうしてそんな話になったの?」

 突然のプレゼント宣言に、貰うものの中身も合わせて納得がいかず聞き返す。だけど視線を向けた先に居たカナタさんは本当に嬉しそうな笑顔で、余程気に入ったのか感触を確かめるように子犬のクッションをビニール越しに揉んでいた。

 その顔を見て、今までの評価をひっくり返してでもクッションが欲しくなってしまったのも、恋は盲目というやつの一種なのだろうか。

「でもそれ結構高いよ?」

「これくらいなら大丈夫だから。買っていい?」

「……どうぞ」

 プレゼントするのに「買っていい?」という聞き方も変だけど、嬉しそうなカナタさんの顔を見たらそんな事を指摘するのは無粋な気がしてやめた。

 結局僕が苦笑しながら返答すると、カナタさんは子犬のクッションを持って店のレジへと歩いていった。

 まあ僕だって黒猫のクッションを見たときはカナタさんに似てると思って買ったのだし、その辺りはおあいこだろう。それにお揃いだと思えば、あの情けない顔にも愛着が出てくる。そう思う僕は結構現金なのかもしれない。

「オイ、おまえ」

「え?」

 二人ほど先客が居てレジ待ちをしているカナタさんを店の外から眺めていたら、突然背後から声をかけられる。

 そのどこか剣呑な色の声に嫌な予感を覚えつつも振り返ると、そこには予想通りというべきか、金色に染めた髪を短く刈上げた目つきの悪いお兄さんが居た。

 身長は同じくらいだし、もしかしたら僕とそれほど歳は変わらないのかもしれないけれど、その目は殺気すら感じるほどこちらを威圧していて、すぐに回れ右して逃げたくなってくる。

「……何か?」

 だけどカナタさんを置いていくわけにもいかず、僕はなるべく平静を装って返事を返した。しかしその場はさっさと逃げ出して、カナタさんとは後で合流すべきだったとすぐに後悔した。

「神城ユウキだろ。ちょっと付き合え」

 何故僕の事を知っているのかとは、明らかに鍛えている事が分かるお兄さん方に周りを囲まれている事に気付いて聞き損ねた。

 ……もしかしなくてもヤバイ状況では無いだろうかこれは。

「どうすんだ宇喜多?」

「とりあえず裏まわるぞ。ここじゃ目立つ」

 宇喜多と呼ばれた金髪の少年が、顎で歩くよう促すのに黙って従う。

 とりあえずカナタさんが気付いたみたいなので、警察なり原田部長なりに連絡する事を期待して、縮み上がった体を無理矢理動かしてアーケード街の外へとついて行った。

 そして僕は思い知る。世間ってやつは、呆れるくらい狭いのだと。

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