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命花伝 ─薄明の皇女は涙河(るいか)に寄り添う──  作者: 冬生 恵
【第三章】暗澹(あんたん)たる思い
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十八.疑惑への疑問

 翌日の夜、澄蘭たちはアーリヤの豊麗宮の一室に集められた。室内からは侍女たちすらも排され、后妃だけの参加だと厳命された。

 先日とは打って変わった重苦しい雰囲気の中、アーリヤがファリダの現況を伝えてくれた。

「……ファリダは外宮の牢で軟禁されているそうよ。舞灯宮の侍女や女官たちも、自室から一歩も出るなと命じられているそう」

「アーリヤ様。武官の申していた『不義密通』とは、一体……」

 顔色の悪いシュレヤがアーリヤに問うと、アーリヤはそこで初めて表情を歪ませ、囁くように答えた。

「ファリダは、後宮警備の武官との密通を疑われているわ。ここ数か月、彼女がその武官を自室に引き込んで逢瀬を重ねていたとする密書が、王務省に投げ込まれたそう。……武官は、彼女のナーヤル家の遠戚にあたる、故郷でも顔馴染みだということよ」

 澄蘭を除く三人の側妃の間に、どこか納得するような空気が広がった。サミーラが「あの方が……」と呟くのを、澄蘭は驚いて見つめる。視線に気付き、サミーラは息を飲んで顔を背けた。

 二人のやり取りに目をやった後、ラティカがアーリヤに向き直って重い口を開いた。

「私どもは確かに、ファリダがあの武官と親し気にしている様子は見てきました。けれど、さすがに自室での密会などは……。何か、証拠があるのですか?」

 アーリヤも深く溜め息をつき、珍しく乱れた髪をかき上げて答えた。

「今のところは、『武官が舞灯宮に入っていくのを見た』という、複数の侍女や雑役女官たちの目撃証言だけね。本人たちは否定しているけれど。──あの子には長い間、王のお渡りがなかったはずだから、寝具にそういう痕跡があれば、違和感を持たれるのはしょうがないわ」

 痕跡とはすなわち、男女の営みの跡ということだろう。アーリヤの明け透けな言葉に、サミーラがそばかす顔を真っ赤に染める。その様子を横目で見つつ、澄蘭は顎に手を当てて考え込み始めた。

 物思いに耽る彼女に気付き、シュレヤが首を傾げた。

「……皇女様? どうかなさいましたか?」

 シュレヤの言葉に、その場の全員が一斉に澄蘭を見る。視線に気付いて澄蘭が目を白黒させていると、アーリヤが彼女に頷きかけてきた。澄蘭はおずおずと口を開く。

「そのような状況で、その、夜の痕跡を残せば……。疑われることは、ファリダ様だって十分にお分かりだと思います。それほど愚かな方とは思えません」

 しかし、澄蘭の言葉を聞き、ラティカが嘲るように小さく笑った。

「……夫に見向きもされない妻の虚しさは、あなた様には分からないでしょうね」

 その目があまりにも荒んで見え、澄蘭はぎくりと肩を強ばらせる。シュレヤは遠い目をし、サミーラは気まずげに身体を縮め、アーリヤは無表情だ。

(ファリダ様はこの一年、王の訪いを受けていないと仰っていたと、姷明が言っていた。渡りがあるのはアーリヤ様と、サミーラ様だけ……)

 亡くなった澄蘭の母は、父の渡りがなくとも一向に気にしていないようだった。それは母自身の強さと、澄蘭という娘がいたためだろう。

 澄蘭の内心を読んだように、アーリヤが小さく呟いた。

「いくら、私たちの役目は王の補佐だと言っても……。縁がないと、夜は長いわ」

 アーリヤの切なげな言葉に、しかし、シュレヤとラティカは複雑な表情を浮かべている。サミーラも、気まずそうな表情で俯いた。

 姷明が集めた情報によると、彼女たちの夫は十年前、先王と当時の王太子が流行り病に倒れたため、急遽即位することになった。武人階級出身の母を持ち、変わった容色を持つ王子は優秀ながらも後継候補からは外れており、武人としての人生を歩んでいたそうだ。結婚も、即位と同時の二十七歳と遅かったのは、海賊対策などで宮廷を開けることも多く、独身を貫いていたためだ。彼は即位後すぐに、アーリヤとシュレヤを後宮に迎えた。ただし急な即位であったため、王は後宮通いよりも、政務と帝王学の習得を優先したそうだ。

 アーリヤとは八歳になる娘と、七歳の息子を設けたが、一方のシュレヤとは六年前、息子が一人産まれたのちは、子を成すような行為はしていない。その息子も三年前、熱病で亡くなっていた。

 のちにラティカ、ファリダ、サミーラを順に妃に迎えたが、激務の息抜きにアーリヤと夜を過ごす以外は、後宮に姿を見せることはほとんどないそうだ。

 アーリヤとて、夫と心を通わせたというほどに、共に時間を過ごしているわけではないだろう。それでも、自分たちと比べれば──側妃たちのそんな声が聞こえた気がして、澄蘭は目を伏せた。

 謝っても、かえって不敬だ。

(でも、サミーラ様の元には、通っておられる……)

 澄蘭はふと瞬き、重く口を噤む后妃たちを見つめた。


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