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命花伝 ─薄明の皇女は涙河(るいか)に寄り添う──  作者: 冬生 恵
【第三章】暗澹(あんたん)たる思い
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十七.断罪の足音

 早速、アーリヤとの一件をラナに相談してみたところ、彼はあからさまに面倒だという表情で、「気に留めておく」と答えた。姷明(ゆうめい)は仏頂面で彼を睨んでいたものの、無視をされなかっただけ進歩だと、澄蘭(ちょうらん)は肩をすくめる。


 そして一週間後、五人の側妃はアーリヤの声掛けで、謁見の間に集合していた。秋の最後の日、後宮で大規模な祭祀が行われるため、その打ち合わせとのことだった。


「今年の豊作への感謝と、来年の豊穣を祈る儀式です。農業を司る女神の御夫君(ごふくん)は、細君(さいくん)を深く愛しておいでですから。男神の怒りに触れぬよう、後宮の妃たちが執り行うしきたりなのです」


 穏やかな微笑で、シュレヤは澄蘭に解説してくれる。打ち合わせを謁見の間で行うのは、必要があれば外宮の官僚たちを呼び、意見を聞くためだそうだ。


 祭祀の規模は例年通りとのことで、アーリヤはてきぱきと側妃たちに振っていく。

 必要な費用の試算はラティカが、女神に捧げる収穫物の手配はサミーラと澄蘭が。当日に奉納する舞はファリダが、全体の補佐はシュレヤが行うこととなった。澄蘭以外の役割も昨年と変わらないようで、サミーラは澄蘭に頷きかけてくれる。澄蘭はほっとして、彼女に笑顔で応えた。未だ側妃候補という半端な立ち位置であり、「皇女様は隅で見学でも」と言われることも覚悟していた澄蘭だったが、当たり前に役割を与えられたことに安堵していた。


 アーリヤは側妃たちの顔を順に見やった後、おっとりとした笑みを浮かべて言った。


「質問や、困ったことがあれば、シュレヤに相談してください。シュレヤ、悪いけれど、何かあれば私に報告と、王務長官や農業長官への相談をお願い」

「承知しました、アーリヤ様」


 大まかに話がまとまると、張り詰めた空気は弛緩し、いつもの気安い雰囲気に戻る。各々の侍女が準備した茶や茶菓子を口にしつつ、妃たちは豊穣の儀当日に着る予定の衣装について雑談を始めた。


 ファリダが「せっかくなら、皆で衣装を揃えません?」と両手を合わせて、はしゃいだ声を上げる。シュレヤは鷹揚に頷きつつ、釘をさすように微笑んだ。


「奇抜なものはいけませんよ。あと、あなたは舞の際、ちゃんと古来の伝統に則った衣装を身に着けること。礼装の改造は厳禁ですからね」

「……はぁい」


 目線を逸らして気まずげに応じるファリダに、皆が声を上げて笑う。


 この茶を飲み終えたら解散しようかという、和やかな空気が漂う中、サミーラが何かを言い掛けたその時だった。




「──動くな!」




 広間の扉が、音を立てて開く。武装した男の集団が断りもなく踏み込んできて、場が一気に緊迫した。

 唖然とした妃たちを庇うように、それぞれの侍女が前に飛び出て立ち塞がる。正妃の侍女頭が口を開こうとするのを制し、アーリヤがその場に膝をついた。


「……国王陛下」


 息を飲んだシュレヤが続き、残りの側妃たちも戸惑い顔で二人に倣って跪く。侍女たちも妃の背後に退き、地面に叩頭(こうとう)した。

 武官たちの一糸乱れぬ足音が左右に割れ、やがてその後方から重々しい声が響く。


「──面を上げよ」


 その言葉にアーリヤが恭しく礼を述べ、側妃たちが唱和する。周囲を伺いながら、澄蘭(ちょうらん)もそろそろと頭を上げた。

 左右に隊列を作り、妃たちと同様、地に膝をついている武官の合間から、一人の男が歩み出てきた。澄蘭は恐る恐る、その男性を観察する。

 年の頃は四十手前だろうか。鍛え上げられた逞しい体躯に、褐色の肌、真っ直ぐな長い銀髪を無造作に一まとめにしている。碧眼が冷たい印象を与えるものの、異国情緒溢れる美貌が人目を惹き付ける偉丈夫だった。


(この方が、シャグン王……)


 呆然とする妃たちには構わず、シャグン現国王・カルティクは冷めた表情で口を開いた。


「──ファリダ」


 名を呼ばれたファリダが、跪いたまま前に進み出る。王の足元で再び頭を垂れたファリダに、彼は腰に佩いた長剣を引き抜いた。


「……ひっ」


 サミーラが小さく悲鳴を上げた。鋭利な切っ先は、ファリダの首元に突き付けられている。微かに刃が触れたのか、首筋から数滴の血が零れ出していた。

 王の傍らに立つ武官が、懐から取り出した紙を広げて掲げた。ファリダが恐る恐る顔を上げ、その紙面に見入る。

 武官は声を張り上げて、文面を読み上げた。


舞灯宮(ぶとうきゅう)の主、側妃ファリダ・ナーヤル。不義密通の容疑で連行する。抵抗すれば即座に斬り捨てるぞ」


 ファリダは咄嗟にその武官に飛び掛かろうとするが、王の持つ長剣の輝きに動きを止める。武官たちは彼女の腕を両側から掴み上げ、容赦なく連行していった。王はこちらを振り返ることもなく、その後に続いて広間を出て行く。

 何が起こったのか理解出来ず、その場で硬直している側妃たちに、正妃アーリヤは淡々とした無表情で口を開いた。


「今見聞きしたことは、口外厳禁といたします。メダ、女官長に命じて、緘口令(かんこうれい)を敷きなさい」


 名指しされた正妃の侍女は、飛び上がって部屋を出て行く。アーリヤは側妃たちを無言で見つめ、澄蘭たちも気圧されるように頷き返した。

 サミーラの「ファリダ様……」という不安げな声が、広間に小さく響いた。



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