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二十二.暗闇の対決

 わずかな沈黙のあと、開いたままだった澄蘭(ちょうらん)の寝室の扉の隙間から、おどおどとした声が響いた。


「良かった、澄蘭様、ご無事で……! ラティカ様が尋常でないご様子で、澄蘭様の宮に入って行かれるのを見て……、私……」


 そばかすの浮かんだ愛らしい頬を微かに紅潮させ、姿を見せた女──サミーラが言い募る。

 全身を警戒させ前に出た姷明(ゆうめい)の肩に手を掛け、ラティカに寄り添うように命じたあと、澄蘭は冷ややかな声で返した。


「……おかしいですね。サミーラ様の宮から、私の宮の入り口は見えないと思いますが」


 後宮は、ひときわ大きく豪勢な正妃の宮を中心に、五芒星(ごぼうせい)のように各側妃の宮が配されている。

 いつかの宴の座席と同様、サミーラの穏明宮(おんめいきゅう)は右下の南東、ラティカの清静宮(せいじょうきゅう)はその上、東に位置している。澄蘭の流星宮(りゅうせいきゅう)は、宴席とは違い、上部中央、真北に動かされている。ちなみに、清静宮の対角上の西側がシュレヤの知虹宮(ちこうきゅう)、南西がファリダの舞灯宮(ぶとうきゅう)だ。

 サミーラの宮からは、正妃の豊麗宮(ほうれいきゅう)や謁見の間に視界を遮られ、澄蘭の宮は見えないはずだ。


 澄蘭の指摘に、サミーラは目線を()らして口ごもる。


「それは……。眠れなくて、一人で外に……」

「ファリダ様が、武官との密会で処罰されようとしている、この時期に? それはあまりに無警戒では?」


 淡々と切り込む澄蘭に、サミーラは俯いてしまった。


 だが、しばらく後に、彼女はおもむろに顔を上げる。



「ふふ……っ、ふ、あはっ! そうよね。さすがに無理があるか」



 開き直ったように、サミーラは声を上げて嗤い出した。常の自信なさげな様子から一転、どこかすれた物言いに、ラティカがポカンと口を開けている。

 澄蘭(ちょうらん)はじっとサミーラを見つめる。姷明(ゆうめい)が今すぐにでも飛び掛かっていけるように身構えるのを見て、サミーラが冷めた表情で言った。


「……どこでばれたの?」

「怪しいと思ったのは、つい先日です。この数か月、後宮で起こった事件について考えていた時でした。

まず、異国人の私が罠に掛けられた。仕組んだのはラティカ様と、共謀したシュレヤ様。それが解決すれば、次の標的はファリダ様。――サミーラ様だけが、無垢でした」

「へえ? 頭が良いのね」


 無邪気に笑って茶々を入れるサミーラに、ラティカは呆然と呟く。


「待って……。確かに私は澄蘭様を罠に掛けたけど、それは自分で」

「……そういう風に誘導したのでしょう。サミーラ様を慕う女官は、各側妃の宮に一定数いますから。私が自身の紋章をどこに置いているか、ラティカ様はどうやってお知りになりましたか?」


 ハッと息を飲み、ラティカが口元を覆う。

 女官同士の繋がりは、妃たちが思う以上に強固で、その情報の伝達速度は速い。異国出身の側妃候補の部屋の様子には、女官たちも興味津々だっただろう。

 澄蘭はまっすぐにサミーラを見据えて続けた。


「サミーラ様は、ラティカ様が私を罠にかけるのであれば、どんな事件を起こそうが構わなかった。そして後宮で騒動を起こすのに、ラティカ様がシュレヤ様に無断で行動するとは思えない。私が気づかなければ、子飼いの女官を使って、ラティカ様たちを告発していましたか?」

「子飼いなんて、ひどぉい。みんな私を愛してくれて、協力してくれるのに」


 愛という言葉がこれほどに相応しくない、小馬鹿にする声音で反論するサミーラに、ラティカは呆然と呼び掛けた。


「サミーラ……?」


 信じられないという目で自分を見るラティカに、サミーラはにっこりと笑いかける。場違いな笑顔に怯むラティカを見限り、サミーラは澄蘭に向き直った。


「……証拠はあるの? 私が悪いことをしたっていう、証拠」


 無邪気にすら見えるサミーラの笑みに、澄蘭は背筋に冷たいものを感じながら、糾弾(きゅうだん)の言葉を続けた。


「今、あなたがここにいらっしゃること自体が。……そもそも、今晩私の元に送られてきたのは、アーリヤ様経由で頼んで立てていただいた、偽の先触れです。その姿は、ラティカ様の侍女頭代理にしか見せていません。

先触れ役には、彼女に姿を見せたあとすぐに黒布を被って、正妃様の宮に入ってもらいました」


 まさに以前、サミーラの事件を究明しようとした時と同じ手口を、今回も使ったのだ。

 険しい表情の澄蘭主従と、目を見開くラティカに構わず、サミーラはどこか楽しげに鼻歌を奏で始めた。


「ふうん。まあ確かに、あの女官と私が繋がっている傍証にはなるわね。でも、まだ弱いかな。……他には?」

「ファリダ様が武官と自室で密会していたと、女官たちが証言した日。アーリヤ様に確認したところ、いずれも、あなたの元に王がお渡りになった当日か、翌日だったそうです。

側妃の宮の備品は、みな同じです。ご自身の部屋で使われた敷布とファリダ様のものを、すり替えましたね?」


 ファリダの宮は、サミーラの左隣だ。王が自宮に戻った後、こっそりと入れ替えることは可能だったはずだ。

 サミーラはふふっと笑う。


「──なるほど。それから?」

「洗濯女官の一人が白状しました。あなたが『ファリダ様に嫌われている気がする』と嘆くから、ファリダ様の宮の近くでわざと大声を上げた。『昨夜もまた、王はサミーラ様の宮にいらした』と」


 それを聞いてますますファリダは苛立ち、自分の宮の女官に当たり散らし、すれ違った雑役女官に難癖をつけ、孤立していた。そうした軋轢(あつれき)を利用して、サミーラはファリダの密会を、女官たちに偽装させたのだ。

 サミーラは感心したように目を見開き、口笛を吹きながら言った。


「そうやって、小さな証拠を積み上げて、最後は私に集約させるのね。一つ一つに反論し続けていたら、そのうちボロも出すでしょうし」




 あなた、賢いのね。




 純粋な笑顔を浮かべるサミーラに、澄蘭は鳥肌の立つ思いだった。


(打てば響くように、こちらの意図を見抜く。言葉でラティカ様の行動を操り、ファリダ様に悪意を集め……。恐ろしい人)


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