第二話
真白に関わるなと強く突き放され、意気消沈したまま帰宅した。
(だめだわ、こんな事で落ち込んでいたらーーお父様の死の真相に辿り着けない)
再度、手がかりのため遺品を整理する必要がありそうだ。私は生前父が使用していた診察室へ向かった。
夜更けの診療室は、まるで主人の死を悼むかのように静まり返っている。
この部屋のすべては、父が亡くなったあの夜から、何ひとつ変わっていない。
診療机の上に持ってきた蝋燭を置く。炎がゆらめき、父の残した古い聴診器や銀の医療器具を淡く照らしている。
長年、数多の人の命に触れてきた父の息遣いが、まだ残っている気がした。
机の引き出しを整理していると、一枚の帳面が貼りついているのを見つけた。慎重に剥がすと、かすれた墨の跡が現れる。
それは、診察した患者の名前を日毎にまとめた物であった。一日の診療人数と、患者の受診頻度が把握できるようになっている。
そこでふと、一つの名前だけが頻回に診察を受けている事に気がつく。
「桐沢、仁……?」
見覚えのない名だった。
日頃より父の手伝いをしていたため、患者は概ね把握している。頻回に来る人であれば尚のこと知っているはずだったが、桐沢仁という名前に全く心当たりがない。
不思議に思いつつ隠されていた名簿をたどる。次第に奇妙なことに気づく。その人物を診察したとされる日、父は必ず「休診」とし診療所を閉めていたのだ。
騒つく胸を抑えつつ名簿を捲り最後の頁に辿り着く。そこには、まったく性質の異なる言葉が、一行だけ強く刻まれていた。
『桐沢の件、真白には絶対に言うな』
(……真白?)
胸の奥に、黒い霧のような不安が広がる。息が詰まりそうだった。
灯の揺らめきが、帳面の文字を歪ませる。
父は何故桐沢仁という名を隠そうとしたのか。父は何を恐れ、そして何を守ろうとしていたのか。
(確かめなきゃ)
父の着古した白衣の前で、私は静かに決意した。




