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わたしの幸せは、わたしが決める

作者: ごはん
掲載日:2026/09/06

高校二年生の春、私は進路希望調査の紙を前にして、鉛筆を止めていた。


「大学、どこ受けるの?」


隣の席の美咲が聞いてきた。


「まだ決めてない」


「えー、もうみんな決め始めてるよ。いい大学行って、いい会社入って、結婚して……って感じじゃない?」


美咲は笑いながら言った。


「そうだね」


私は笑って返した。


でも、心の中では思っていた。


――それって、本当に幸せなのかな。


私は昔から、少し変な子だった。


テストでいい点を取ると褒められた。


「いい大学に行けるね」


部活で大会に出ると褒められた。


「将来、きっと成功するよ」


友達が彼氏を作ると、


「いいなあ。私も彼氏ほしい」


という声が聞こえた。


大人たちは、


「勉強を頑張って、いい仕事に就いて、素敵な人と結婚して、幸せになりなさい」


と言った。


みんながそう言うから、きっとそれが幸せなのだと思っていた。


でも、私はどうしても納得できなかった。


勉強することは嫌いじゃない。


でも、いい大学に行くことが、私にとって一番大切なのだろうか。


友達は好き。


でも、たくさんの友達がいることが、私にとって幸せなのだろうか。


恋愛にも興味はある。


でも、誰かと付き合うことそのものが、私の幸せなのだろうか。


そんなことを考えているうちに、私はいつも少し遅れてしまった。


周りが走り出すときに、立ち止まってしまうのだ。


***


ある日の帰り道、私は公園のベンチに座った。


桜が散り始めていた。


スマートフォンを見ると、友達のSNSには楽しそうな写真がたくさん並んでいる。


海外旅行。


新しい彼氏。


おしゃれなカフェ。


合格通知。


誕生日パーティー。


私は画面を閉じた。


別に、羨ましくない。


……たぶん。


でも、少しだけ不安だった。


「私だけ、何か違うんじゃないかな」


そのとき、公園の掃除をしていたおばあさんが、私の隣のベンチに腰を下ろした。


「どうしたの。難しい顔して」


「……幸せって、何だと思いますか?」


自分でも驚くくらい、自然に口から出た。


おばあさんは少し考えてから言った。


「さあねえ」


「分からないんですか?」


「分からないよ。人によって違うもの」


おばあさんは笑った。


「私が幸せなのは、朝起きて、お茶を飲んで、庭の花を見ること。でも、あなたがそれを毎日やったって、幸せじゃないかもしれないでしょう?」


私は黙って頷いた。


「だからね、自分で探すしかないのよ」


「でも、どうやって?」


「簡単よ」


おばあさんは桜の木を見上げた。


「嫌だったことを覚えておくの」


「嫌だったこと?」


「そう。何をしているときに苦しかったか。どんな場所にいるときに、自分じゃなくなったか。逆に、どんなときに『なんか好きだな』と思ったか」


風が吹いて、桜の花びらが舞った。


「幸せって、『これです』って誰かから渡されるものじゃないのよ」


おばあさんはそう言った。


「自分で、少しずつ見つけていくものなの」


***


その日から、私は小さなノートを作った。


表紙に、


『私の幸せ』


と書いた。


そして毎日、一行だけ書いた。


「朝、誰にも急かされずに歩いた。気持ちよかった」


「大人数で話す授業は疲れた」


「弟とくだらない話をして笑った」


「一人で本を読む時間が好きだった」


「友達と帰り道にアイスを食べた」


「テストで一番を取ったけど、思ったほど嬉しくなかった」


「海を見た。ずっとここにいたいと思った」


最初は、ただの日記だった。


でも、何ヶ月も続けていると、少しずつ自分の形が見えてきた。


私は、大勢の人の中で目立つことより、気の合う人とゆっくり話すほうが好きだった。


競争することより、昨日の自分より少しできるようになることが嬉しかった。


高価なものを買うことより、好きな場所へ旅行することが好きだった。


忙しすぎる毎日より、家でゆっくり過ごす時間が好きだった。


そして何より、


「自分で選んだ」


と思えることが好きだった。


***


高校を卒業する頃、私は進路を決めた。


それは、クラスで人気の進路でもなかった。


先生から、


「本当にそれでいいの?」


と何度も聞かれた。


私は少し考えてから答えた。


「はい」


初めて、迷わずに言えた。


「私がいいと思うので」


大学に入ってからも、私は迷った。


友達ができれば嬉しかった。


できなければ寂しかった。


自分の選択に自信がなくなることもあった。


SNSを見て、


「私の人生、これでいいのかな」


と思う日もあった。


でも、そのたびに私はノートを開いた。


そこには、十代の私が書いた言葉が残っていた。


『大勢の人が幸せだと言っているものが、自分にも幸せとは限らない』


『嫌だったことを無視しない』


『小さな「好き」を大切にする』


そして最後のページには、こう書いてあった。


『自分の人生を、自分で決める』


私はノートを閉じた。


窓の外には夕焼けが広がっていた。


きれいだった。


でも、きっと誰かに、


「夕焼けを見て幸せだと思える人になりなさい」


と言われていたら、私は何も感じなかっただろう。


自分で見つけたから、嬉しいのだ。


私は立ち上がった。


明日は何をしよう。


どこへ行こう。


誰と話そう。


何を好きになろう。


まだ分からない。


でも、それでいい。


人生は、最初から答えを知っている必要なんてない。


誰かが描いた「幸せ」の中に、自分を押し込めなくてもいい。


自分が笑った日。


自分が泣いた日。


「これは嫌だ」と気づいた日。


「これ、好きかもしれない」と思った日。


その全部を拾い集めながら、


少しずつ、


自分だけの幸せの形を作っていけばいい。


私はそうやって、


私の人生を生きていく。

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