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美咲ちゃんはちっちゃくてカワイくて、そしてとっても早い  作者: 青夜


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最後の希望

 橋田先輩は自宅療養を続け、当然だが1か月の予定が伸びた。

 医師とも相談し、本人には血液検査やその他の検査の数値が良くないという診断を伝えてもらっている。

 病名も肝機能の障害とし、具体的な病名は付かないが恐らくは過労のために肝臓が衰えているとしている。

 他の臓器も疲弊しているため、多臓器不全とまでは行かないが療養が必要だとした。

 橋田先輩はその診断を受け入れて自宅で療養をしている。

 最初のうちは仕事に復帰したいと焦っていたが、俺が何度もご自宅まで出向いて説得し、今は大人しくしている。

 俺はその後も週に一度は見舞いに行き、橋田先輩はそれを楽しみにしていた。

 そして月に一度は一緒に長時間ではない外出をし、橋田先輩のストレスを和らげた。

 橋田先輩が抜けたことは痛いが、《ルシン》の躍進により他の人間でも賄える体制になっている。

 俺が橋田先輩のお宅へ伺うと、お母さんはいつも俺に感謝していた。

 最初は持って行った手土産も無用だと断られた。

 でも俺も手ぶらでは気が退けるので、果物などを買って行っていた。

 橋田先輩がお好きだからだ。

 お母さんがすぐに切って持って来ることもあった。

 千疋屋で季節のものを買って行く。


 お宅へ伺うといつも俺は橋田先輩の部屋でしばらく話す。

 橋田先輩は体調が悪いと寝間着のままであり、俺にしきりに謝る。


 「そんなこと気にしないで下さいよ」

 「でも、私も恥ずかしいの」

 「じゃあ今日はもう帰りますね」

 「だ、ダメ! もうちょっといて!」


 俺は笑ってベッドの傍に椅子を持って来て座るが、やはり実を言えば俺も恥ずかしい。

 橋田先輩は十分に眠って栄養状態も良いので、顔色が戻って来た。

 元々抜けるように白い肌で美しい顔なのだ。

 俺が来る時にはいつも薄く化粧をしていた。

 寝間着は品の良いパジャマを着ているが、それが妙に艶めかしい。

 俺はその気持ちを気取られないように注意して話をした。

 内容は研究の進捗が多いが、橋田先輩が召し上がりたいものや次に出掛ける行き先なども楽しく話した。

 出掛けるのはもちろん橋田先輩の体調次第だが、近所の散歩から港区内のカフェなどにも行った。

 銀座に買い物にも出掛けたし、あまり遠くない美術館にも行ったこともある。


 だが確実に橋田先輩の病状は進み、出掛けるには車いすを用意するようになった。

 そして脳の腫瘍の肥大と共に出掛けること自体が難しくなり、やがてはベッドに寝たままになって行った。

 

 「兜坂君ごめんね、なかなか良くならなくて」

 「気にしないで下さい。ゆっくり養生して下さい」


 橋田先輩は困ったように微笑んだ。


 「あのね、もう長くはないと思うの」

 「そんなこと言わないで下さい。きっと良くなりますよ」


 橋田先輩が俺を見つめた。


 「兜坂君は知っているんでしょ?」

 「え?」

 「私の病気のこと。お父さんもお母さんも何も教えてくれない。でも流石にもう分かるのよ」

 「橋田先輩……」


 頭の良い方だ。

 もう病状が進展していることも、医者が自分に嘘の病名を言っていることも分かったのだろう。


 「ああ、もう終わりかー」

 「そんなことは……」

 「いいの。最後に兜坂君がこんなにも優しいんだもの」

 「何言ってるんですか……」


 俺から話すわけにはいかず、その場は何も言わずに辞した。




 橋田常務に相談し、橋田先輩に事実を話すことになった。

 後日、橋田常務から伺い、橋田先輩はそれほど取り乱すことは無かったと聞いた。


 「でも一人になったら泣いていたようだよ」

 「それは……」

 「兜坂君、「5A169」構造体はもうすぐ完成するんだよね!」

 「後少しです。でも臨床はまだ先ですよ」

 「分かっている」


 橋田常務は何も言わなかった。

 会社の人間としてそれ以上のことは口に出せないのだ。


 「もしも、兜坂君、もしもの話だ……」

 「そういうことはありません」

 「……」


 橋田常務は動物実験前に橋田先輩に使いたいのだ。

 安全性はもういい。

 その確認をしている間に橋田先輩は間に合わなくなる。

 だから賭けに出たいのだ。

 何としても娘の命を救いたいのだ。

 しかし「5A169」構造体を使うのは、橋田常務では無理だ。

 適正な分子量を投与しなければならないためだ。

 ナノマシンの集合体である「5A169」構造体は、一定期間が過ぎれば血中で崩壊し無害な分子として対外に排泄されるように設計されている。

 元々その人間の固有の免疫細胞ではないために、そのようになっているのだ。 

 さもなくば、本来の免疫細胞に攻撃されて歪な形でどんな影響を及ぼすか分からない。

 免疫細胞に発見され攻撃される前に、自壊する設計になっているのだ。

 だからそれを見極めた量を適切に体内に送ることが必要であり、もちろん経過観察も必要だ。

 過不足に対応して微調整が必須になる。

 それも、俺の考える仕様の中での話で、実際に体内で活動を始めればどんなことになるのかは分からないのだ。

 考えにくいが、ガン細胞以上の悪い作用を及ぼす可能性もある。

 橋田先輩のような治療が望めず切迫した状況でもない限りは絶対に使うべきではない。

 そして本来を言えば、使ってはならないものなのだ。


 だから俺が独断でやる。

 法を犯すことになるのは百も承知だ。

 もしかしたら、俺が勝手に橋田先輩に投与することで、この研究自体が中断する可能性だってある。

 開発責任者が功を焦って患者に投与したと思われれば、俺の処分だけでは済まない。

 会社も批判を浴びるだろうし、成田教授にもご迷惑をお掛けするかもしれない。

 俺も出来得る限りは自分一人のことにしようとは考えているが。

 俺は世界からの評価などどうでもいい。

 犯罪者になっても構わない。

 美咲を喪い、もう橋田先輩しか残っていないのだ。

 橋田先輩を助けられる可能性があるのならば、俺は何でもする。

 そしてそれを橋田常務にやらせるわけには行かない。


 「兜坂君……」


 橋田常務はそれ以上何も口に出せなかった。

 俺は黙ってうなずいた。

 橋田常務の顔がパッと明るくなり、俺の手を握りしめて泣いた。

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