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美咲ちゃんはちっちゃくてカワイくて、そしてとっても早い  作者: 青夜


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職場への復帰

 9月も終わりに近づき、俺は職場に戻った。

 俺がいない間にも、「5A169」構造体の研究は続けられ、幾つかの進展もあった。

 俺は長い期間休んでしまったことを全員に詫びたが、みんな俺に優しかった。

 成田教授の研究室にも復職したことを報告に行き、そこでも気を遣われた。

 俺が美咲を失ったショックで仕事が手に付かなくなったことはみんな知っているが、誰もそれには触れなかった。

 橋田先輩が泣きそうな顔を堪えて笑顔で迎えてくれた。

 本当に申し訳ない。

 俺は橋田先輩に俺が休んでいた間の進捗を聞いた。

 橋田先輩は俺を心配して後日にしようと言って下さったが、俺はもう大丈夫だとお願いした。


 「橋田先輩、またお疲れですね」

 「あなたにだけは言われたくないわ!」


 二人で笑った。

 だけど、橋田先輩は明らかにやつれていた。


 「橋田先輩、もうそんなに急ぐ必要は……」

 「うん、分かってる。本当にそんなに無理はしていないのよ?」

 「そうですか」


 数日を経て、本当に橋田先輩は以前の様に研究室に籠ってもいないことを知った。

 もちろん研究には真面目に取り組んで下さっているが、それほど遅い時間にならずに帰られている。

 俺は休職中のお礼も兼ねて、橋田先輩を食事にお連れした。

 お好きなものをと伺うと、ホテルオークラの『山里』を希望された。

 俺は土曜日に予約を入れ、夕方に橋田先輩のマンションへ迎えに行った。


 ホテルオークラは真新しいビルになり、内装は以前のものも使って大変美しい。

 お酒を飲むつもりで、タクシーで移動した。


 「兜坂君、お酒はあまり飲んじゃダメだよ?」

 「分かってますって!」


 俺は元々そんなに飲まない。

 弱くはないが、それほど好きではないのだ。

 美咲が飲まなかったということも大きいかもしれない。

 あの時の俺は死にたかったのだ。

 また、死にたいほどの苦しみから逃げるために、酒を飲んでいた。

 無茶な飲酒が俺の身体を相当弱めたことは確かだ。

 今もまだ影響が残っている。

 幸い、アルコール中毒にはならずに済んで、酒が手放せない欲求は無い。

 もちろんあれからアルコールは口にしていない。

 今日は橋田先輩に付き合うつもりではあったが。


 『山里』は地上ロビーから近い場所にあった。

 入り口で名前を告げると丁寧に個室へ案内された。

 俺は白い麻のスーツを着ていた。

 美咲がカッコイイと言ってくれていたものだ。

 橋田先輩は淡い緑と白のグラデーションのドレスを着ていた。

 あまり派手では無いが、非常に品が良いものだ。

 麻にシルク混のもののようで、しっとりと輝きがある。

 ベージュのヒールがオークラの深い絨毯に埋まる。


 個室に入ると一応メニューを渡された。

 俺は橋田先輩にお好きなものを追加で注文してもらおうと思っていたが、俺に任せると言ってくれた。

 飲み物だけ選んでもらい、俺は予約した時に頼んだコースで持って来て欲しいと言った。

 『山里』は和食の高級レストランで、食材と調理法に拘った名店だ。

 橋田先輩は日本酒の炭酸割を楽しみながら、料理に喜んでいた。

 本来お酒がお好きな人だと知っている。

 俺は最初に自分がご迷惑をお掛けしたことのお詫びと、美咲のことで非常にお世話になったお礼を言った。


 「いいのよ、兜坂君が立ち直ってくれて嬉しい。それに佐伯さんのことは本当に残念ね。私の力が及ばずに申し訳ないわ」

 「そんなこと。橋田先輩のお陰で俺も精一杯にやれましたから。間に合いはしませんでしたが、美咲を救う方向へ進むことが出来ました」

 「うん、そうね。私たちは頑張ったわ」

 「はい」


 俺は生ビールをゆっくりと飲んだ。

 メインの子牛の焼き物が出ると、橋田先輩が嬉しそうに笑った。


 「あー、こんなの久し振りだわ!」

 「お替りもいいですよ?」

 「アハハハハハ!」


 もう暗い話題にはせずに、なるべく楽しい思い出や研究の進展について話した。

 橋田先輩は胃腸が弱っていたか、残された料理もあったが、美味しいと言い続けてくれた。

 食事を終え、橋田先輩をホテル内バーの『オーキッド』に誘った。

 

 「今日はもうおなか一杯。また誘って」

 「そうですか、ではお送りします」

 「いいえ、ここでいいわ。タクシーで帰るから」

 「分かりました」


 地上ロビーのタクシーの待合まで行き、先に橋田先輩をお乗せした。


 「今日はごちそうさま。美味しかったわ」

 「また行きましょう」

 「ええ、是非」


 橋田先輩は笑顔で去っていった。

 俺は続くタクシーに乗り、四谷へ向かった。

 橋田先輩は俺と二人きりになることを恐れたのだ。

 俺もそうだ。

 お互いにあの日のことは口にしたことはないが、分かっているのだ。

 美咲が死んだことで、俺たちはもう触れ合うことが出来なくなった。

 俺たちは深い罪の意識のまま、これからも付き合っていく。

 互いの胸には愛の灯があるが、それを大きくすることには躊躇があった。


 

 《タカちゃん、今度は橋田先輩と一緒にいて》



 夢の中で美咲が俺にそう言った。

 本当に美咲がそう言ったとは、俺は思い切れなかった。

 あれは俺の妄想が生んだ夢なのかもしれない。

 でも、夢の中で言った通り、美咲の日記がベッドの下にあった。

 ならば……

 しかし俺はまだ踏み切れない。

 まだ美咲のことばかり考えている。





 まだ美咲は俺の傍にいる。

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