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五.女たちの密談

 これまでの賑わいが嘘のように、シュレヤの言葉で、場がシンと静まり返った。妃たちは真っ直ぐに、澄蘭(ちょうらん)を見つめている。

 好奇の色も、嫌悪や同情もない。ただ観察するようなその五対の瞳に、澄蘭は内心息を飲みながら、そろそろと口を開いた。


「……はい。事実です」


 シュレヤが微かに眉を上げる。妃たちだけではなく、侍女たちも澄蘭の言葉に耳を澄ませており、ちょうどシュレヤとファリダの背後に立っていた姷明(ゆうめい)が、そっと澄蘭を伺っていた。

 澄蘭は()えて切なげな笑みを浮かべ、シュレヤに頷いてみせた。


祝言(しゅうげん)の予定など、まだ何も決まっていない段階で、相手が政敵の悪意に巻き込まれ、亡くなってしまって……。あの方は官僚として、シャグンと祖国の友好を望んで、力を尽くしていた。私も彼の遺志を継ぎたい、友の誇りを(まも)りたいと、シャグン行きを志願したのです」


 息を飲んだのは、サミーラだったか。シュレヤは間髪入れず、真っ直ぐに顔を上げた澄蘭に問い掛ける。


「それが、我が国の、どんな利益になりますか?」


 その声はまるで、何かを(はか)る審問のような響きを帯びていた。澄蘭はぐっと唇を引き結び、真正面からシュレヤの目線を受け止める。


「……分かりません。私がそうしたいと思ったから、今、私はここにおります」


 静寂に満ちた宴会場の空気を、やがて目を細めて微笑んだアーリヤが打ち破った。


「……素晴らしい、お心がけですね」


 シュレヤがアーリヤの顔を見やり、小さく頷く。

 再び賑やかさを取り戻した卓の隅で、澄蘭はそっと息をついた。






 シャグンの妃は酒豪揃いなのか、気が付けば酒は進み、妃たちだけの宴は夜半まで続いた。

 見かねた正妃の侍女頭が、「酒の貯蔵を空にするおつもりですか」と目を三角にした頃、ようやく彼女たちは自宮に引き上げる支度を始める。

 飲み慣れない酒に酔わないよう、懸命に自分の速度配分を守った澄蘭(ちょうらん)も、ふらつく身体を姷明(ゆうめい)に支えられながら広間を出た。危なっかしい足取りの彼女に、ファリダが「気を付けてね!」と、笑いながら声を掛ける。


 和やかな雰囲気で、澄蘭が自身の宮へ戻っていくのを見送った四人の側妃は、やがて誰からともなく頷き合った。









 澄蘭(ちょうらん)の宮のほぼ対角にあたるファリダの宮で、澄蘭以外の四人の側妃は再び盃を手にしていた。

 玻璃(はり)の器を満たすのは、濃い色の芳醇(ほうじゅん)な蒸留酒。贅沢に幾つもの氷の塊を浮かべた盃をちびりと舐め、武家出身のファリダは、シュレヤ、ラティカ、サミーラを順に流し見た。


「──どうお思い? お姉さまがた。あの公主(ひめ)様のこと」

「先ほどのお言葉……本当でしょうか……」


 サミーラがおずおずと答え、ラティカが小さく鼻を鳴らす。実は側妃の中では一番酒に弱いラティカは、顔色こそ変わらないものの、やや呂律が怪しかった。


「本人がそのつもりでも、周囲が何かを、企んでいることもあるわ。我が国を『内側から壊せ』とか、あの侍女頭が命じられ、て、いるかも」

「あら、怖い。……というか、ラティカ姉様、大丈夫?」


 茶化すように言ったファリダを、ラティカがジロリと睨みつけた。ラティカの表情に、サミーラが身体を縮こまらせ、シュレヤが口を挟む。


「……まずは、様子見を続けましょう。情報は随時交換を」


 ファリダは肩を(すく)め、ラティカはぼんやりと頷き、サミーラは小さく顎を引く。全員の反応を確認し、四人の妃はめいめいに、自身の盃を傾けた。








 人生初の二日酔いにうなされた数日後、澄蘭(ちょうらん)は市中の孤児院に向かった。「国交の象徴としての民との触れ合い」を、早速命じられたのだ。

 前日に、表面上は「お伺い」を立てに来た文官と、後宮の西門で待ち合わせ、澄蘭は姷明(ゆうめい)とシャグン女官の二名と共に、馬車に乗り込む。文官と護衛官一名が、徒歩で横に並んだ。



 澄蘭の体感で半刻ほど馬車に揺られ、辿り着いたのは、壁がところどころ崩れた小さな孤児院だった。

 乾燥気味のシャグン王都にあって、適当に積まれた石壁にはカビのようなものが生え、嫌な臭いを発している。シャグンの女官が微かに顔をしかめる中、澄蘭は躊躇(ためら)わずに中に足を踏み入れた。


 そこに住まうのは、ぼろを纏った痩せた子どもたちだった。流行病で親を亡くしたり、親が罪を犯して投獄されていたり。「事情のある子どもばかりを引き受けている院です」と、文官が澄蘭たちに耳打ちしてくる。

 事前に聞かされていなかったその内容に、澄蘭は目を瞬かせたが、すぐに、こちらの様子を伺っている子どもたちの輪に飛び込んで行った。



 澄蘭の脳裏を、かつて身近に接した祖国の民の顔が、浮かんでは消えて行く。

 義兄に操られて始まった交流ではあったが、彼らは確かに澄蘭に心を開いてくれたと思う。初めは暗い面持ちだった子どもたちも、時間が経つにつれて、共に粥の支度をしたり道端で遊んだりと、笑顔を見せてくれていた。

 誰かの役に立てること、誰かと笑顔を交わすこと。長年、自分に自信が持てず卑屈になっていた澄蘭を、彼らは確かに救ってくれた。


「──こんにちは」


 しゃがみこんで目線を合わせ、にっこりと微笑んでシャグン語で挨拶をする澄蘭に、子どもたちはポカンと口を開けている。同じように間の抜けた表情を浮かべる文官と女官を、ちらりと横目でうかがい、姷明(ゆうめい)も穏やかな声で続けた。


「今日は、みなさんと、遊ぶために来ました。何をしましょうか?」


 汚れのこびり付いた顔を互いに見合わせ、子どもたちはパッと目を輝かせた。


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