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美咲ちゃんはちっちゃくてカワイくて、そしてとっても早い  作者: 青夜


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橋田常務

 美咲と一緒に昼食を食べ、美咲を眠らせた。

 美咲は昼食の後で少し昼寝をする習慣があった。

 美咲のお母さんから聞いていた。

 肉体ではなく、5歳児の精神活動の習慣だ。

 脳が様々な情報を処理することで欲する休息なのだろう。

 恐らくは5歳児の自分と本来の大人の自分とのギャップが相当なストレスを生んでいるのだ。

 5歳の美咲は自分の整合性を一生懸命に取っているのだろう。

 俺はベッドの美咲の額にキスをして家の戸締りをし、出掛けた。


 橋田常務は、実は大学時代にお世話になった橋田奈保美先輩のお父上だ。

 俺と美咲がアストラール社に入った後でそのことを知った。

 俺たちの入社は全くの偶然だった。

 俺だけが橋田常務に呼ばれ、橋田先輩とのことを聞かされた。

 橋田常務は最初から俺のことを知っていた。

 俺は橋田先輩にお世話になった話をしたが、橋田常務は当初は橋田先輩と俺との結婚を考えていたようだった。

 橋田常務はアストラール社で多大な実績があり、人事にも影響力が大きかった。

 それを使って俺に何かを強要したことはないが、俺に橋田先輩との結婚を勧めては来た。

 しかし偶然に俺が「トウサカ・ストラクチャー」を発見し、会社に多大な貢献をしたことで一旦は橋田先輩とのことはうやむやになった。

 それに、橋田先輩とのことは純粋に娘を思う父親の気持ちからだったのだ。

 俺という人間を認めてくれたことは嬉しいが、俺に橋田先輩と結婚するつもりは無かった。

 もちろん、美咲がいたからだ。

 橋田常務は仕事と私的なこととは完全に分けて考える方で、俺に結婚は勧めては来たがそれで仕事上で何かをされることは無かった。 

 それよりも俺などに親しく接してくれるようになった。

 娘の結婚相手の候補としての意向もあっただろうが、それを表には出さずに一緒に食事をしたりするようにもなった。

 まあ、そういう人間だからこそ出世もしたのだろうが。

 それに相手に気を遣って自分の気持ちを抑える考え方は、まさしく橋田先輩と同じものだった。


 会社の近くの『エトワール』という喫茶店が指定の場所だった。

 随分と高い店で、コーヒー一杯が3000円もする。

 俺も美咲もほとんど入ったことはない。

 商談などで使用されるような店で、だから他の客と仕切られた席でゆっくりと話せるようになっている。

 俺が店に入ると店員に席まで案内され、橋田常務が先に来ていた。

 俺に気付いて振り向いて笑顔になった。

 橋田先輩と同じ、優しい顔だ。

 

 「ああ、忙しい所を悪いな」

 「いいえ、とんでもありません。ご無沙汰しております」


 美咲が幼児退行をしたことで、会社は退職することになった。

 そして研究部署を持っている俺も一緒に退社しようと考えたのだが、橋田常務がそんな俺のために体制を整えてくれたのだ。

 もちろん、実績を出している俺を引き留める理由もあったのだが、俺の窮地を救いたいという厚意もあった。

 そして一人娘の橋田奈保美先輩の婿に俺をという意向もある。

 はっきりとそう誘われたからだ。

 橋田常務は物事を切り分けて考える人だが、それらを遠慮する人間では無かった。

 だからちゃんと全てのことを俺に伝えてくれる。

 だから今日の話というのも理解していた。

 御恩のある方なので足を運んだということだった。


 「単刀直入に言う。私は佐伯君の事情を知っている」


 やはりそうだった。


 「君は佐伯君と婚約は継続しているのだね?」

 「はい、以前にご報告した通りのままです」

 「そして今は一緒に住んでいる」

 「はい。橋田常務の御手配で美咲と一緒に暮らしながら仕事が出来るようになりましたことは深く感謝しております」

 「籍は入れたのかね?」


 随分と突っ込んで来る。

 橋田常務は隠そうともしていない。


 「いいえ、まだ。美咲の御両親が頑なに拒んでいまして」

 「そのお気持ちは分かるよ」

 「はい」


 俺が美咲と正式に結婚したならば、俺の戸籍に疵が着くと考えてのことだ。

 美咲を俺に預けてはくれたが、御両親は俺の将来まで慮ってくれている。


 「君は普通の状態ではない佐伯君を受け入れ、今も一生懸命に支えようとしている。私は君を人間として深く尊敬している」

 「いいえ、私の身勝手なばかりで会社には随分とご迷惑をお掛けしております」

 「いいや、それはいいんだ。兜坂君はこれまで十分に会社に貢献した実績があるし、将来性もまた期待している」

 「それにお応えしようと思っております」


 橋田常務が俺を真直ぐに見た。


 「今すぐにとは言わない。君の佐伯君に対する愛情は本物だということはよく承知しているからな」

 「ありがとうございます」

 「佐伯君は残念ながら、もう長くはないそうだね」

 「……」


 言いにくいことまで踏み込んで来た。

 橋田常務がそれだけ本気だということだ。

 そういう話し合いが出来る人間だからこそ、橋田常務は出世したのだ。


 「しばらく後で構わない。君の気持が落ち着いたら奈保美と結婚してくれ」

 「お断りします」


 俺も本気で応えた。

 感情が乱れ、橋田常務を少し睨んでしまったかもしれない。

 それを橋田常務は気にも留めなかった。


 「赦して欲しい。今はそういうことを言うべきではないね」

 「いいえ、自分こそ。このことは橋田先輩は御存知なのですか?」

 「知っている。私から話したからね」


 個人情報の漏洩に間違いないが、ここでの会話を訴えるはずもない。

 証拠が残らないことと、俺がまさかそんなことをするはずがないことを確信しているからだ。

 俺たちはコーヒーを啜った。

 高級店だけはある、美味いコーヒーだ。

 カップも金箔の意匠を凝らした逸品だ。


 「君も知っての通り、娘は自殺未遂を図った」


 橋田常務は優しい人間だが、決して甘い人間ではない。

 様々な状況をここまで乗り切って来た英雄なのだ。

 だが俺も自分を曲げるつもりは一切無い。

 一人の人間として、正々堂々と向き合わなければならないと思った。

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