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中華娘にご用心

作者:

猫=“cat”

ですが、この話ではKというイニシャルということにしてください(笑)

申し訳ございませんOTL

 「…合図は、まだか」

 「慌てるな、K。まだ予定の時刻に至っていないデショ。それに、明かりが消えてからそれほど時間がたっていない。奴らが寝静まるのはもう少し後だ」


 苛立つ年下の上司に対し、ゆらりとタバコを吹かす男はニヤリと笑んだ。対して諌められた張本人はチッと小さく舌打ちをする。ほんのかすかな音だったはずなのに、バッチリ聞かれていたようで、クツクツと隣で起こる笑いにキャット・ウォールズはまたもや額に青筋を浮かべた。


 時刻はもう真夜中になろうという頃。

 日はすっかり落ちてしまい、煌々と街を照らしひとたびにぎわいを見せていた光も遥か遠くに消え去った。いまや目の前に広がるのは無数の木々と、その中にひっそりとそびえる粗末な掘っ立て小屋ひとつのみだ。こんな時間、こんな場所に、当たり前だが人気は全くなく、時おり思い出したように鳥が目の前を通りすぎるが、こうも暗くてはそれさえ目視するのは難しい。


 Kはもう一度、舌打ちをする。相手に聞こえていようがいまいが隣でクツクツ笑いが激しさを増して腹をかかえぷるぷると本格的に震えを押さえていようがどうでもよかった。どうでもよかったが自分の拳は脳の命令に反してディックの脳天に振り落とされた。本能って恐ろしい。ただしその後、たまらずに吹き出したディックの鳩尾に叩きこまれた蹴りは、間違いなく自分の脳から発信された命令によるものだったが。


 「…それにしても、遅いねぇ。先発隊の奴ら、俺ら(後発隊)の存在を忘れてぐーすか寝こけてんじゃねぇの?」


憂いを含んだ声と共に、ディックはふぅっ、と白い煙を吐き出す。張り込み・突入・交渉、どんな時でもたばこを手放さない超ニコチン中毒者に、Kはイライラしながら言った。


 「そんな事実があってみろ。明日の訓練は通常の2倍に加え、1ヶ月間の馬小屋番を与えてやる」

 「げ、Kってば超えぐい。…じゃぁ、その寝こけてる理由が、不可抗力によるものだったらどうする?」

 「何の話を…」


 コトリ、と何かが倒れる音がしてKは身を強張らせた。そこで初めて、Kはディックの笑みの正体を知った。

 すっとディックが手にもった小さな明かりが遠く前方を照らす。先ほどは闇にまぎれて分からなかったが、今は明かりのおかげで無残に転がった先発隊の一人の姿が確認できた。見張り対象に気づかれないようゆっくり近づくが、大きな雑草の集合体かと思っていたそれは、いつまでたっても起きる気配はない。恐らく、額にできた大きな痣のせいだろう。拳より一回り大きな一撃を、暗闇からもろにくらってしまったようだった。

 Kはしばらく失神した部下の傷跡を眺めていたが、ハッと気づいた。まさか、と脳がフル回転し始める前に、見張っていた掘っ立て小屋からガタッと大きな物音が起こる。


 「…こんッッッの悪党どもがぁぁぁああ!!!いたいけな娘たちにあんたたちみたいな薄汚い野郎が手を触れるなんておこがましいにもほどがあんのよぉおお!!!」


 その瞬間、ドゴォッと一際大きな音が響き渡り、同時に何かが崩れ落ちる音がする。パッと明かりがつくと複数の男たちの怒号が起こった。喧騒を背に真っ青な顔をして扉から転がり出てきたのは、救出対象に指定されていた少女たちだ。

 Kは茫然と窓の向こう側で繰り広げられる人と物の行き交いを見ていた。ポン、と肩にのせられた手に正気を取り戻す。すがりついてくる少女たちをなだめつつ、今日一番嬉しそうな笑顔を浮かべたディックは、Kにとって不吉で不吉で仕方がない言葉を、躊躇いなく吐き出した。



 「あのお嬢さん、またいるみたいだね」



 パッと弾かれたように草陰から飛び出したKは、他の後発隊の驚きの視線を無視し、急遽突入を開始。ドガッバキッと何かを殴り殴られそして陶器の破裂音が耳をつんざく。そんな様子をディックがニヤニヤ見守ることおよそ数分。再び戸口に現われたKの右手には、ギャーギャー騒ぐ一人の少女の姿があった。


 「―――ッッの、馬鹿娘!!何度言ったら分かるんだお前は!」

 「るっさいわね!黙りなさいよ、今何時か分かってんの!?夜よ夜、しかも真夜中!市民の方々の安眠を守るはずである貴方が、その規律をぶち壊していいとでも思ってんのかしら、ハッ、偉くなったものよねぇ猫の分際で」

 「猫じゃねぇ、俺はKだ!中華娘、お前は人の名前もろくに覚えられないほどすっかすかの脳みそをもってんのか!?」

 「ちゃんと覚えてるわよ、キャット・ウォールズ、あだ名はね・こ・ちゃ・ん。そっちこそ、人を勝手に中華娘なんて無礼な名前で呼んで、人のこと言えないでしょ!!」

 「生憎、必要のないものはすべて忘れる主義なんだ」

 「なんですって!?」


 “つららの隊長”と密かに心の中で自分たちの隊長を呼称していた隊員は、その隊長に次から次へと罵声を浴びせる少女に畏れおののき、そして少し敬服した。氷どころか冷徹かつ短気な性格が加わって、たびたび部下に鉄拳をくらわせる若き上司はまるで鋭さを兼ね備えたつららの様だと、どこの誰が言ったのだろう。それを言えば、目の前の異様な出で立ちをした少女は“炎”だった。


 真っ赤なチャイナ服に体にぴったりフィットした短めのスパッツ。胸元には簡素な紐に繋がれた緑色の石が輝いている。動きやすさを追求したその服装だが、何故か背中には大きな中華鍋大のフライパンを背負っており、目立つことこの上ない。顔のつくりも決して悪くはないのだが、いかんせんその口の悪さが彼女に対する全体の評価を著しく下げているとしかいいようがなかった。

 Kはギラリと部下に牽制の目を向けると、物珍しげに二人を眺めていた部下たちはビシッと直立した。そして鬱陶しげにため息を吐き、掴んでいた少女の襟をぞんざいに離す。ボタリと音を立てて地に転がった中華娘はすぐに顔をあげてKに抗議した。


 「ちょっと、人身売買の一味を一網打尽にしてあげたあたしに対して、お礼のひとこともなしにこの扱いって何なの!?」

 「そんなことを頼んだ覚えはない。そしてお前が一網打尽にしたのは俺の部下たちだ」

 「ハッ、鍛え方があまっちょろいのが悪いのよ。つまり上司の指導が悪いってこと。自分のふがいなさを人のせいにしないでくださる?まったもって迷惑きわまりないわ」

 「その減らず口を今すぐしまえ!!公務執行妨害でしょっぴくぞ!!」

 「あぁいいわよ!そっちがその気なら、あたしはアンタを婦女暴行の罪で訴えてやるから!!」


 ぎゃーぎゃーと毎度おなじみの喧嘩を始めた二人の周りで、完全に蚊帳の外にされたKの部下たちがおろおろと慌てる。ディックだけは輪から少し離れたところでニヤニヤしながらたばこをふかしていたのだが、突如飛んできた回し蹴りに、ひらりと体を横にずらした。


 「さすがに二度はくらわないよぅ、キャット♪」

 「るっせぇ、その名を口に出すな!お前もお前だディック、気づいてたんなら言えよ!」

 「だってアンちゃん居た方がおもしろいし、アンちゃんが暴れてくれたらこっちもその動乱にまぎれて捕縛すればいいんだから一石二鳥じゃーん」

 「コイツはただの疫病神だ、何の役にも立たん!」

 「ちょっと、どういう意味よ!」


 何しろ、この中華娘、Kの行く先々に出没するのだ。それも、Kが一兵士から都を守る特殊警備部隊の隊長に指名されてからのことだから、彼はこの少女を“国民の一人”として扱うしかなく、結果として場がいつも引っかきまわされるのである。今日のように、Kが計画を無視して強行突破を試みることもたびたびだ。ただ、彼女に言わせると全くの偶然(・・・・・)らしいが。

 長年、彼の部下として働いているディックにとって、上司が健やかなのは非常に喜ばしいことだ。毎日毎日額に青筋を浮かべるのが果たして健康といえるのかどうかは置いといて、彼はこの異色コンビが非常に気に入っていた。なんてったって、この喧嘩、行きつく先が見えなくておもしろすぎる。


 「何でお前は俺の任務先にいつもいるんだ!しかも邪魔ばっかしやがって!」

 「それはこっちのセリフよ!偶然いたいけな少女たちが連れ去られるのを見ちゃったら誰だって後を追いかけて連れ去った奴らをぶん殴るに決まってるでしょ、それの何が悪いのよ」

 「すべてだ!そういう時は警備部隊に連絡しろといつぞや番号を渡しただろうが!」

 「あぁ、あれね。裏が白で丁度良かったから、レシピのメモ書きに使っちゃったわ」

 「んだとコラァ!!人の親切をくだらねぇ紙切れに変換してんじゃねぇよ!馬鹿か、お前は馬鹿か!」

 「あらやだ、ちゃんと使ってあげたんだから無駄にはしてないわよ」

 「使用方法が問題なんだ!」


 そこでいったん、怒涛の会話が途切れる。Kはぜーはーと肩で息をした後、汗ばんだ髪をかきあげつつ中華娘の腕をつかんだ。


 「…今日という今日はもう許さん。今後一切、俺の邪魔をしないよう、本署までしょっぴいてモンタージュつくって都内にばらまいてやる。それで観念するんだな」

 「ハッ!?何よそれ!そんなことされたらあたしが自由に商売できないじゃない!ちょっと離しなさいよ変態猫!!」

 「いーや離さない。野放しにしとくにはお前は危険すぎる。強制的に首輪でもつけておかないと事態が大事になったときに、こ・の・オ・レ・が・困るんだ」

 「…離せって、言ってんでしょうが―――――!!!!!」


 バコーン、と小気味よい音がすると、Kは思わぬ奇襲をもろにくらって思わず前につんのめった。中華娘はその好機を見逃さず、そのまま掴まれた腕を引っ張ってKを地面に引き倒す。そして自慢の商売道具兼武器のフライパンを背中に背負いなおし、ふふん、と不敵に笑った。


 「まだまだ甘いのよ、馬鹿猫ちゃん」


 最高の捨て台詞を残し、中華娘はそのまま森の奥へと素早く消えていった。去り際に、しっかりKの脚を踏んでいくところが抜け目ない。

 

 るんるんとスキップする中華娘を茫然と見送り、Kの部下と救出された少女たちはおそるおそる振り向いた。しばしの間倒れたまま動かなかった彼らの上司は、ゆっくりと立ち上がる。そのおどろおどろしい形相に、部下の一人がヒッと悲痛の叫びをあげた。

 ブチッ、と何かが思い切り引きちぎれる音がした。

 早々と危険を察知した男は一人、たばこをふかし、君子危うきに近寄らず…と呟きながら小屋の隅へ身を隠す。


 余談だが、その日、Kの部下たちは本物の鬼を見たという。



 「あンの、中華娘―――――――っっっ!!!!!」



 民の安全を守る正義のヒーローらしからぬ言葉を叫び、ふつふつと煮えたぎる怒りを爆発させたKは、事後処理もそこそこに、一人の少女の後を猛然と追いかけるのであった。



   X X X




 ――――そしてその数日後。子供を誘拐し、多額の身代金を要求した悪党の前に奇妙な中華娘が現れ、その後やってきた警備部隊の短気な隊長とひと悶着あったのは、言うまでもない。




 ...To be continued ?


K … 本名で呼ばれるのが嫌い。超短気。すぐ鉄拳が飛んでくるので隊員たちは彼をかなり恐れているが、それ以上に尊敬している。


アン … 中華娘。異様な格好で偶然(あくまで偶然)Kの関わる任務に出くわしては引っかきまわすだけ引っかきまわして逃走するので、Kはイライラを募らせている。正義感がかなり強い。ただしほぼ100%空回る。


ディック … 超ニコチン中毒者。人生をのらりくらりと生きていくうなぎみたいな男(K談)。たばこがない世界は滅びるしかないと半ば本気で思っている。


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― 新着の感想 ―
[一言] 面白いっ!! 続編も期待してるぜっ!! あと、「キャット」の綴りは「Cat」ですよ
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