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美咲ちゃんはちっちゃくてカワイくて、そしてとっても早い  作者: 青夜


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35/52

美咲の死

 あの日以来、橋田先輩とはあの夜のことを互いに口にはしなかった。

 もう俺たちは確かめ合ってしまったからだ。

 だけど今は「5A169」構造体の開発が最優先だった。

 そして同時に、俺も橋田先輩も、もうそれが間に合わないことを分かっていた。

 だからもう辞めるということは考えられなかった。

 それは、罪を犯した俺たちに許されることでも無かったのだ。

 美咲がいなくなるからと言って、俺と橋田先輩が結びつくということは考えられなかった。

 もう裏切っているのかもしれないけど、美咲という存在が俺の中では大き過ぎ、また橋田先輩も俺のその思いを知っているからだ。

 俺たちは今まで通りに研究に邁進した。

 僅かな可能性を期待しているわけでもなく、ただそこを目指すことだけが俺たちの罪だ。

 その果てに俺たちがどうなるのかは、考えなかった。

 俺は以前にも増して研究室に閉じこもり、少しでも開発を進めようとした。

 そんな俺を橋田先輩も度々心配し、少しは休むように言われた。

 そういう橋田先輩も同様に憔悴していた。

 俺たちは全力で研究を進めることで、ほんの少しでも罪のことを忘れたかったのだ。

 美咲を見舞いに行くことは本当に少なくなった。

 前は毎日数時間は美咲の傍にいたが、今は数日に一度顔を出すだけになってしまった。

 

 美咲はチューブに繋がれ、見る度に痩せていった。

 ガン細胞は他の臓器にも転移を始めていた。

 最終的な段階に入っている。

 俺は生命の抜けて行く美咲を見ているのが辛かった。

 だから足が遠のいたのだ。

 あの可愛らしい美咲が病み衰えて行く。

 明るく笑っていた最愛の美咲がこの世から去ろうとしている。

 その苦しみから逃れようとする俺自身がいた。


 「美咲、愛している」


 俺は毎回美咲を抱き締めてそう囁いた。

 もうそんなことしか出来ない俺だった。

 美咲の身体から、幽かにあのボディローションの香りがした。

 お母さんが塗ってあげているのだろうか。

 起き上がれない美咲は、あの大好きな紫色のリボンを結べていない。

 ただ、枕元にそれが置かれていた。





 研究室にいた俺に、美咲のお母さんから、美咲が俺を呼んでいるという連絡を受けた。

 まさか、あの状態の美咲が意識を取り戻すはずはない!

 急いで行かなければならない。

 絶対に僅かな時間だけのことに違いない。

 俺が数日ごとにしか病室へ行かなかったことは、何も言われることはなかった。

 きっと研究に励んでいるのだろうと思われただろうか。

 だからお母さんが毎日美咲の傍にいてくれていた。

 その時間に美咲が目を覚ましたことに感謝した。

 そうでなければ、この奇跡の時間は無為に終わってしまっていただろう。

 東大病院へ着くと、急いで病室へ向かった。


 「孝道君!」


 美咲のお母さんが廊下で待っていた。

 俺の到着を焦りながら待っていたのだろう。

 今や美咲が目覚めている時間は貴重だ。


 「美咲が30分前から起きているの!」

 「遅くなってすみません」

 「さあ、早く!」


 お母さんは俺を急かして中へ入れた。

 美咲がいつ意識を喪うのか、お母さんは心配だったのだ。

 美咲はベッドに横たわったままだったが、薄く化粧をしていた。

 お母さんがやって下さったのだろう。

 あのお気に入りの紫色のリボンも結ばれていた。

 美咲は俺を見て嬉しそうに笑った。

 きっと鏡は見ていない。

 お母さんは美咲に変わってしまった姿を見せたくはなかっただろう。


 「タカちゃん!」

 「美咲!」


 俺は美咲を抱き締めて泣いた。

 心の底に閉じ込めていた思いが一気に溢れ出すのを感じた。

 言葉にはならない、巨大な嵐のようだ。

 俺は必死に落ち着かなければと思った。

 でも俺の心は少しも鎮まることは無かった。


 「タカちゃん、どうしたの?」

 「何でもない。美咲と話せて良かった」

 「なーに?」


 美咲は何も気付いてはいないが、俺が泣いていることを心配した。

 子供の頃からの優しい美咲だった。


 「タカちゃん、大丈夫?」

 「美咲、ごめん」


 やっと必死に心を落ち着かせようとして、俺は美咲に謝りたかった思いが飛び出して来た。


 「え?」

 「ごめん」

 「タカちゃん」


 俺は抱き締めたまま美咲に謝った。

 もっと他に美咲に話してやるべきことはあっただろうに、俺は自分の罪と情けなさを詫びることしか出来なかった。

 この奇跡の時間に、ただそれしか出来なかった。


 「タカちゃん、いいんだよ?」

 「美咲……」

 「もういいの。タカちゃんは私に一杯してくれたよ?」

 「そうじゃないんだ、美咲」

 「いいの。もうタカちゃんは自由にして。幸せになって」

 「!」


 俺はようやく気付いた。

 今目覚めているのは幼い美咲ではない。


 「美咲なのか!」

 「ずっとそうだよ。タカちゃん、ありがとう」

 「美咲!」

 「タカちゃん、愛してる。私にこんなにも好きにさせてくれてありがとう」

 「美咲、本当に!」

 「ウフフフフ、タカちゃんの目、綺麗な紫色だね」

 「美咲!」


 美咲はまた眠るように目を閉じて動かなくなった。

 お母さんが号泣し、俺は美咲をそっと横たえた、

 美咲のバイタルは弱まり、ICUに即座に搬送された。

 しかし美咲はそのまま目覚めることもなく、全ての生命活動も終えてしまった。

 あまりにも突然で呆気ない最期だった。

 30年以上も続いて来た、俺と美咲の関係は終わってしまった。

 俺は何も出来ず、ただ最後に美咲を裏切った最低の人間で終わった。





 そう、俺は終わったのだ。

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