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美咲ちゃんはちっちゃくてカワイくて、そしてとっても早い  作者: 青夜


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19/19

美咲が泣いていた

 美咲は眠っているだろうと思い、買い物も済ませた。

 美咲のために絵本も買いたかったのだ。

 家に戻ると玄関で泣いている美咲の声が聞こえた。

 俺は申し訳なさで背中が寒くなり、慌てて鍵を開いた。

 美咲を精一杯に楽しませるために一緒に住んだというのに、何をやっているのか。

 慌ててドアを開けるとしゃがんで泣いていた美咲が飛び込んで来た。

 美咲のことは心配だったが、少しの間ならば大丈夫だろうと思った自分を許せなかった。

 美咲を抱き締める。


 「タカちゃーん!」

 「ああ、悪かった。ちょっと用事が長引いてしまって」

 「タカちゃーん!」


 大泣きだ。

 きっと目が覚めて俺がいないことに気付き、ずっと泣いていたのだろう。

 どんなに心細かったことか。

 本当に可哀想なことをしてしまった。


 「本当にごめんね。俺が悪かったよ」

 「いい! タカちゃんが帰ってきてくれたら、それでいい!」

 「美咲、ごめんね」


 俺はまた抱き締めて頭を撫でた。

 次第に美咲は落ち着いて来る。

 この辺の感情の変わりようは、幼児のそれだ。


 「さあ、ケーキを食べよう。買って来たんだ」

 「ほんとに!」

 「うん。『パティシエ・シマ』のだよ」

 「わーい! あしあとのやつある?」

 「ああ、美咲が好きだからな。ショートケーキもあるよ」

 「え、そんなに!」


 『パティシエ・シマ』は会社の近くの洋菓子店だ。

 美咲ともよく買いに行った。

 美咲にはその店の記憶があるのか。

 「足跡の」というのは、丸いケーキに肉球の痕がついているカワイイものだ。

 そのデザインを美咲が好んでいた。

 俺は美咲をテーブルに連れて行って座らせ、紅茶を淹れた。


 「はやくー!」

 「ちょっと待ってくれ!」


 美咲は足をバタバタさせて俺を急かす。

 でも満面の笑顔だ。

 俺が近くにいれば、美咲は嬉しいのだ。

 それなのに俺は……

 ようやく紅茶を持ってテーブルへ行った。

 美咲はちゃんとケーキの箱を開けずに待っていた。

 楽しみを待つことで、より楽しめるということを知っているのか。

 俺が箱を開いて美咲に見せた。


 「ほら、好きなのを選べよ」

 「あしあとのやつ!」

 「ショートケーキはいいのか?」

 「えぇ! 二つもいいの!」

 「今日は美咲を待たせてしまったからな」

 「やったぁー!」


 美咲の食欲はまだ衰えていない。

 今のうちに出来るだけ美味しいものを食べさせたい。

 店に連れて行くことは難しいだろうから、俺が頑張って作るか、こうやって買って来たものを与えるしかないが。

 そのうち、事情を話して個室で食べられる店も探そう。

 美咲が料理を楽しめるのも、あと僅かなのだ。

 紅茶を淹れ、美咲にケーキの箱を開けさせる。

 

 「わぁー!」


 美咲が喜んで、俺が『足跡』とショートケーキを取り出して皿に乗せた。

 美咲が嬉しそうに食べ始める。

 食事の際もそうだが、食べ方は汚くないことに気付いていた。

 こういうものは、考えるものではないためであり、習慣的になった動作のせいなのだろうと思う。

 カトラリーは上手く使うし、箸ももちろん大丈夫だった。

 一応熱いものは出さないようにはしており、紅茶も若干冷めている。

 美咲には、もう小さな苦痛も与えたくない。


 「タカちゃん、おいしいね!」

 「そうだな!」


 俺はショートケーキだけ食べている。

 甘いものはそんなに好きではないが、これまでも美咲が一緒に食べたがるので付き合って来た。


 美咲は先ほどまで泣き叫んでいたのが嘘のように、今はニコニコだ。

 でも、本当に二度と美咲を泣かせたくはないと思った。

 これから出掛ける時には注意しよう。

 週に一度は出勤する必要があるが、なるべく早く帰るようにしたい。

 まあ、研究の進捗によるのだが、美咲の母親も協力してくれることになっていた。

 こればかりは仕方がない。

 それに、アストラール社は外資系なので、サマー・バカンスは結構長期休暇が取れる。

 今までは研究優先で使ったことはないのだが、今年は再来月から一ヶ月の休暇を貰う予定だった。

 多分、美咲はその後には普通の状態ではなくなっているだろう。

 もうそれほど先のことではない。

 考え込んで手が停まっていた俺に美咲が尋ねた。


 「タカちゃん、もう食べないの?」


 美咲は自分の二つのケーキを食べ終わり、俺に聞いた。

 相変わらず早い。


 「ああ、食べるよ」

 「美味しいよね!」

 「そうだな」


 美咲が心配そうに見ていた。


 「タカちゃん、どっかいたいの?」

 「いや、大丈夫だよ?」

 「だって苦しそうなかおしてるよ」

 「そうか。でも大丈夫だよ」


 いけない、美咲の前で暗い顔になっていたようだ。

 美咲が立ち上がって俺の頭を撫でてくれる。

 昔から優しい子だった。


 「ありがとう、大分楽になったよ」

 「うん、いつでも言ってね!」


 俺が洗物をしていると、美咲が俺が買って来た絵本の入った手提げ袋を見ていた。

 俺は橋田常務と会った帰りに寄って来た新宿の紀伊国屋書店で購入したものだ。

 手提げから出して美咲に見せた。


 「わぁー!」


 20冊くらいある。

 俺にはよく分からないので、担当の店員さんに勧めてもらったものだ。

 5歳くらいの女の子、と伝えた。

 親切な店員さんが、いろいろと教えてくれ、俺は全部買った。

 そのせいで夕飯の買い物をする時間が無くなり、今日は出前をとることにした。


 「美咲、出前を頼むけど何が食べたい?」

 「うーん、タカちゃんの好きな物でいーよー」

 「そっか」


 幼い頃の美咲のはずだが、どこかで俺が自分に合わせたいと感じているのだろうか。

 優しい美咲は俺の食べたいものをと言ってくれる。

 どうせならと、俺は家では作れないものを頼んだ。

 ピザだ。

 パソコンの画面にピザ屋のメニューを開き、美咲に見せた。

 高級ピザ店のものだ。

 生ハム系のものに、美咲に好きにトッピングさせた。

 美咲はこういう記憶はあるようで、結構まともなトッピングを選んだ。

 4種の生ハムにマッシュルームとアスパラ、パイナップルとドライトマトにアンチョビ。

 トッピングは野菜系が主だった。

 俺はピザが届くまでにマイタケのバジルスープを作った。

 やがてピザが届き、食事にする。

 ピザのケースを開くと湯気が立ち込め、チーズのいい匂いがする。

 美咲が大喜びで食べ始めた。

 大きな口を開けて噛みつく。

 伸びるチーズが美咲の口から垂れる。

 ベトベトになった口元を拭いてやると美咲が嬉しそうに笑った。


 「美味しいか?」

 「うん!」


 俺も一切れ取った。

 流石に高級店で、いい香りが口の中に膨らんでいく。

 美咲が4切れ食べ、俺は2切れを食べた。

 相変わらず美咲は食べるのが早い。


 「もっと食べろよ」

 「でも、これはタカちゃんの分だよ?」

 「俺はもう一切れでいいよ」

 「そう!」


 美咲がニコニコしてもう一切れを食べた。

 俺は美咲の笑顔で十分だ。

 食事を片付け、また美咲と風呂に入りテレビを見せた。

 美咲は最初は興奮していたが、すぐに眠った。

 俺はそっとリヴィングを抜け出して寝室に行った。





 電話を掛けなければならない人がいた。

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