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美咲ちゃんはちっちゃくてカワイくて、そしてとっても早い  作者: 青夜


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勝利

 橋田先輩の体内に「5A169」構造体を注入し、1週間が経過した。

 2日後にはバイタルに変化が現われ、採血しての血液検査にも兆候が見えて来た。

 驚異的な治癒効果だ。

 ここの機器では確認出来ないが、橋田先輩の身体の中では「5A169」構造体群が脳腫瘍に次々と自死を命じているのだ。

 そして「5A169」構造体と同時に注入した「IL-2」ナノマシンも相乗効果を及ぼしているのだろう。

 恐らく橋田先輩の腫瘍は転移を始めていた。

 しばらく病院には行っていないので検査はしていないが、脳腫瘍の肥大が脳を冒すと共に、全身の臓器への転移が原因で橋田先輩の命は終わるはずだった。

 それは美咲の場合と同様だ。

 脳腫瘍への攻撃と共に、「IL-2」ナノマシンが転移先の腫瘍も発見し「5A169」構造体を導いてそこでも攻撃を繰り返しているはずだった。

 「5A169」構造体の流入を俺は注意深く調整し、経過を見守った。

 会社には体調が優れないという理由で最低限の出社にしていた。

 もう俺が付ききりでいる必要も無かったのだが、橋田先輩から離れることに躊躇していた。

 橋田常務には毎日経過報告をしていた。

 記録に残さないために、電話での報告だ。


 「良い経過だと思います。ここでは腫瘍の状態を確認出来ませんが、可能な限りの観察数値では期待出来そうです」

 「本当か! ありがとう、兜坂君!」

 「いいえ。そろそろ病院へ御連れしたいのですが」

 「分かった。一応またうちに運んだ方が良いだろうね」

 「はい。準備をしますので、しばらくお待ちください」

 「待っているよ!」


 点滴での栄養注入は怠っていないが、ここからは病院での腫瘍の状態の変化を確認したい。

 本当に腫瘍が縮小していると良いのだが。

 でも俺は手応えを感じていた。

 もう橋田先輩の体内には十分な「5A169」構造体の注入は済んでいる。

 ここにこれ以上寝かせておく必要もない。

 その週末に橋田先輩を自宅へ移送し、そこからは病院へ連絡の上で救急車で搬送された。

 翌週に橋田常務から連絡があった。


 「兜坂君! 奈保美の腫瘍がほぼ消えていたよ!」

 「本当ですか!」


 橋田常務は泣いておられた。

 俺の目からも涙が流れる。


 「病院へ来て欲しい! 君が奈保美を救ってくれたのだ!」

 「いいえ、まだ私は近付かない方がいいでしょう」

 「分かった、じゃあ電話を替わる」

 「え?」


 電話の向こうで「もう」という女性の声が聞こえた。


 「兜坂君」

 「橋田先輩!」


 橋田先輩の声だった。

 俺は思わずスマホを耳から離してしまった。


 「もう、お父さんには黙っててって頼んだのに! 兜坂君がここでびっくりする顔を見たかったのになー!」

 「橋田先輩!」

 「ありがとう。お父さんから聞いたわ。私のために随分無茶をしてくれたのね」

 「橋田先輩ィィィーーー!」


 俺は叫んで泣き崩れた。

 しばらく立ち上がることも出来ず、嗚咽を漏らすだけだった。

 

 ようやくスマホを耳に充てると、橋田先輩はずっと待っていてくれた。


 「橋田先輩……」

 「兜坂君、ありがとう。本当にありがとう」

 「いいえ……」

 

 橋田先輩の声は少し掠れていたが、しっかりとした口調だった。


 「兜坂君、会いたい。来て」

 「はい……」


 俺は電話を切った。

 橋田先輩は助かった。

 何も聞かなかったが、俺には分かった。

 橋田常務の嬉しそうな声と、しっかりした橋田先輩の声が全てを物語っていた。

 俺はようやく勝利を収めたのだ。





 俺が病院へ行くと、橋田先輩は特別な豪華な個室に入っていた。

 橋田常務の手配だろう。

 引き戸を開けると橋田先輩がベッドの上でこちらを向いて笑っていた。

 俺が入り口で泣き崩れると、部屋にいたお母さんが驚いて俺を支えてくれた。

 俺は橋田先輩のベッドまで連れて行かれ、橋田先輩が俺に抱き着いた。


 「兜坂君、また会えた」

 「はい……」


 橋田先輩が俺の頭を抱いた。


 「ありがとう、ありがとう……」

 「いいえ……」


 



 ようやく落ち着いて、俺は橋田先輩から直接聞いた。

 病院へ搬送され、すぐに検査された。

 しかし橋田先輩の容態は激変していたのだ。

 CTで脳腫瘍を撮影しようとしたが、消えていた。

 医者たちは驚いて全身を精査し、どこにも腫瘍が見つからないことを確認した。

 他の検査でももちろん良好で、何が起きたのか分からずに混乱した。

 その3日後に橋田先輩が覚醒し、医師たちとも会話出来た。

 もちろん橋田先輩は何も知らなかった。

 橋田先輩が橋田常務から一連のことを聞いたのは更にその翌日のことだった。

 あまりの変化にまだ入院をしてはいるが、橋田先輩は助かったのだ。

 長期の寝たきりの状態で衰えた筋肉が戻るまでは多少の不自由はあるだろうが、もう何の心配も無い。

 橋田常務は橋田先輩にある程度のことは話しているが、他の人間には絶対に話さないようにと言っていた。

 俺の犯罪行為の問題があるためだ。

 だが、俺には隠蔽するつもりも無かった。

 アストラール社に黙っていることも提案されたが、発覚した場合のことを考えて、俺は全てを打ち明けることにした。

 橋田先輩が助かっただけでもう十分だ。

 ただ、橋田常務に非難が及ぶのは避けたかったので、俺の一存でやったことにするつもりだった。

 橋田常務は自分も告白すると言っていたが、その必要は無かった。


 「分かった。でも私も出来る限りのことをするよ」

 「すいません。でも、もう本当にいいんです」

 「いや、そうは行かない」

 「なら一つだけ」

 「何でも言ってくれ!」

 「橋田先輩との婚姻は解消させて下さい」

 「!」


 最初に考えた通りのことだ。

 俺は妻を救うために犯罪を犯した。

 橋田常務もお母さんも、もちろん橋田先輩も何も知らない。

 俺が全てを背負って終わりたかった。

 一応橋田常務は被害者とはいえ、会社での立場は思わしくなくなるかもしれない。

 だが実績のある方なので、処罰が降ることもないだろう。

 俺が橋田先輩と結婚したことは憶測を生むだろう。

 しかし何の証拠も無い。

 俺と橋田先輩が親しかったことは多くの人間が知っている。

 俺が犯罪に走ったことにも理由は付く。

 だから今度は犯罪者となった自分が妻に迷惑を掛けないように離婚するのだ。

 そうすれば橋田先輩と橋田常務たちは完全に何も知らない被害者となる。

 俺一人の罪に出来る。

 橋田常務は最初は断っていたが、そうすることが最も良いのだと理解してくれた。


 「最高の弁護士を付ける。それに会社の方も何とか穏便に済ませられるようにするよ」

 「橋田常務はあまり動かないで下さい」

 「そうは行かん! それに君がどんなことになろうと、私は一生援助して行くよ」

 「……」


 橋田先輩の回復は著しく、もう安心出来ると分かった。

 だから俺はアストラール社に全てを打ち明けた。




 もう、どうなっても構わないし興味も無い。

 橋田先輩が元気になられたことだけでいい。

 美咲には間に合わなかったが、今回は間に合ったのだ。

 俺はそれで全て満足していた。

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