二.重臣との会合
翌朝、澄蘭と姷明は、オミアの案内で後宮を一通り歩いてまわることになった。
澄蘭の祖国・礼では、皇后、上級妃、中級妃は各位一人ずつ、下級妃は定員なしとなっている。一方シャグンでは、王后一名と最大五名の側妃と、定員が決まっていた。王の正妻である王后は側妃に合わせて、「正妃」と通称で呼ばれるのが一般的だそうだ。
そして五名の側妃に、上下関係はない。シャグンの四つの位階、文官、商人、武人、平民から各一名ずつと、澄蘭のような外から嫁いできた異国人が一名。各妃に与えられる宮も、出身位階ごとで決められていた。
ひと際大きな正妃の宮を中心に、側妃の宮は五芒星の頂点に置かれていた。
宮の名前は、真北にある澄蘭の「流星宮」を起点として、順に東から一回りに、「清静宮」、「穏明宮」、「舞灯宮」、「知虹宮」。中央の正妃の宮は、「豊麗宮」というそうだ。
(視線が痛い……)
澄蘭は息苦しさを覚え、風通しが良くなり落ち着かない首元に手を添えた。
シャグン式の女性の正装は、貫頭式の裾の短い上衣と薄い裙を身に付け、その上に鮮やかな色布を巻き付けるようにして纏うものだ。礼国式の、きっちりと詰めた襟、ぎゅっと結ぶ帯と厚手の裙に慣れた身には、裸でいるような頼りなさを感じてしまう。
シャグンの民族衣装を纏った澄蘭と姷明を遠巻きにする、強い視線を感じ、澄蘭は身体を縮こまらせた。
側妃の宮には各十名、正妃の宮には二十名、専属の女官が配置される。そのうちの三名までは、側妃が入宮の際に伴うことが許された者たちなので、シャグン王宮が各宮に用意するのは、最小で七名だ。出身階級で固めず、偏りの出ないように配置された彼女たちは、主の朝の支度のために歩き回りながらも、ヒソヒソと囁き合いながらこちらを眺めていた。
オミアはそんな澄蘭をちらりと振り返り、相変わらず淡々とした声音で言った。
「洗濯とお食事の準備は、専任の女官が行います。お食事は、宮付きの女官がお部屋までお運びしますので、ご安心を。生活に必要と思われるものは、女官にお申し出いただければ、側妃様の化粧料の範囲内で準備されます。
……皇女様はまだ、『側妃候補』でいらっしゃいますので、後宮の予算から賄います」
ところどころ、意味を成さない礼国語が混ざったため、姷明がシャグン語を交えて確認を入れる。
姷明も出国前と道中の詰め込み教育のみを受けたため、聞き取りは苦手としていたが、なんとか意思疎通を図っていた。澄蘭自身は読み書きや、発話には支障はないものの、聞き取りは完璧とは言えない。当面は、礼国語とシャグン語を混ぜた会話になりそうだった。
後宮を一周し終わり、流星宮に戻ったところで、オミアがふと言った。
「遠路遥々お越しいただいた皇女様に、我が国の重臣たちが、ご挨拶申し上げたいとのことです。昼頃になるとのことですが、お受けしてよろしいですか?」
「それは……、光栄なことだけれども……」
戸惑いを隠せず、澄蘭は慌てて応じた。
「これからお仕えすることになる国王陛下や、王后陛下、側妃の皆様には、お目通り出来ないのかしら? 不束者ゆえ、一刻も早くご指導賜りたく……」
「国王陛下は政務でご多忙のため、いつになるかは断言はいたしかねます。后妃様方との面会は、正妃様が段取りなさいますので、お待ちを」
にべもなく答え、オミアは頭を下げて去っていく。澄蘭は内心で頭を抱えながら、深く溜め息をついた。
澄蘭の知る礼国の春先の昼と比べ、シャグンの気温は高い。カラっと乾いた風が吹き抜け、澄蘭の下ろしたままの豊かな緑髪が揺れる。それをそっと押さえる澄蘭の前で、三人の男性が胡座のまま、身体を深く折っていた。
後宮は正妃の宮の脇、謁見の間。
宦官のいないシャグンでは、側妃とはいえ、各自の宮での異性との面会は厳禁とされる。親族などは、正妃と女官長の許可を得れば、各自の部屋や後宮に点在する東屋での面会は自由だ。だが、身内でもない男性と会う時は、この広間でのみと定められている。
貞淑性を重んじるというよりは、「信用」を何より重視するシャグンにおいて、「不貞」を疑われる行動は、妃として失格だという意味合いが強い。
簡単な身体検査を経て、謁見の間にやってきたのは、いずれも精悍な顔つきの男性だった。
異国の顔立ちは年齢の判断が付きにくいが、三十代半ばと思われる者が一人、あとの二人は五十代ぐらいだろう。身体を起こした彼らをこっそりと観察し、澄蘭は内心で推測する。
三人の中央に座す、最年長に見える白髪混じりの男性が、穏やかに微笑んで口を開いた。
「皇女様におかれましては、無事のご到着、心よりお慶び申し上げます。遠路遥々、ようこそお越しくださいました。
王務庁長官、チランジーヴィ・デサイと申します。右手におりますのが、外務庁長官のダルシット・ラナ。左が、防衛庁次官のアニル・マルホートラです。長官は王との会議に出ておりますので、ご容赦を」
女官たちより遥かに流暢な礼国語に、澄蘭の背後に控えた姷明が、微かに驚く気配がする。澄蘭は口元を小さく微笑ませ、シャグン語で返した。
「ご丁寧にありがとうございます。礼国第五代皇帝、蘇 冽然が二皇女、澄蘭と申します」
デサイはにこりと笑い、簡単に自分たちの職務について話し始める。
王務庁は王族や後宮の管理補佐を行い、後宮女官も管轄している。防衛庁は、主業務は軍の統括だが、王宮全体や後宮の護衛も務める。そして外務庁は、実家や出身階級の有力者が後見となる自国の妃と違い、国内に基盤を持たない異国出身の妃の、補佐役を担う。実質的に、このラナという青年が、澄蘭の後ろ盾となるのだ。
澄蘭の目線を受け、黒々とした眉と整えられた黒髪、知的な眼差しを持つ若き長官は、不意に目付きを険しくして口を開いた。
「皇女様に問う。──なぜ、温 遠珂を死なせた」




