タカちゃん、怒る
保健室で簡単に消毒してもらって、絆創膏を貼ってもらった。
担任の島田先生が来て、私たちに事情を聞いた。
タカちゃんが怒りながら島田先生に話した。
私はもう落ち着いていたけど、あまりにもタカちゃんが怒っているのであまり言えなかった。
「分かった。佐伯、大丈夫か?」
「はい」
しばらく保健室にいるように言われ、島田先生は出て行った。
「タカちゃん、もう大丈夫だから」
「いや、許せないよ! 美咲にあんなことして!」
タカちゃんがこんなに怒るのは珍しいというか、初めて見た。
いつも温厚で優しいタカちゃんは、大声で怒ることは無い。
そのうちに詩織ちゃんが島田先生と一緒に来た。
「佐伯さん、ごめんなさい」
「うん、いいよ」
頭を下げられたが、詩織ちゃんは私を睨んでいた。
「南野も謝ってる。佐伯、これでいいな?」
「はい」
「島田先生! 佐伯さんはいきなり突き飛ばされて怪我したんですよ!」
タカちゃんがまだ怒っていた。
すると、詩織ちゃんが悲しそうな顔になった。
「兜坂、もうこれで終わりだ。南野もカッとなってやったことだ。もう許してやれ」
「佐伯さんは誕生日の話をしただけなのに!」
「分かってる。南野も悪かったと言っているじゃないか」
「……分かりました」
タカちゃんも詩織ちゃんを突き飛ばしたことを謝った。
そういう人だ。
詩織ちゃんはずっと悲しそうな顔のままだった。
きっとあの時の詩織ちゃんの気持ちは、島田先生にも分かっていたのだろう。
詩織ちゃんはタカちゃんのことが好きなんだ。
だから私の家にタカちゃんが来るのが嫌だったんだ。
タカちゃんはあんまり気にしていないようだけど、私には詩織ちゃんの気持ちがよく分かる。
私もタカちゃんと詩織ちゃんが仲良くしているのを見るのが辛かったのだから。
その日はタカちゃんと一緒に帰れた。
タカちゃんが一緒に帰ろうと言ってくれ、私はもちろん承諾した。
詩織ちゃんには申し訳ないけど、私にはそのことが嬉しかった。
でも、詩織ちゃんの悲しみは分かっている。
「あのね、タカちゃん」
「なんだ? ああ、歩くの早かったか?」
「そうじゃないの。今朝の誕生日会のことなんだけど」
「ああ?」
「やっぱりうちだけでやるよ。詩織ちゃん、あんなに怒ってたもの」
「何言ってんだよ! 南野は関係無いだろう!」
「でもさ、やっぱり……」
タカちゃんがまたちょっと怒った顔になっていた。
「俺は絶対に美咲の家に行くよ! いいだろ?」
「え、うん、私は嬉しいんだけど」
「じゃあ決まりだよ! 俺、まだ南野に怒ってるんだ! 美咲をいきなりさ!」
そんなに誰かのことを悪く言うタカちゃんは見たことが無かった。
私はそんなことがとっても嬉しかった。
「あのね、もういいの。だから詩織ちゃんを許してあげて」
「うーん、まあ、美咲がそう言うんなら」
「お願い。明日からまた普通にしてね」
「分かったよ」
タカちゃんはまだ不満そうな顔をしてたけど、もう引きずらないと言ってくれた。
タカちゃんに聞かれた。
「ねえ」
「なあに?」
「なんで笑ってんの?」
「え!」
そうだった。
私は嬉しかったのだ。
タカちゃんが私のためにこんなに怒ってくれるのが、とっても嬉しかった。
しかも、みんなが付き合ってるんじゃないかと言う程に仲の良かった詩織ちゃんでさえ、タカちゃんは私を守って怒ってくれた。
そのことが無性に嬉しかった。
「タカちゃん、ありがとうね」
「なんだ?」
「だって、私のためにあんなに怒ってくれて」
「当たり前だろ? 美咲をいじめる奴なんて!」
「ウフフフフフ」
家に帰って、ママにタカちゃんがお誕生日に来てくれると話すと、ママが驚いた。
「え! 自分で話したの!」
「うん? だって」
「ママが今日、孝道君の家に行ってお願いしてきたのに」
「え、そうなんだ!」
私もびっくりした。
ママが笑って私を抱き締めてくれた。
「美咲、偉い!」
「え!」
「あなたは勇気があるね。じゃあ、お誕生日には一杯美味しい物を作ろうね!」
「うん!」
私はタカちゃんが来てくれることも嬉しかったけど、それ以上に私のために怒ってくれたことが嬉しかった。
自分がまだタカちゃんの隣にいていいような気がした。
ママには、タカちゃんが学校で私のために怒ってくれた話はしなかった。
タカちゃんは翌日、あらためて詩織ちゃんに謝っていた。
詩織ちゃんはその後で、誰もいない理科室へ連れて行って私にも謝ってくれた。
そして、私に言った。
「佐伯さん、昨日はごめんなさい」
「うん、もういいよ」
「あのね、私、兜坂君が好きなの」
「うん……」
分かっていた。
だから詩織ちゃんは私に怒ったんだ。
「だからついカッとなってあんなこと。本当にごめんなさい」
「いいよ。あのね、私も兜坂君と詩織ちゃんが仲良くしてるのは見てて辛かったから」
「え! 美咲ちゃんも兜坂君がやっぱり好きなの?」
「うん。でも兜坂君には内緒にしてね」
「それはもちろんだけど」
詩織ちゃんはちょっと困っていた。
きっと私の気持ちは詩織ちゃんも気付いていただろうけど、私が口にするとは思っていなかったのだろう。
「あのね、私は兜坂君が好き。これは諦めるつもりはないの」
「うん、そうだよね」
「でもね、兜坂君は、多分あなたのことが好き」
「え!」
「もちろん諦めないけどね!」
「う、うん」
人を好きになるのは、その人の気持ちでその人のものだ。
それだけは私も分かっていた。
だからタカちゃんが他の女の子と楽しそうにしていても、私は私の気持ちを抱き続けて来た。
これからもずっとそうだ。
だから詩織ちゃんもそうするべきだと思った。
「兜坂君は鈍感だしね」
「え?」
「自分が好きって気持ちに気付いてない。だから私にもチャンスはあるかな」
「エェー!」
詩織ちゃんと少し話した。
お互いにタカちゃんのどこがいいのとか。
「私は兜坂君がカッコ良くて好き」
「私もそう! でもね、一番好きなのは紫色の綺麗な瞳!」
「え?」
「そう思わない?」
「だって、兜坂君の目って黒だよ?」
「ん?」
「ま、いっか! 目も素敵だよね!」
「うん!」
詩織ちゃんが笑って話は終わった。
お互いに正直な気持ちを打ち明けられて良かったと思った。
詩織ちゃんは美人で背も高く、勉強も出来る。
タカちゃんに似合っているとも思うけど。
でも、私だってこのままじゃない。
いずれ背ももうちょっと伸びるだろうし、勉強は頑張ればいい。
このちょっとした事件と、私のお誕生日。
私の大切な思い出になった。




