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美咲ちゃんはちっちゃくてカワイくて、そしてとっても早い  作者: 青夜


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橋田先輩: あの日

 「橋田先輩、お久し振りです」

 「兜坂君……」


 橋田常務は俺が今日に橋田先輩に連絡するとは思っていなかっただろう。

 でも俺は橋田先輩と話さないといけないと思った。


 「父から聞いたのね」

 「はい」


 橋田先輩も了解していることだったようだ。

 恐らく橋田先輩は俺に対しての自分の気持ちは何も話そうとはしなかったと思う。

 だから橋田常務が自分で判断して俺に話したのだろう。

 橋田先輩が結婚しない理由を橋田常務は理解している。

 橋田先輩が今でも俺のことを思い続けているのを知っているからだ。

 会社人として、また一人の娘の父親としての橋田常務のことは俺は尊敬している。

 そして橋田先輩のことも尊敬しているし恩義にも思っている。

 だから俺も態度をはっきりとさせなければならないと思った。


 「私のことは気にしないで。兜坂君にとっては不快なことだったでしょう」

 「いいえ、橋田先輩のような方から好かれたら、男だったらみんな嬉しいですよ」

 「ありがとう。でも本当にいいの。私が勝手に兜坂君を好きなだけなんだから」

 「……」


 橋田先輩ははっきりと俺に好意を伝えてくれる。

 だが俺に付きまとったり何かをせがんだりは一切しない。

 大学生の頃に交際できないと断って以来、一度たりとも俺にそれを望んだことすらない。

 ただ俺が望むように先輩と後輩としての関係をずっと保ってくれてきた。

 俺が橋田常務のいるアストラール社に入社したことは本当に偶然だった。

 それを橋田先輩が知った後でも、俺と美咲を大事な後輩なのだと父親に話し、俺たちがまた世話になっただけだ。

 だから俺はもう橋田先輩が俺に対して男女の恋愛感情を抱いているとは思いもよらなかった。


 あのことが無ければ、俺も橋田常務も橋田先輩の気持ちには気付かなかっただろう。

 後から思えば、橋田先輩は自分の気持ちを抑えることでどんなに苦しんでいたことだろうか。


 「兜坂君、何も言わないでね。お願いだから」


 橋田先輩は泣いているのだろう。

 必死で取り繕うとしているが、声が震えていた。

 あの件以来、俺は橋田常務から頼まれて橋田先輩とは連絡を絶っていた。

 それまでは月に何度かは電話で話したり、直接会ったこともある。

 橋田先輩は東大を卒業後にアメリカのスタンフォード大学へ留学し、最先端のナノマシン研究を学んでいた。

 橋田先輩も俺と同様にナノマシンの可能性に魅せられたのだ。

 その後、橋田先輩は東大の大学院へ戻り、成田教授の研究室へ入っている。

 大学院での論文が通り、今では成田教授の右腕となっていた。

 つまり、日本のナノマシン開発の優秀な研究者なのだ。

 そういう関係から、アストラール社でナノマシンを成田教授と研究している俺との繋がりもあり、連絡を取り合っていたのだ。





 あの自殺未遂事件までは……





 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■





 俺が美咲に結婚を申し込んだ後。

 互いの両親はもちろん、親しい友人たちや会社の人間にも知らせて行った。

 橋田先輩にもだ。

 橋田先輩には成田教授の研究室へ伺った際に報告した。

 成田教授は喜んで下さり、橋田先輩もお祝いを言ってくれた。

 

 「そうなんだ、おめでとう」

 「ありがとうございます」

 「ついに決まったのね」

 「30年も付き合って来ましたからね」

 「そうだったね……」


 俺は思い込もうとしていた。

 橋田先輩には学生時代に告白されたことはあった。

 だが俺が断ると、辛そうにはされていたがそれ以降は優しい先輩と先輩を慕う後輩として付き合ってくれた。

 以降、ただの一度も恋愛の雰囲気になることなく、俺たちはそうやって付き合って来た。

 美咲がいることが多かったが、時には俺と橋田先輩だけで会うこともあった。

 それでも仲の良い「先輩と後輩」だったのだ。

 だから俺も真直ぐに橋田先輩に美咲との結婚を報告した。

 橋田先輩は俺が思い描いた通りにお祝いを口にしてくれた。


 俺が思い描いた通りに?


 そうだ。

 俺が思い描いた通りだった。

 橋田先輩は少し血の気が退き、多少強張った笑顔で祝ってくれた。

 俺は橋田先輩の気持ちに気付いていたくせに!


 俺を苦しめないように、またずっと付き合えるように、橋田先輩は自分の気持ちを底に秘めていたのだ。

 俺もそれを知っていて甘えていたのだ。

 橋田先輩は優秀で強い人だと思っていたからだ。

 言葉のちょっとした端々や俺を見る視線で、俺も気付いてはいたが、橋田先輩のことだからいつか素敵な相手を見つけるだろうと思い込んでいた。

 こんな俺なんかに拘るのはおかしい。

 俺には美咲しかおらず、橋田先輩と付き合うことは出来ないと思っていた。

 だからこそ、橋田先輩の思い遣りに甘えてそのまま付き合って来たのだ。

 橋田先輩はいつか俺に振り向かせると言っていた。

 本当にそう思っていたのだろう。

 でも、それは出来なかった。

 俺の中には美咲しかいなかったのだ。

 




 俺は成田教授の研究室を出て家に帰った。

 途中で美咲の家に寄り、成田教授と橋田先輩に結婚を報告したと伝えた。

 美咲も喜んでいた。

 美咲には何も罪は無い。

 その夜、俺の家に橋田常務から電話があった。


 「奈保美が自殺未遂をした……」

 「!」

 「浴室で手首を切ったんだ」

 「橋田先輩は!」

 「幸い発見が早く無事だ。今は病院で処置を施しているが、後遺症もないだろう」

 「そうですか。良かった……」

 

 俺のせいなのは当然分かっていた。

 口に出されたことは無かったが、橋田先輩が今も俺に心を寄せていることは分かっていた。

 橋田先輩がナノマシンの研究を続けているのも、俺が同じテーマを追い掛けているからだ。

 橋田先輩とは時々お会いしてお互いの研究について話し合ってもいた。

 もちろん成田教授との関連の延長ではあったのだが、二人の間でもっと進んだ、また枠を超えた研究成果について交流していたのだ。

 それが橋田先輩にとって、俺との唯一の繋がりだった。

 俺はそのつもりは無かったが、やはり橋田先輩を利用していたのだろう。

 それに、橋田先輩とお会いするのは俺も楽しかったのだ。

 ナノマシンの研究者として、そして魅力的な橋田先輩と会い、楽しい時間を過ごしていたのは確かだ。

 美咲への愛は変わらないが、橋田先輩を好きな俺がいた。


 「あの、お見舞いに伺っても宜しいでしょうか」

 「……いや、断らせて欲しい。君を見ると娘が辛いだろう」

 「そうですか。分かりました」


 橋田常務は一切俺を責めることは無かった。

 本当に俺のために電話をくれたのだ。

 後から俺が知る前に、そうなれば俺が大きな衝撃を受けるだろうことを思ってすぐに連絡してくれた。

 そして俺に橋田先輩とはもう会わないで欲しいと言われた。

 成田教授の研究室でも俺と接することが無いようにされるだろうと。

 だから仕事関連でも顔を合わせることは無い。

 俺はそれを受け入れるしかなかった。


 申し訳ないという思いはもちろんだが、それ以外の何かが俺の心に突き刺さって苦しめた。

 美咲しかいない俺が、その痛みを持て余すようになっていた。

 もちろんもう橋田先輩とは会わない。





 そのことが寂しかった。

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