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第四話

「……お嬢さん」


 玄慶は、湯呑みから手を離したまま動かなかった。


「もし、久賀先生の死に真白が関わっていたのだとしたら真白のことを追うのは、おすすめせん」


 その声はただ穏やかに私を諭すように話す。ただ、その声に静かな恐れが隠れている。


「真白が動揺すれば、必ず“あやつ”が動く」


 明確な名前は出てこない。しかし、真白の背後に誰かが“いる”ことだけは伝わる。


「そしてそのとき、君も巻き込まれる。“あやつ”に心ごと掴まれる」


 玄慶は、しばらく言葉を飲み込むように黙った。

 重い沈黙が続く。玄慶が恐れる人物。考えるとふと、帳面に書いてあったとある名前が結びついた。


「“あやつ”とは桐沢仁ですか?」


 その名を口にした瞬間、空気がわずかに凍りついた。玄慶はすぐには答えなかった。唇がためらいがちにわずかに震え、やがて静かに息を吐く。


「……もう、知っていたのだな」

「名前、しか知りません。どんな方なのですか?」


 玄慶は視線を畳に落とした。まるで、その記憶に触れることさえ躊躇うように。


「真白の……養父だった人だ」


 私は息をのみ、言葉を待った。


「真白は……ここで引き取られた頃、頭が良くて久我先生は良く褒めていた。顔立ちもほら……綺麗すぎて心配になるほど」


 苦笑とも、ため息ともつかぬ声。


「だからすぐに貰い手が見つかってな……引き取ったのが桐沢仁だった」


 そう言って引き出しから取り出されたのは古い写真。

 写真の中には、幼い真白と帽子を深く被った青年が並んで立っている。真白の顔は強張り、やや後方へ引けている。対して桐沢と思わしき青年は、爽やかに歯を見せて笑っている。目元は帽子で隠れており、それが何処となく不気味であった。この写真からでも、二人の関係が推測できる。


 玄慶は視線をこちらに向けて言う。優しさではなく、警告として。


「真白――引いては桐沢に関わるのはやめておきなさい。君まで、あの男の手の内に入ってしまう」


 玄慶の警告はどこまでも穏やかで、その言葉はすんなり胸に落ちる。

 けれど、私の中には揺るがないものがある。父がいなくなったあの日、どうしても見過ごせない疑念とともに、ひとつだけ、はっきりと決めたことがあった。


(知らないままでは、終われない)


 その決意は、静かに、確かに私の胸で燃え続けている。


「……私は、父がどうして亡くなったのか、知りたいんです」


 言葉にした瞬間、喉が熱くなった。


「父は何よりも正しい人でした。

出自や貧しさを理由に差別する事なく、全ての病気や怪我を抱えている人の苦しみを救おうと尽力していました。

父は私にとって、道を外れぬよう導いてくれる光でした」


 父親の姿を思い出し、言葉が胸の奥で詰まる。


「だから、父の死が“自業自得”だなんて、そんなふうに終わらせたくないんです」


 玄慶の瞳がわずかに揺れた。


「父は、自分本位な理由で危険を犯す人ではありません。あんな治安の悪い場所――歓楽街に行ったのもきっと、誰かを助けようとしたからです」


 言葉は堰を切ったように感情と共に溢れる。


「私は、その “理由” を知りたい。父は誰を助け、何を守ろうとしたのか。それを、正しく理解し父の意思を受け継ぎたいのです」


 静寂が落ちる。溢れた感情が自分の体を巡る。

 落ち着くように深呼吸をすると、畳の柔らかな香りが鼻腔をくすぐる。

 深呼吸の後、再度玄慶の顔を見据えた。


「私は目を逸らしたくありません」


 声は震えていたが、迷いは無かった。


「真白に会います。そして確かめます。父が守ろうとしたものを」


 真白が隠している物が、父の死に関係しているのであれば私は知る必要があるだろう。


 外では、風に揺れる竹の葉がかすかに擦れ合っている。

 玄慶は目を伏せ、長く息を吐いた。


「その覚悟があるのなら、もう止めはせん」


 そして、ゆっくりとうなずいた。


「気をつけなさい。あの子のことを想うなら、なおさら」


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