美味しいハンバーグを
フードプロセッサーで挽肉を作りこねていると、美咲がテーブルの椅子を持って来て俺を見てニコニコしていた。
「うんしょ、うんしょ」と椅子を運んで来るのが可愛らしい。
美咲は以前からよく俺の方を見ていたが、一緒に暮らし始めてからは一層だ。
テレビを観たりはするが、何度も俺を見て笑っていることが多い。
そのことだけでも、俺が一緒に住む決意をした甲斐を感じる。
美咲の最期の時間に、ほんの少しでも微笑みをあげている気がした。
美咲を見て笑顔で言った。
「美味しいの作るからな!」
「うん!」
自分の視界に俺を捉えていると美咲は御機嫌だ。
そんな美咲を俺も愛おしく思っていた。
こんなにも自分のことを愛してくれる存在は嬉しいに決まっている。
子供の頃からそうだったことを俺は思い出していた。
ハンバーグを焼き始めると美咲が興奮した。
「いい匂いだね!」
「な!」
俺もニコニコして美咲に返事をした。
付け合わせに厚めにスライスしたポテトとクレソンを添え、オークラのコンソメスープを温めた。
皿に盛りつけてグレーヴィーソースをかけてテーブルへ持って行くと美咲が手を挙げて喜んだ。
「できたー!」
「お待たせ!」
美咲には箸を持たせたが、俺がナイフとフォークを使っているのを見て自分も欲しがった。
「大丈夫か?」
「へーき!」
俺が笑って用意すると、問題なく使い始めた。
やはり5歳児ではないのだ。
美咲は身体で覚えていることはこなせることが多くあった。
着替えや入浴などは俺が手伝うが、食器の扱いなどは大丈夫らしい。
どういう区分けなのかは分からないが。
なんとなくだが、俺が美咲に触れることが嬉しいようだ。
もしかしたら着替えも入浴も自分で出来るのかもしれない。
でも俺は美咲の望むままにしてやりたいと思っている。
まあ、入浴は俺が早く慣れなければならないが。
美咲がナイフをハンバーグに入れると肉汁が流れ出した。
「あ! なんかスゴイあふれてくる!」
「気を付けて食べろよな」
「うん!」
六本木の『格之進』の人に、肉汁を閉じ込める方法を教わった。
あそこのハンバーグは絶品の味に加えて肉汁が溢れんばかりに流れて来る。
秘訣はとにかく肉が冷たいままにすることだ。
他にも何かあるのだろうが、基本的にはそうすることで溢れる肉汁のハンバーグが作れるようになった。
肉の脂が捏ねている間に溶けてしまわないようにだ。
だから最初に表面を焼き上げれば中に脂が閉じ込められることになる。
まあ、切れば流れ出すのだが、それでも口の中でのとろけ具合は絶品だ。
「おいしー!」
「そっか!」
美咲が喜んで口に入れたが、唇がもうベトベトだ。
この辺はやはり5歳児だった。
皿に盛り直したご飯もナイフとフォークで器用に口に入れて行く。
その様だけ見れば、大人の美咲と変わらない。
だから美咲を見詰めてしまった。
「タカちゃん、なにみてるの?」
「ああ、美咲が可愛いからな」
「エヘヘヘヘヘ」
俺は心を見透かされたようで困った。
俺は「美咲」を愛しているが、大人の美咲はもういないのだ。
そしてもうすぐ「美咲」もいなくなる……
美咲は喜んで食べ進め、やっぱり俺より早く終わった。
俺は笑って冷蔵庫からバニラアイスを持って来た。
「あ、タカちゃんと一緒に食べるよ」
「そっか」
俺は一度戻して、急いで自分の食事を終えた。
一緒にバニラアイスを食べる。
胃腸を冷やさないように紅茶も淹れて出した。
美咲は満足してニコニコしていた。
一緒に風呂に入り、ベッドに寝かせた。
また絵本を読んで欲しいとねだられ、美咲に何がいいかを聞いた。
ベッドに買って来た絵本を並べて選ばせる。
「きのうの『むらさきの目の王子さま』がいい!」
「あれか。同じものでいいのか?」
「うん!」
俺はもちろん喜んで読んでやった。
大人の俺が読んでも美しい話だった。
主人公のナッチャンがとにかく明るく勇気がある。
王子様を守るために自分の身を危険にさらして行く。
美咲は大興奮で聞いていたが、また途中で眠ってしまった。
もう眠ろうという寸前に、美咲が「ハンバーグ、おいしかった」と言ってくれた。
微笑みながら眠りに落ちた。
俺はそっとベッドを離れて絵本を最後まで読んでみた。
本当に美しい物語だった。
日本語に翻訳されて主人公の女の子は「ナッチャン」になっているが、原作ではどういう名前だったのだろうか。
そんなことを思いながら、俺はまた研究に没頭した。
美咲をもしかしたら救えるかもしれない奇跡のナノマシン。
実際の構造体の構築は橋田先輩たちがやってくれるが、俺も少しでもその手伝いが出来ないかと考えていた。
アストラール社では超高度のAIコンピューターがある。
あれを使えれば研究は早く進むかもしれない。
俺は橋田先輩が集めてくれた研究論文などを研究棟の総括部長に見せる段取りを用意した。
協力関係にはあるが一応は外部の組織なので、通常はAIコンピューターの使用は難しいだろう。
反対に成田教授たちにとっても貴重な研究データを企業に預けることになる。
でも俺はそれを乗り越えて実現したかった。
資料の準備と俺自身の研究を進めるため、明け方まで掛かった。
外がほんのりと明るくなっており、美しい東京の街の景色を眺めた。
「美咲、待ってろよ。必ず作るからな」
ベッドで美咲が眠っていた。
愛らしい寝顔を見ながら、俺も眠りに就いた。




