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美咲ちゃんはちっちゃくてカワイくて、そしてとっても早い  作者: 青夜


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「5A169」構造体

 橋田先輩は俺に懇願するように言った。


 「兜坂君、もしかしたらこれは物凄い発見かもしれないよ。「トウサカ・ストラクチャー」を超える、世界的な……」

 「それじゃ、美咲の!」


 俺は興奮して大きな声で叫んでしまった。

 周囲の客や店員がこちらを何事かと見ている。

 そして橋田先輩は下を向いてしまった。

 俺と目を合わせようとしない。

 俺もそれを見て急速に冷静になった。


 「残念だけど、それは無理」

 「そう……ですね」


 そうだ、分かっている。

 もしかしたら俺が提案した「5A169」構造体は画期的なガン細胞への特効があるのかもしれないが、それが実際に国から認可を受けるまでには相当な時間が掛かるのだ。

 製薬ですら臨床を繰り返し厚労省に認められるまでに数年は掛かる。

 それが製薬ですらないナノマシンであれば、10年掛かってもおかしくはない。

 そのことは研究者である俺たち二人とも分かっていることなのだ。


 「兜坂君、でも開発を進めるべきだと思うの」

 「はい」

 「だけど、佐伯さんは……」

 「……」


 美咲は間に合わない。

 俺は口には出さなかった。

 でもそれは、正式な認可を受けたものは、だ。


 「私に任せて欲しい。もう構造体は決まっているの。だから、あとはデザイン通りに分子を構築すればいいのだから」

 「橋田先輩!」

 「私が絶対に作る!」

 「!」


 橋田先輩は決意してくれているのだ。

 俺がやろうとしていることに全力で協力してくれようとしている。

 もしかしたら橋田先輩は、俺が法に触れることをやろうと思ったことも察していたかもしれない。


 「橋田先輩、ありがとうございます!」

 「いいの。全力を尽くすわ」

 「お願いします!」

 「うん、任せて」


 橋田先輩はもう成田教授に頼んで「5A169」構造体のナノマシン構築に取り掛かっているのだと教えてくれた。

 成田教授だけは事情を知っているが、他の研究室の人間は橋田先輩が自殺未遂を計ったことは知らない。

 橋田先輩がしばらくは研究室を休んでいたことは俺も知っている。

 復帰後にすぐに「5A169」構造体の研究に取り掛かってくれたそうだ。

 成田教授も橋田先輩の精神的な不安定さを思って許可したのかもしれない。

 それに橋田先輩は成田教授の研究室でもトップの優秀な研究者だったので、橋田先輩の用意した資料は十分に成田教授を納得させたのだとも思う。

 ただ、成田教授も自分が求める研究プランがあったはずだから、やはり橋田先輩のための「許可」だったのだろう。


 俺もその日から改めて「5A169」構造体のことを確認した。

 橋田先輩から頂いたスタンフォード大学やその他の研究者や研究機関の論文や報告書を丁寧に読み返した。

 流石は橋田先輩で、俺にもすぐにそれらの資料から明確な光明が見えた。

 研究論文では患者の偶発的な現象であり、人為的にそのキラーT細胞を増殖させるのは難しそうだった。

 つまり、俺たちがナノマシンで開発するしかないのだ。

 「5A169」構造体は脳腫瘍のガン細胞を駆逐する見通しが高い。

 まだラットでの実験だけだが、全てのラットの脳腫瘍が消えていた。

 ただ、まだ限定的でニッチな実験だったのでこの先は分からない。

 しかし大いに希望は持てる。


 「5A169」構造体。

 《5A169》とは16進法であり、10進法に直すと《369001》となる。

 俺の秘密の構造体であり、《弥勒シリーズ》と名付けた。

 その「001番目」のものという意味を込めている。

 弥勒菩薩はこの世の多くの人々を救う慈愛の仏と言われている。

 今は兜率天でそのための修行をしているが、遙かな未来に現われるとされていた。

 俺はガン克服のナノマシンに「弥勒シリーズ」と命名した。

 「5A169」構造体は、やっと俺が辿り着いた第一号なのだ。





 マンションに戻ると美咲がまた泣いていた。

 介護士の方も困っていたが、どうしようもない。

 俺は礼を言ってお帰り頂いた。


 「美咲、戻ったよ」

 「タカちゃーん、どこいってたのー!」

 「ごめんね。大事な用事だったんだ」

 「タカちゃーん!」


 俺がソファで抱き締めて宥めていると、不意に美咲が俺を見て笑った。


 「ごめんね、もう大丈夫」

 「え?」


 美咲が思わぬ言葉遣いで俺に微笑みかけた。


 「美咲?」

 「タカちゃん、ありがとうね」

 「うん、いや、ごめんな一人にしてしまって」

 「ううん、いいの。私のために一生懸命にいろいろやってるんでしょ?」

 「それは……おい、美咲、大丈夫か?」

 「大丈夫。タカちゃん、好き」

 「俺も大好きだ」


 そう言って美咲を抱き締めた。

 美咲が静かに涙を零した。

 美咲が俺にキスをしてきて驚いた。

 幼児退行を起こした美咲は俺にベッタリとくっついてはいたが、そういうことはしなかったからだ。

 顔を話して、俺のことを見詰めていた。

 何かが違う。


 「ごめんな、寂しかったよな」

 「そうだよー!」


 美咲が再び大声で泣き始めた。

 先ほどとは違い、幼児に戻った美咲だった。

 俺は背中に回した手でポンポンしてやる。

 しばらくすると美咲が落ち着いて来た。


 「ちょっと早いけど夕飯を作るか」

 「うん! きょうはなに?」

 「そうだなー、ハンバーグでも作ろうか」

 「やったー!」


 もう美咲が嬉しそうに笑う。

 俺はウエットティッシュで涙の痕を拭ってやる。

 美咲が俺に顔を寄せて頬にキスしてくれる。

 今度は唇ではなかった。


 「やったぁー!」


 俺が大げさに喜んでやると美咲も嬉しそうに笑った。

 本当に嬉しい。

 美咲をソファに座らせたまま音楽を流した。

 先ほどの美咲はなんだったのかと夕食の準備をしながら考えていた。

 美咲の瞳には明らかに知性があったように思えた。

 ほんの少しの間だったが……

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