零れ話 頼りにされる=貧乏くじ
久しぶりにジムに出てきたら、橘リュウが道場破りにきた。
いや、単にユーキの所属しているジムを見に来ただけなんだが、ジムの先輩方が見学で済ませるはずもなく、当たり前のように練習に混ざっていた。
そして流れで、私とリュウがスパーリングをやることになったのだが……。
「リュウくん大丈夫?」
「……大丈夫じゃない。問題だ」
心配そうに言うユーキに、リュウは腹を押さえてうずくまったまま、どこぞの72通りの名前がある奴みたいな事を漏らす。
大丈夫だ。問題無い。
一発腹にクリーンヒットしただけだ。
「いや、マコっちゃんの拳は冗談抜きで世界を狙えるから、大丈夫じゃないっしょ」
「素人なら内蔵やられるよな」
神妙な顔で評するジムの先輩方。
いつの間にか私の拳が世界レベルの問題に。
「というかマコトに挑むなんて、リュウくんも無謀だよね。パンチ力だけならウェルター級の原田先輩と互角なんだよ? フェザー級の僕らじゃカトンボ扱いだし」
「凄く実感した。U-15の王者は伊達じゃなかったな……ぐふっ」
「……また一人逝ったか」
「……国生マコト伝説に新たな1ページが」
とりあえず黙れ先輩ども。
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「こんにちは清家さん」
話をしよう。
国生からそんな手紙が届き、指定された喫茶店に行ってみれば、待っていたのは橘妹だった。
……ポルナレフ!?
「……国生は?」
「あ、手紙を出したのは私です。普通に出したら無視される可能性が高いので」
確かに橘妹から呼び出されても、俺は警戒を最大値に振りきって呼び出しには応じなかっただろう。
だからといって、国生の名前を平然と使うこの女は恐ろしい。関わりたくないのも当然だと主張したい。
「それでは少しお話を。調査はしているのですが、やはり身近な方に生の答えを聞かないと、神城さんファイルを充実させる事ができません」
何だその個人情報保護に真っ正面から喧嘩売ってるファイルは。
満面の笑みで取り出すな。
恍惚とした表情で頬ずりすんな。
肉食獣みたいな目でこっち見んな。
「お待たせしましたー」
そして頼んでないのに、計ったようなタイミングで出てくる俺の分のコーヒー。
もうやだ。お家に帰る。
「さて、神城さんと美藤さんが、風呂場で鉢合わせという同居イベントの王道を達してしまったのは大変遺憾ですが」
「何故知っている」
二人が同居していること所か、婚約者だということすら俺は最近まで知らなかった。
なのに何故他校の人間である橘妹が、先日起こったリア充爆発しろ的事件まで知っているのか。
「愛の力です」
迷いなく言い切りやがったこのヤンデレストーカー。
俺も機械の類には強いし、盗聴器等が無いか微力ながら神城に協力を……。
「ふっ。良い仕事をしますから。うちが雇っている探偵は」
密かに決意していたらプロが出てきた。
もうだめだ。おしまいだ(神城が)
「しかし謎です。神城さんは、何故少しも私のアピールにゆらがないのでしょうか。一途ではありますが、惚れっぽい性格だと思っていたのですが」
単におまえが色んな意味でアウトだからだ。
それに神城が惚れっぽいかには疑問が残る。
あれは人懐っこいようでいて、他人との線引きを明確にしている。
笑顔を振りまいてはいるが、所謂社交辞令的なもので、相手から踏み込まれるのは苦手なタイプだ。
そのせいか、たまに吉田相手に機嫌が悪くなる。
吉田は意外にその辺りの事に気づき、上手い匙加減で付き合っているが、橘妹はそんなのお構いなし。そういう意味でも橘妹はアウトだ。
もっとも、その事について橘妹に助言するつもりは無いのだが。
「……そうですか」
そう言ったら橘妹が笑顔になった。
ただし目が笑ってない。マジで殺っちゃう五秒前な目だあれは。
間に合うかどうかは分からないが、国生に救助メールを送る。
本文を入れる余裕も無い。助けて国生!
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清家からメールがきた。
件名:ボスけて
本文無し
微妙に私らの年代には通じないだろこのネタ。
というかどこに助けにいきゃ良いんだ。
この場合私は決して急がずゆっくり助けに行くべきなのか。
そんなツッコミメールを送ったら、五秒で返信が来た。
……これは相当切羽詰まってるな。
どんな愉快な状況に陥ってんだ清家。
そい思いながら指定された喫茶店に行くと、笑顔で黒いオーラを撒き散らすカスミが居た。
対面に座る清家は、無表情なまま大量の脂汗を流しつつ、目を離したらヤバいとばかりにカスミをガン見している。
……何これ面白!?
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「ふう。まあ国生さんの話しも有益でした」
そう言って神城ファイルとやらに何やら追記していく橘妹。
国生の介入によって俺は生き長らえた。
もっともその国生話が終わるなり帰ってしまったので、再び橘妹の機嫌を損ねたらバッドエンド直行だが。
「しかし神城さんのお父さんは何者なんでしょうか。押しも押されぬ大企業にヘッドハントされ、入社して五年で営業部長。
前職のコネクションをフル活用して、かなり際どい事もやっていますが、いきなりニューヨーク支社の社長に大抜擢というのもありえませんよ普通」
確かにありえない。
というか前職のコネクションて。何やってたんだ神城の父親は。
「まあ父親は関係無い……とも言い切れないのが世の難儀な所でしょうか」
そんな事を呟くと、何やら難しい顔をする橘妹。
こうやって大人しくしていれば、橘妹も美藤に劣らない美少女なのだが、普段の残念な言動は何とかならないのだろうか。
「本音を言えば、神城さんとついでに美藤さんが幸せなら、二人の交際を祝福しないことも無いんです私は」
……何か今、国生のお嫁さん発言並にありえない事を聞いた気がするんだが。
「……本気?」
「いえ、ほんの少し。悔しいけど、まあ認めないでもない、的な?」
瞳を揺らしつつ、つまりながら言う橘妹。
なるほど。本人も複雑らしい。
「清家さんこれを」
心の整理がついたのか、表情をいつもの笑みに戻すと、神城ファイルから何やら取り出す橘妹。
個人情報を渡され俺は眉をひそめたが、橘妹は再び真剣な表情を作ると、静かな声で言った。
「それは火種です。清家さんなら上手く処理してくれると期待しています」
「待て」
火種って何だ。そもそも何で俺?
「現在お二人に一番近いのは国生さんです。しかし彼女は近すぎます。次点の清家さんなら、事が起きても客観的に対処できるでしょう」
「……」
神城は友人だ。美藤についても同類なせいか他人な気はしない。
しかし俺は、色恋沙汰にそれほど深く首をつっこむつもりはない。
そう言ったものの、その場は橘妹に押し切られ、俺はその火種を持ち帰った。
そして数日後にふと思い出し、内容を確認したのだが、それは火種どころか爆薬の類だった。
美藤は上手く折り合いをつけるだろう。だが神城には無理だ。
これが事実なら、神城は美藤から距離を取るのは間違いない。
――自分の父親が美藤の父親を殺したかもしれないなんて知ったら。




