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美咲ちゃんはちっちゃくてカワイくて、そしてとっても早い  作者: 青夜


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新たな日々

 俺もようやく立ち直り、新たな日々が始まって行った。


 「5A169」構造体の研究は徐々にだが進んで行った。

 俺が采配したモジュール化が功を奏しつつあった。

 単純な構造に分担したことで、個々の部分が明確に整いつつある。

 あとはそれらを統合することだが、それは俺が担うことにしていた。

 俺が設定したテスト水準を上回ったモジュールを、俺が各々を結合して行く。

 結合に際しては、俺は接合面の構造を注意深く予測しながら準備して行った。

 年が暮れる頃には、4割の結合が完了していた。

 あれほど複雑で大きな高分子構造のナノマシンがついに完成の目途が立って来たのだ。

 美咲には間に合わなかったが、それでも驚異的なスピードだ。

 みんなが懸命に協力してくれたお陰だった。

 まず第一に成田教授と橋田先輩を中心としたナノマシン研究室。

 そしてアストラール社でも俺の部下たちが必死に俺に協力してくれ、橋田常務が全面的に応援体制を整えてくれた。

 また橋田先輩の伝手でスタンフォード大学の研究室や他の世界の名だたる大学や研究機関も協力してくれた。

 成田教授も思いつく限りの関連組織に協力を仰いでくれた。

 俺は橋田先輩にお礼を言った。

 

 「それは違うわ、兜坂君」

 「え?」


 一緒に昼食を食べながら、多くの方々のお陰であり、橋田先輩がその中心だったと話したら、否定された。

 

 「兜坂君が掲げた「ガン細胞を駆逐する奇跡のナノマシン」という夢のような目標だったことが大きいわ。ううん、それに伴って兜坂君が具体的な指針を示したこと。それが一番大きいのよ」

 「いや、俺なんかは……」

 「そうでしょう。「5A169」構造体というモデルを作ったのは兜坂君。それに近似したキラーT細胞の臨床実験があった幸運は確かにあるけど、それも兜坂君が既に予見していたことでしょ?」

 「まあ、あのキラーT細胞に着目したのはそうでしたけど」

 「ね! 兜坂君の予見があり、具体的なモデルとその効用が確認されたからなの! 私だって「5A169」構造体が無ければ論文の検索なんかしていなかったもの!」

 「だから橋田先輩のお陰ですよ!」

 「何言ってるの! あなたは既に「トウサカ・ストラクチャー」を発見した世界的な研究者なのよ! だからみんながまた注目した! だって、本当にガン細胞を駆逐するナノマシンが完成したら、人類史に残る功績なんだからね!」


 橋田先輩がいつになく興奮して大きな声で叫んだ。

 あまりにも声が大きく、周囲の人が俺たちに注目する。


 「橋田先輩、もう少し小さな声で」

 「あー、ごめん!」


 その声もまた大きかった。

 橋田先輩はご機嫌で笑っている。

 顔が紅潮し、笑顔でまた大声で喋って行く。


 「おい、静かにしろよ!」


 近くの男性サラリーマンが叫んだ。


 「なんだと!」

 「!」


 橋田先輩が逆にそのサラリーマンに喰って掛かった。

 口調も声の大きさも、橋田先輩から聞いたことのないものだったので俺が驚いた。

 慌ててサラリーマンに謝罪する。


 「ちょっと、先輩! あの、すみませんでした! もう出ますので!」

 「なんだよ、お前ぇ!」


 尚も食って掛かるいつもと違う橋田先輩の手を引いて、俺は慌てて出口へ連れて行った。

 驚いているお店の人に謝りながら会計を済ませ、こちらを睨んでいるサラリーマンに向けて頭を下げて店を出た。


 「あの人、失礼だよね!」

 「いや、こちらが大きな声で話してましたから」

 「そんなことないよ!」

 「橋田先輩、どうしちゃったんですか?」

 「え?」


 先ほどまで紅潮していた橋田先輩の顔色がみるみる蒼ざめてくる。


 「え、私、今何言ってた?」

 「先輩、お疲れなんですよ。ちょっと休んでください」

 「いいえ、大丈夫よ。でもさっきはちょっと本当にどうかしていたわ」

 「橋田先輩……」

 

 橋田先輩は無理に笑顔を作って俺に微笑んだ。

 今はもう明らかに自分の言動を恥ずかしそうに思っている。


 「本当にごめんなさい。何だろう、本当に頭にきちゃって」

 「まあ、そういう時もありますよ」

 「そうだよね……でもおかしいわ、自分でもよく分からないの」

 「だから休んで下さいよ。橋田先輩、休日もしばらく取ってないでしょ?」

 「うーん、でも必要ないんだよね」

 「そんなこと言わずに。散々無茶した俺が言うのもなんですが、橋田先輩もお疲れの様子ですよ?」

 「そ、そうかな」

 「そうですよ。しっかり休んで下さいよ。ちょっと働きすぎです」

 「うん、そうね。ちょっと成田教授にも相談してみようかな」

 「是非」


 いつもは聞き流そうとする橋田先輩が、自分があまりにも感情に振り回された自覚で大人しく従うようなことを言った。

 相当なショックを受けておられる。

 俺は会社に戻り、すぐに成田教授に連絡した。

 忙しい方だが電話で話させてもらい、先ほどの橋田先輩のことをお伝えした。

 橋田先輩がもしも休暇を言い出さなくても、成田教授から促して欲しかったのだ。


 「ちょっと感情が乱れているようで、きっとお疲れなんじゃないかと思います」

 「え!」


 成田教授が俺の話を聞いて驚いていた。


 「またか。実はね、最近何度かあるんだよ」

 「はい?」

 

 成田教授の話では、最近橋田先輩が感情を乱して周囲に怒鳴り散らすことがあるらしい。

 今度は俺が驚いた。

 さっきのことだけではないのか。

 

 「今まではそんなことは無かったのだがね」

 「そうですよ! 橋田先輩は温厚で、それに自分を律することでは厳しい人です」

 「僕もそう思っていたよ。だから僕も周りの人間も驚いていてね」

 「そうなんですか」


 おかしい。

 たまたまお疲れの橋田先輩が乱れることはあったとしても、それが何度もあるとは。

 橋田先輩は本当に温厚で優しい方であり、他人を怒鳴ることなど無い。


 「とにかく橋田君は少し休ませよう。僕からも話してみるよ」

 「お願いします。さっきは橋田先輩も休もうと言っていたので、そう話が出るかもしれませんので」

 「分かった。迷惑を掛けたね」

 「とんでもありません」


 相当お疲れだったのだろうが。

 美咲が死んで気が緩んだのかもしれない。

 




 その時の俺は、まだ分かっていなかった。

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