「ナノマシン研究会」
大学ではコマも同じようなものになり、本当にしょっちゅう一緒にいた。
住んでいる場所は大学まで少し遠かったが、俺も美咲も一緒だったから何のことも無かった。
俺も美咲も互いに別な友達も出来て、楽しく過ごした。
でも美咲と一緒にいることが圧倒的に多かった。
俺はそれが全然不自然なものとは思えなかった。
時々美咲がヒステリックになったが、俺は全然気にしなかった。
時には周囲が退くほど美咲が荒れたが、俺は慣れていた。
それに、不思議と俺に対してだけは感情的な乱れをぶつけて来ることが無かったこともあったかもしれない。
しばらくすると美咲は落ち着き、泣きながら謝る。
俺以外の人間には突然の感情的な美咲に驚くこともあったが、俺が気にしていないのを見て、徐々に慣れて行った。
基本的に美咲は優しいし、頑張る奴なのはみんなもよく知っていたからだ。
授業は美咲が俺と同じものを選びたがったが、課外活動もそうだった。
俺は新入生の勧誘の中で、生物学の成田教授が主催している「ナノマシン研究会」に興味を持った。
美咲も同じそのサークルに入り、俺が今もナノマシンに取りつかれる切っ掛けとなった。
「ナノマシン研究会」では、教授がデザインした分子デザインの開発が主な活動だった。
俺以外は生物学部の連中が多かったが、俺は夢中になって教授の課題に挑んで行った。
美咲は俺と一緒にいて、二人でどんどん先へ進もうとしていた。
生物学部の学生たちは教授の評価を欲しがっていて、それはよく分かる。
でも俺たちは純粋にテーマそのものに魅力を感じていた。
基本的に真面目に勉強するつもりで、サークルは遊びのつもりだったが、熱中することになった。
趣味と言えば、俺は中学時代から始めた料理にますますのめり込んだ。
美味しいものが好きな美咲のためだった。
多い頻度で俺がお弁当を作り、美咲と一緒に食べたりした。
美咲は毎回大喜びだった。
サークルの中で一人、橋田奈保美先輩と特に親しくなった。
美人で明るく、優しい先輩。
俺と美咲の面倒をよく見てくれ、最初にナノマシンの基礎や運用のことを詳しく教えてくれた。
高価な専門書などもよくお借りした。
よく三人で食事に行ったり酒を飲むこともあった。
美咲は酒は全くダメだったが、ソフトドリンクで付き合った。
美咲も橋田先輩のことが大好きで、一緒に遊ぶようになった。
俺も美咲も普通の勤め人の家庭だったが、橋田先輩の親は大きな会社の重役さんだと聞いた。
だからいつも着ている物が上品で、時計やバッグなどもブランド品だった。
ある日、学食で三人で一緒に食事をしていた。
「ねえ、二人は付き合ってるの?」
「いや、そういうんじゃないんですよ。何しろ生まれた時から近所で、ずっと一緒にいるだけなんです」
「そうなんだ」
美咲はちょっと不満そうな顔をしていたが、本当に俺たちは付き合っていたわけじゃない。
だから橋田先輩には、そのままそう話した。
「でも、タカちゃんのことは大好きなんですよ!」
美咲がそう言って、俺と橋田先輩は笑った。
「そうだよな。俺も美咲が大好きだよ」
「そうだよね!」
その時、美咲の感情が乱れた。
俺にとってはいつものことだったが、初めてだった橋田先輩が驚いていた。
「タカちゃんは私が好きだよね!」
「おう!」
「橋田先輩! 何でそんなこと聞くんですか!」
「おい、美咲?」
「失礼ですよ! ちょっと美人でお金持ちだからって、全然関係ないじゃないよ!」
「美咲、先輩に失礼だろう。別に橋田先輩は何も言ってないじゃないか」
「嫌い! もう私たちに近づかないで! 前から嫌いだったの! あんたは……」
美咲が普段からは考えられない酷いことを言い始めた。
俺は橋田先輩に謝って急いで美咲を連れて学食を出て離れた。
美咲は大泣きだった。
いつものように感情が爆発して自分を抑えられなくなっている。
俺は抱き締めて頭を撫でた。
「タカちゃーん!」
「おう、落ち着けよ。大丈夫だからな」
「あの女はダメだよー!」
「おい、落ち着けって」
「酷い人なんだよ! 自分が美人だからって威張っててさ!」
「そんなことはないだろう。俺たちに優しい先輩じゃないか」
「タカちゃんもそんなこと言うの? 私がこんなに嫌いなのに!」
「美咲、落ち着いてくれ。お前も橋田先輩には散々優しくしてもらったじゃないか」
「タカちゃーん!」
美咲が本心で酷い言葉を言っていないことは俺には分かっている。
いつもそうだった。
感情が高まり過ぎて、自分の中に悪いものが渦巻いてしまっているのだ。
それを外に出さないと美咲の感情は収まらない。
自分が醜いことを考えてしまっていることへの罪悪感で、外に出さなければどうにもならないのだ。
その罪悪感がますます美咲を乱れさせてしまうのだが、ある程度放出すれば納まって来る。
俺は抱き締めながら美咲の言葉を聞いていた。
少し離れた場所で、心配して出て来た橋田先輩が俺たちを見ていた。
申し訳ないが、美咲が落ち着くまでは傍に来て貰っては困る。
美咲は気付いていないので、俺は美咲を連れて歩き出した。
美咲はまだ泣きながら汚い言葉を続けていた。
俺は「うんうん」とうなずきながら美咲と歩いた。
駅に向かい、今日はもう帰るつもりだった。
一応今日の残りの講義は出なくても大丈夫だろう。
「美咲、今日は帰ろうか」
「うん……」
徐々に美咲の感情が鎮まって来た。
地下鉄に降りて、ホームに向かった。
「タカちゃん、ごめんね」
「いいよ」
「私、橋田先輩に酷いこと言っちゃった」
「そうだな。明日一緒に謝ろう」
「うん……」
美咲は帰る時に高い熱を出し、俺が背負って家まで送った。
美咲のお母さんが俺に謝り、俺は美咲をベッドまで運んだ。
美咲は真っ赤な顔で苦しそうだった。
「大丈夫、いつものことだから」
「はい」
「孝道君はもう帰って。今日は本当にありがとう」
「いいえ、美咲のためならなんでも」
「ありがとう」
俺は家に帰った。
3日間美咲は高熱で寝込んでいた。
俺が見舞いに行くと、辛そうな顔で無理矢理微笑んだ。
俺は美咲の手を握り、美咲が眠るまでそうやっていた。
俺にとって、美咲はそういう存在だった。
美咲が苦しんでいれば、俺も苦しい。
あまりにもそれが俺にとって当然のことだったので、その気持ちが何なのかすら俺には分かっていなかった。
実を言えば俺にも分かっていたことがあった。
美咲は酷い言葉で訴えていたが、そのそこに在ったのは俺も気付いていたことだろう。
橋田先輩は俺のことが好きだ。
でも俺は……
美咲のことが大好きなのだが、橋田先輩に魅かれるものがあったのも確かだ。
美咲はそのことで乱れた。
俺の責任だ。




