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美咲ちゃんはちっちゃくてカワイくて、そしてとっても早い  作者: 青夜


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橋田常務 Ⅱ

 「あの時は君にも多大な迷惑を掛けた」

 「いいえ、とんでもありません」

 「今も娘は君のことを愛している。佐伯君のことを娘にも話したんだ。個人の事情を漏らしたことは本当に申し訳ない。正式に訴えてもらって構わないよ」

 「いいえ、そんな……」


 俺は乱暴にカップを置き、ソーサーにコーヒーが零れた。

 本来は許されないことだ。

 家族でさえ、社員の個人情報、まして生死に関わる病気のことなど話して良いはずがない。

 公私混同という以上に重大な案件になる。

 しかし俺は橋田常務を責めることは出来なかった。

 会社で本当にお世話になり、またそれ以上に娘の橋田先輩を思う心が分かっているからだ。

 俺にも「負い目」がある。

 橋田常務は俺と美咲のために、本当に手を尽くして様々な手配をして下さったのだ。

 これほどに自分の娘のことを愛しながらも、俺と美咲のために手を尽くしてくれた。

 不動産も、内装工事も橋田常務の力が無ければこんなにも早くに納まらなかった。

 会社での俺の仕事ももちろんそうだ。

 研究室の長である俺が美咲のために在宅勤務が出来るように整えて下さった。


 「君が佐伯君と普通に結婚していれば、娘も諦めが着いたのかもしれない」

 「……」

 「私は君という人間を尊敬しているし、大事にも思っている。だから娘のことは残念にも思うが、これまでは君の気持を尊重しようと考えていた」

 「はい……」

 「だが状況は変わった。君は佐伯君とは長く付き合えない」

 「……」


 そんなことは分かっている。

 だけど、だから橋田先輩と結婚するというのは俺には出来ない。


 「私は人間として酷いことを言っている自覚はある。本当に申し訳ない。でも私が必ず君を説得すると娘に約束した」

 「橋田常務、自分は……」


 橋田常務が頭を下げた。


 「分かっている。君に重荷を背負わせるつもりはないんだ」

 「……」


 今、まさに背負わせようとしているのは橋田常務だが。

 だが同時に今も橋田常務が俺に何も強要しないようにしていることも分かっていた。

 娘を愛する親として、どうしても前に進むしかないのだ。

 自分が嫌われようと、また社会的な地位に疵が付こうと、それしかなかったのだ。


 「正直に君という人間にぶつかろうと思った。私には親としてそれしか出来ない」

 「困ります。私はとても……」

 「ああ、そうだろう。でも奈保美は私にとって大事な娘だ。私も精一杯に支えるつもりはある。何があろうと絶対に娘を守る」

 「はい……」

 「そして兜坂君の気持ちも分かる。佐伯君を愛し、どれだけの思いで今の決意をしたかということもね。それでも私は奈保美の父親だ。奈保美のために最大限に動くよ」

 「……」

 「済まない。申し訳ない。言ったように卑怯なことをしている自覚はあるんだ。それでもだ。兜坂君に考えて欲しい」


 ああ、この人は本当に愛情で動いているのだと思った。

 自分が汚れても、愛する娘のために最期まで動こうとする人間であることは分かった。


 「困りました。どうして橋田先輩はそこまで私のことを……」


 俺はそんなに女性から好かれる人間とは思えなかった。

 ごく普通の男だ。

 困ってはいるのだが、本当に不思議にも思っていた。


 「君の瞳の色らしいよ」

 「え? 瞳ですか?」


 思わず聞き返してしまった。

 本当に想像もしていなかった言葉だったのだ。


 「君の瞳が美しい紫色に見えたのだと言っていた」

 「なんですって!」


 驚いた俺を気にする風もなく、橋田常務は微笑んで俺の気持ちを鎮めるように言った。


 「あれで娘は結構男性から言い寄られるタイプでね」

 「……」


 それはそうだろう。

 聡明で美しい容姿でスタイルも抜群で、それでいて優しい方だ。

 誰からも愛される人間に間違いない。

 俺だってずっと尊敬して来たし、ナノマシンに出会わせてくれた大恩人でもある。

 正直に言って、橋田先輩に俺が魅かれていないわけでもない。

 それでも俺は美咲以外に見えなかった。

 でも、俺の瞳が紫色だなんて、どういうことだ?

 美咲も昔からそんなことを言ってはいたが。


 「橋田先輩は私の瞳が紫色だと言ったのですか?」


 橋田常務はそのことに俺が反応していたことにようやく気付いたようだった。


 「不合理な話であることは娘も承知している。でも、そう見えたのだと娘が言っていた。そしてそれが何かの奇跡、運命なのだと思い込んでしまったようだ。常識や経緯はどうあれ、娘は本気でそう思っている。それ以来、君のことに夢中なのだ。他の人間には一切目が行かない」

 「そんな……」

 「私も思い込みだとは思うよ。でもね、兜坂君。どうであれ、奈保美は本気なのだ。狂っていると言えばそうなのかもしれない。でも確実に本気なのだ」

 「そうなんでしょうね」


 答えようが無かった。

 俺にも橋田先輩が思い詰めていることは分かった。

 まさか卒業後もずっと俺を思い続けているとは思わなかったが。

 俺は別に普通の男だ。

 たまたま運が良く今の会社で実績を得たが、それは偶然のことであり、この先はどうなるのかは分からない。

 橋田先輩であれば、俺などよりもっといい男性と結ばれることは確実だ。

 何しろこの橋田常務がついているのだから。


 「橋田常務だって、私なんてそれほどのものではないでしょう」

 「そんなことはない。「トウサカ・ストラクチャー」の実績は素晴らしかった。君の発想力に確信を得ている」

 「あれは偶然ですよ」

 「もちろん運の良さもあった。でも君の能力が素晴らしいことは確かだ。それに君に研究チームを預けて、君の人事的な能力も、人格も確かだと思っている。娘を預けるに、君は申し分のない人間だ」

 「そんな……」


 橋田常務が微笑んで言った。


 「まあ、君でなくても、他にも良い人間はいるだろう。でも、奈保美は君以外では駄目なようだ」

 「……」


 また黙るしかなかった。

 橋田常務にしても、愛する娘の心に寄り添うしかないのだ。


 「話は以上だ。突然こんな話で申し訳ない。君が一番苦しんでいる時期なのも分かっている。人間として私は最低のことを言った」

 「いいえ、橋田常務の橋田先輩を思うお気持ちもよく分かります」

 「そうだ。私は仕事も夢中でやって来た人間だが、それは家族のためだ。娘にも愛情を抱いているのだ」

 「その通りかと思います。橋田常務は素晴らしい方です。以前からそう思っています」

 「そうか、ありがとう。どういう結果であれ、君のことはずっと応援するよ。それだけは約束する」

 「はい、ありがとうございます」


 本当に橋田常務はそうなのだろう。

 このまま俺が橋田先輩と結ばれなくとも、一人間として俺に接してくれる。

 そのことも今日は伝えるつもりだったのだと分かった。


 「申し訳ありませんでした」

 「いいよ。今日は兜坂君と話せてよかった」

 「はい」

 「胸の中にしまっておいてくれればいい」

 「はい」


 俺は店を出た。

 橋田常務はまだ座ったままだった。

 俺に背中を向けたままだった。

 俺はその背中に一礼した。

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