十九.暗中模索
ファリダの容疑は確定しないまま、五日が経過していた。
澄蘭は一人、ぼんやりと窓の外を眺めていた。女官の一人がいれてくれた茶は、すっかり冷めてしまっている。
玻璃越しに見える景色は、いつの間にか秋の様相を深めていた。
澄蘭がこの国にやって来たのは、春の初め。そこから夏が過ぎ、秋となり、あと一月もすれば冬の訪れが見えてくる。二十日後には、ファリダが舞姫を務めるはずだった、豊穣の儀が執り行われる予定だ。その儀式も準備は一応進んでいるが、開催出来るのかは分からない。
澄蘭が深く溜め息をついていると、侍女頭の姷明が、雑役女官の装いで戻ってきた。
「ただいま戻りました」
「おかえりなさい、姷明。……その服、また女官たちの話を聞きに行ってくれてたの?」
姷明は小さく肩をすくめて、苦笑で澄蘭に答えた。
「そのつもりでしたが、この格好で歩いていたら、洗濯場に強制連行されました。……ファリダ様の件で、女官たちも事情聴取などで人手を取られているようです。手伝いの臨時女官と勘違いされたみたいで」
「そう……。お疲れさま」
微笑んで労う澄蘭に頭を下げ、姷明はいったん着替えに向かった。
すぐに主の部屋に戻ってきた彼女は、待ち兼ねたという表情を浮かべる澄蘭に苦笑し、報告を始める。
「人手不足により仕事が増え、ファリダ様への憤りを募らせる女官たちが零していました。──ファリダ様は陰で随分、サミーラ様への怒りを抱いていたそうです」
「……どういうこと?」
澄蘭は目を瞠る。姷明は念の為、続き部屋や澄蘭の部屋の外に人気がないことを確認し、そっと澄蘭に耳打ちした。
「『なぜ、あんな冴えないそばかす娘の元にだけ、王は通うのか』――と」
驚いて顔を上げる澄蘭に、姷明は苦い表情で頷く。
「女官の一人が、噂していました。洗い上がった衣服をファリダ様の宮へ運んだ時に、侍女にそう癇癪をぶつけておられるのを、聞いたそうです」
「そんなことが……」
ファリダは表向き、夜伽のないことを気にしていないように振舞っていたと、姷明は言った。だが、正妃はともかく、同い年の「平民階級」の側妃には、思うところがあったのだろうか。側妃の中でただ一人、王の訪いを受ける彼女を、ファリダは妬んでいた。
ファリダ、ラティカ、シュレヤの元に、王は一年以上も通っていないそうだ。一年前と言えば、礼との交易が本格的に始まった頃。その対応と、未だ礼に反感を持つ民の慰撫とで、王も後宮通いどころではなかったのかもしれない。
ただ、理性では理解出来ても、心が受け入れられなかったのか。
澄蘭は顎に手を当てて考えながら、口を開く。
「そのことは、サミーラ様ご本人は?」
「……どうでしょう。人の口に、戸はたてられないものですから」
澄蘭は同意するように頷き、自分の思考に戻った。
(ファリダ様とサミーラ様は、表向きは和やかに接しておられた。……でも、人を見る目に関して、私は自分に自信がない。心の底までは分からない。
サミーラ様に嫉妬していたファリダ様が、窮地に立たされた。サミーラ様と一緒に慰問を始めてしばらくして、私の紋が盗まれ、サミーラ様への嫌がらせの場に落とされた。それを仕組んだのはラティカ様と、協力したのはシュレヤ様だったけれど。
──何かが、引っかかる)
いつの間にか目の前に置かれていた、礼国産の茶の香りに気付き、澄蘭は瞬きをする。いつの間にか姷明が、冷めた茶と入れ替えてくれていたものだ。
長年のわだかまりが少しずつ溶け、お互いに以前よりも気安く会話が出来るようになった。頼れる者の少ない異国で、彼女が傍にいてくれることが、何よりも心強い。
澄蘭は手招きをし、姷明を呼び寄せた。
「姷明。お願いがあるんだけど……」
澄蘭が姷明に頼んだのは、「各妃の宮に、平民出身の侍女や女官がどれだけいるか、調べてほしい」ということだった。
輿入れ時に、側妃が地元から伴える侍女は三人のみ。妃の入れ替わりや追加時には、その侍女を除いて、女官が七人雇われる。そして、教育係として他宮の女官を振り分ける形で、後宮全体で人員の再編成が行われるのだ。ちょうど澄蘭の宮に、かつてサミーラに仕えたヤトラや、ファリダに仕えたサリシャが配属されたように。
女官には女官の、横の繋がりがある。それを探ってもらうのに、後宮生活の長い姷明はうってつけだと考えたのだ。
姷明が仕事の合間に情報収集に勤しむなか、澄蘭はサミーラと共に貧民院や医療院の訪問をこなし、目前に迫った祭祀の準備を進めたりしていた。澄蘭がさりげなく妃たちの様子を観察していると、ラティカが時折、重苦しい表情を浮かべていることに気づく。
そして、そんな彼女の顔色を、サミーラがこっそりと伺っていることも。
后妃たちの間に流れる奇妙な空気に、澄蘭は内心溜め息をついた。




