二十四.彼らの本心
サミーラは、同じ側妃であるファリダを陥れたとして、後宮からの永久追放が決まった。
そしてファリダは、騒動のきっかけとなるサミーラとの不和をもたらしたとして、一月ほど自分の宮での謹慎と、三ヶ月の減給が言い渡された。
澄蘭は苦い面持ちで、その裁定を聞き届けた。ラティカもすっかり意気消沈し、シュレヤはじっと目を伏せている。二人の妃に下された処分の内容を読み上げるアーリヤは、ひたすらに無表情を貫いていた。
騒動の後、王はアーリヤに対しても、訪問をピタリと止めた。もう一人の寵愛相手だったサミーラの穏明宮にはいずれ、新たな平民階級の娘が選ばれることが決まった。
自分たちの象徴であったサミーラが追放されたと知り、市民感情は荒れに荒れた。それを慰撫するため、澄蘭はアーリヤの命で、シュレヤと共に駆り出された。
国内四階級の中でも、最上位である文官階級出身の妃の登場に、かえって悪感情を招くかと思ったが、シュレヤはさすがの弁舌だった。王宮の前に詰めかけた市民に、彼女は涙ながらに訴えたのだ。
サミーラが、いかに優れた側妃だったか。
彼女が愛した民を、自分たちがどれほど大切に思っているか。
シュレヤの訴えは真に迫り、沸騰しかけていた市民の頭を冷やすことに成功した。
しかし、商人の国であるシャグンの民は、ひとまずシュレヤの言葉に矛を収めただけに過ぎない。これからの動きで、国に不信を抱けば、騒動はより大きくなって返ってくるだろう。
散会する市民たちを見送り、シュレヤが重苦しい表情で溜め息をつく。そして気合を入れるように自身の頬を両手で張ったのを、澄蘭はじっと見つめていた。
その騒動から一夜明け、澄蘭は外務長官のラナと対面していた。彼は相変わらず、渋い茶でも一気飲みさせられたように盛大に顔をしかめていた。澄蘭が姿を見せた途端、ラナは派手に舌打ちをしてみせる。
「……やってくれたな、皇女」
「何のことでしょうか」
本気で理解出来ず首を傾げる澄蘭に、ラナが罵りの俗語を吐き捨てる。聞きつけた姷明が氷の微笑を浮かべ、音を立ててラナの前に茶碗を置いた。
遠目にも濃い色のその茶を口に運び、ラナはひとしきり派手に噎せたあと、口を開いた。
「サミーラ妃の市民人気が高かったことは、お前もよく分かっていただろう。あんな風に堂々と罪を暴かれては、王とて処罰をせざるを得ない。
ひとまず今日は、シュレヤ妃が収めてくださったが……」
「処罰を決めたのは、王でしょう。それを私のせいにされても、困ります」
淡々とした返答にラナは頬を紅潮させ、澄蘭を睨む。澄蘭は内心で怯んだものの、平然を装ってラナの視線を受け流した。ラナは大きく溜め息をつき、音を立てて背をイスの背に預けた。
「あんたの国では、富裕層の男が何人も妾を持つのが一般的だろうが、シャグンではそれは禽獣の行いとして忌避される。例外は王だけだ。
──あの方は、カルティク様は、自分もただ一人の女性を愛して生きるのだと、信じておられた。十年前突如、先王と兄君が崩御されるまでは」
王太子である兄の治世を、武人として支える不器用な弟。
今はない未来を切ない瞳で追うラナに、澄蘭もそっと溜め息を零した。
王にとってラナは、自身の妹を妻に迎えた義弟であり、同じ価値観を有する同世代だ。ラナは彼の、数少ない理解者なのだろう。
澄蘭は、彼女の溜め息にその黒々とした眉を持ち上げたラナを、正面から見つめた。
「……それでも、あの方は王なのです。
ここは商人の国。信頼をなくせば、終わります」
真っ直ぐな澄蘭の言葉に、ラナは髪をかき乱す。しばらく澄蘭を睨んだあと、彼はぼそりと呟いた。
「ファリダ様は気位の高い方だ。このまま宿下がりを申し出ると仰っている。それは受理されるだろう。……王務長官と共に、王を説得するしかない。新たに迎える妃二人とあんたとは、一定期間、夜の時間を作るべきだと。そしてラティカ様とも、また」
「──シュレヤ様は?」
首を傾げた澄蘭に、ラナは目線を逸らして答えた。
「あのお方にも……色々あってだな」
気まずげなラナを澄蘭はじっと見つめ、不意にポツリと呟いた。
「……なぜ、ラナ殿は、そんな話を私にするのでしょう?」
ラナは意表を突かれたように黙り込み、不機嫌そうに顔を背けた。
ラナの言葉通り、謹慎期間を終えたファリダは、そのまま側妃の位を辞した。投獄の影響か艶やかな髪は輝きを失い、頬もやつれていたが、最後まで彼女は背を伸ばして歩き、後宮を去っていった。
そして、平民出身と武人出身、新たな妃が大急ぎで選定され、冬の半ばには後宮入った。一年にも満たないうちに、目まぐるしく入れ替わった人員に、澄蘭は複雑な思いを抱く。
新たに側妃となった二人と共に、澄蘭も「側妃候補」から、正式に「異国枠の側妃」となった。王はこの先ひと月、この新たな妃の元だけを、定期的に訪れると聞かされる。それが終われば頻度は下がるが、ラティカの元にも通うとも。
身分に配慮され、王はまず、澄蘭のもとを訪れた。シャグンに足を踏み入れ十月あまり、ついに澄蘭はシャグン王と対面した。
銀髪の偉丈夫は、その逞しい体躯とは裏腹に、繊細な眼差しをした壮年の男性だった。もっとも、澄蘭がそう感じるのは、サミーラやラナから、王の実像を聞いていたからかもしれない。
彼は今までの不義理と、この度の一連の騒ぎを詫び、澄蘭を驚かせた。
「──済まなかった、公主。我が国の慣例として、交易相手である異国の王族を乞うたが……。国内や後宮の状況を考えると、動けなかった」
ずっと側妃候補のままで放置した無礼を、謝罪する。
そう述べて項垂れる年上の男性を、澄蘭はまじまじと観察してしまった。
(生真面目だから、王としての統治は順調。国はますます富み、安定度を増した。──でも、ひとりの夫として、この人は生真面目すぎた)
シャグン王は今年、三十七歳であるという。父とほぼ同年代の男に身を任せるのは抵抗心もあったが、澄蘭は目を伏せて、込み上げる気持ちに蓋をした。
王の鍛え上げられた腕が、澄蘭の身体を優しく寝台に横たえる。澄蘭はされるがままに身体の力を抜き、ほどかれる腰帯の音に瞼を閉じた。
不意に遠珂の、亡き婚約者の笑顔が脳裏を過ぎり、澄蘭は小さく肩を震わせた。
王の訪問があった数日後、澄蘭はシュレヤに茶に招かれていた。
ラティカの王や后妃たちに対する葛藤を知り、彼女と仲の良かったシュレヤも、どう接するべきか悩んでいるのだと呟いた。澄蘭は、「王に、ラティカ様の気持ちが届くと良いですね」とだけ返す。
しばらく無言で茶を啜り、ふと瞬きをした澄蘭は、シュレヤに尋ねた。
「不躾な質問をお許しください。シュレヤ様は……、大丈夫なのですか?」
新たな妃たちを中心とした一月が過ぎれば、王は正妃と側妃のもとを順番に、無理のない頻度で通うという。ただし、その「側妃」の中にシュレヤは含まれないと、澄蘭はラナに聞かされていた。
シュレヤは微笑して、窓の外に目線を向けた。
「三年前に息子を亡くしてから、私の身体は、王を受け入れられなくなったの。それ以前も、王は私のもとを訪れても、シャトランジという盤遊戯をなさるだけだったけれど。……あの子がいないのに、あの子以外の子を授かる可能性のある行為が、どうしても出来なかった。
だから余計に、ラティカの悩みにもファリダの不満にも、サミーラの虚しさにも気付けなかった」
補佐役失格ね、と零すシュレヤに、澄蘭は黙って首を振った。




