二十三.彼女たちの真実
ラティカは震える声で、呆然と呟く。
「サミーラ……どうして……」
そばかす顔が印象的な、素朴な妹分としてサミーラを見ていたラティカは、彼女の変わりようについていけない。サミーラはそんなラティカに、いつものおずおずとした笑みを浮かべ、一転して冷ややかな表情になった。
「──そういうのが、許せなかったのよ」
「え?」
サミーラは馬鹿にしたように鼻で笑い、断りなく澄蘭の寝台に腰を下ろした。そして、口元を歪めるような笑みを浮かべる。足を組んでその膝に右肘をつき、華奢な顎をそこに乗せ、サミーラは上目で澄蘭とラティカを睨んだ。
「正妃は王宮の内側の統治。側妃は各々の後見の力で、王と正妃を補佐する。側妃に求められるのは、出自や美貌じゃなく、頭脳と度胸。……聞こえは良いわね。これが建前じゃなければ」
「……そうではないと?」
冷たい声で尋ねる澄蘭に、サミーラは吐き捨てた。
「本人たちの内心までは、統治出来ないでしょう。
どれだけあがいたって、私たち平民は、地方の中級官僚がせいぜいよ。国の重職につけるのはシュレヤたち文官、豊かになるのはラティカたち大商人。ファリダの武家だって、その二階級を越えることは出来なくても、私たち平民とは雲泥の差よ。
あんたたちは無意識だったんでしょうけど、言動の端々ににじんでいた」
無害で無能な、平民ごときがって。
サミーラの視線を受け、ラティカが気まずそうに目を伏せた。
彼女の言うように、后妃が王に求められる役割も、残酷なまでにはっきりしている。アーリヤは後宮の統治と、国の女性たちの手本。シュレヤはその補佐。ラティカは数字に強く、後宮の数字管理を手伝い、ファリダはその可憐な見た目とは裏腹に、軍の慰問や手合わせなどを積極的に行い、士気向上につとめた。
サミーラに与えられたのは、市民に混ざって笑っていること。そして、礼との交易開始で荒れるだろう市民感情を逸らすため、王の寵を受けることだった。
「『私』自身を必要とする人間は、いなかった。私だけが、『私』じゃなくて良かった。
……ねえ、澄蘭様? 王も正妃もシュレヤも、王務長官も外務長官も、あなたに、私と同じ役割を与えた。──だったら、王の寵も、そのうちあなたに取られるんじゃないかなって」
澄蘭はラティカが目を見開く。
サミーラはあくまで傲岸に微笑み、話を続けた。
「強面で分かりづらいけど、王はアーリヤに今でもベタ惚れだから。あいつに手を出したら、私の生命も危ない。だから、側妃全員を嵌めちゃって、あわよくば追放して、次の妃が選ばれるまでは王の身体を独占しようかなって。
……上手くいったと思ったんだけどなぁ。やっぱり、私程度じゃここまでか」
悪戯がばれた子どものように舌を出してみせるサミーラを、澄蘭は心胆が凍り付く思いで見つめる。
(側妃たちの、王の内心を敏感に察せられるほどに、聡明で。同じ階級出身の女官たちを意のままに動かせるほどに、統率力がある。
それを国のために、惜しみなく発揮出来る立場にいれば、この人は──)
黙り込んでしまった澄蘭を一瞥し、サミーラはふと、ラティカに目を向けた。
「――ねぇ、ラティカ。王は私のもとに通って来ていたけど、最後まで出来たのって、実は訪いの半分が良いとこだったのよ。そんなに気に病まなくて、良かったのに。
……バカがつくほど生真面目だからね、あのおっさん。子どもが正妃との間に二人だけってのはまずいと分かっているから、側妃の元にも通うけど、愛するアーリヤに対して罪悪感があるんでしょう。あと、即位から十年経つのに、政務バカであちこち飛び回っているし」
王との秘め事を明け透けに語り、王を「おっさん」、「バカ」などとのたまうサミーラの豪胆さに、ラティカが目を剥いていた。サミーラは楽しげに喉を鳴らして笑い、ふと、真顔になって呟く。
「一人の女として、あれほどにも愛されるのって……、どんな気分なんでしょうね」
ラティカも澄蘭も答えられず、その場に立ちすくんでいた。
翌朝、ラティカと共に、澄蘭はことの一部始終を正妃アーリヤに報告した。
いつものおっとりとした微笑を消し、アーリヤは無表情に報告を受けている。澄蘭たちの話が終わると、彼女は一つ頷いた。
「……ことの次第は、すべて王に報告します。妃の処分は、王の裁量ですから」
あくまで揺らがないアーリヤにうそ寒いものを覚えながら、澄蘭は黙って頭を下げるしかなかった。




