表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
命花伝 ─薄明の皇女は涙河(るいか)に寄り添う──  作者: 冬生 恵
【第三章】暗澹(あんたん)たる思い
22/27

二十.疲弊する心

 姷明(ゆうめい)は七日ほどで、情報を集めてきた。

 その間、本人の自白はついに得られなかったものの、「証言多数」との理由で、ファリダの身柄が冷宮に送られることが決まった。彼女が側妃の位を剥奪されるかどうかは、王の心持ち次第だという。だが、先日のあの態度を見るに、楽観は出来ないだろうと、シュレヤは表情を曇らせていた。


 澄蘭(ちょうらん)(はや)る気持ちをおさえながら、姷明の報告に耳を傾けた。


「澄蘭様の入宮時、サミーラ様の穏明宮(おんめいきゅう)から異動になったのは、ヤトラだけでした。現在、シュレヤ様、ラティカ様、ファリダ様の宮の女官のうち、平民出身は各二名ずつです。残りの五名は、商人か武人階級。文官の娘は王の宮に配属されることが多いそうで、シュレヤ様がご実家から伴われた侍女のみでした。

ただ、こうした経緯から、女官同士で独自の繋がりを持つ者も多いようですね」

「ありがとう。……女官の配置にも、均衡がはかられている。いわば、派閥ね。その繋がりは、かなり強固なの?」


 姷明はじっと考え込み、何とも言えない表情になる。


「……どうでしょうか。ただ、サミーラ様は、謙虚で親切な妃だと、各宮の女官たちの人気は高かったです。ファリダ様は、評価がはっきり分かれている印象でした」


 姷明の言葉に、澄蘭は軽く息を吐いた。


 ファリダは愛らしい顔立ちと人懐っこさで、距離を詰めるのが上手い。ただ、気位が高く感じられる部分もあり、それがサミーラとの評価を分けるのだろう。シュレヤとラティカは、知的でやや近寄り難い雰囲気だ。自然、下の立場の女官ほど、サミーラに好感を抱く者が増えるのだろう。


 先日覚えた違和感。この七日あまり、澄蘭は自分が何に引っ掛かっていたのかを考え続けていた。


 そして今、姷明の報告により、最後の欠片がはまった感覚を抱く。


 澄蘭がこの国の後宮に入って以降に起きた、二つの大きな事件。その中心にいるのは誰か。ただ一人、その身を汚さずにいるのは。


(……ここまでで、一応推測は出来る。でも、証拠がない)


 黙り込む澄蘭に、姷明が苦笑して尋ねた。


「何か思いつかれましたか? ……そして、証拠がない」


 見事に内心を読み取った侍女頭に、澄蘭は驚いて瞬いた。


「……読心術?」

「そんなはずがないでしょう」


 冷ややかな姷明の突っ込みに、澄蘭は唇をへの字に結ぶ。そんなに自分の表情は分かりやすいだろうか。

 憮然(ぶぜん)とする澄蘭に、姷明が肩をすくめて告げた。


「……証拠がないのなら、いっそ、証拠を出してもらう環境を作り出すとか。以前、ラティカ様の侍女になさったように」


 大胆な姷明の言葉に、澄蘭は目を丸くして彼女を見つめた。











「──なんですって?」


 その報告をもたらした女官に、ラティカは顔色を悪くして声を上げた。詰問(きつもん)された女官は、常の冷静さをかなぐり捨てた主に怯えたように、瞳に涙を滲ませ答える。


「……お、王が、あの異国人のもとに、お渡りになると……。あの、前触れが、隣の流星宮(りゅうせいきゅう)に向かうのが見えて、」


 思わず手にしていた茶碗を投げ捨てかけ、ラティカは辛うじて理性を働かせた。震えそうになる声を抑え、平静を装って答える。


「そう。……今日はもういいわ。下がって」


 女官が真っ青な顔で、頭を下げた。


 ラティカが実家から連れてきた、誰よりも信頼している侍女頭は、公休日で不在だ。先日、礼の皇女への罠の工作に手を貸してくれたドワーニは、あの件からしばらくして、気の病を患い職を辞してしまった。

 仕方なく、平民出身ながら、後宮勤めの長いその女官に、侍女頭の代理を務めさせている。頼りない背中が去っていくのを眺めながら、声を荒らげそうになるのを、ラティカは必死に堪えていた。


(侍女頭のウマなら、こんな無神経な報告はしないのに……。これだから平民は……!)


 ギリ、と奥歯を噛み締め、ラティカは乱暴に寝台に身体を横たえる。薄暗い部屋に自身の荒い吐息だけが響き、ラティカは目を伏せた。


 ラティカがカルティク王に嫁いだのは七年前、十八歳の時だった。正妃アーリヤとの間に王子が生まれて間もない頃で、ラティカはしばらく空閨を囲い続けた。王の訪いがあったのは、輿入れから一年近くが経過した頃だった。

 何度か床を共にしても、ラティカの身体に変化は起こらなかった。王は日中の激務のため、側妃たちを訪ねても、行為もなく寝入ってしまうことがしばしばあった。三年前、シュレヤとの間の息子を病で亡くしたあとは、後宮自体から足が遠のいた時期もあった。



 虚しかった。



 王とは、愛や情で結びついた関係ではない。求められているのは自分の能力と、出身階級の後見のみ。ただ、その能力については、王も、正妃も認めてくれていると思う。


 それでも、「女」として愛されたいと、ラティカは願わずにいられなかった。


 二人の子を成してなお、王の情を受け、身体を求められ続けるアーリヤ。亡くしたとはいえ、彼との子を生んだシュレヤ。国の情勢を鑑み、側妃として贔屓(ひいき)され始めたサミーラ。自分と同じ立場だと思っていたのに、王ではない男に求められ、身体を重ねたファリダ。


 そして今、王の訪問を受けているという、澄蘭(ちょうらん)






(どうして私は、誰にも求められないんだろう……)






 唇を噛み締め、ラティカは虚ろな眼差しで身を起こした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ