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第一話

 秋の夕暮れは早く、風は冷たく肌を撫でる。軒先のガス灯がひとつ、またひとつと灯り、暮れていく町を淡く照らした。


 町医者だった父はある日突然この世を去った。失踪の末、歓楽街で変わり果てた姿で発見された。役人は「強盗殺人」と決めつけ、夜中に治安が悪い場所へ行った父の自業自得だと暗に言っていた。しかし、私にはどうしても消えない疑念があった。


(お父様が、自分からあんな物騒な場所に行くはずがない……)


 母を幼い頃亡くし、父と二人で質素倹約に慎ましく暮らしてきた。父は医者といっても、貧しい人々から報酬を受け取らず、現金の代わりに野菜や米などの現物で受け取っている事もしばしばあった。そのため食卓は賑やかであったが、財産の蓄えは少なかった。

 

 そんな父の遺品の中に、一通の手紙があった。封には、見覚えのある文字でこう記されていた。


『蒼崎 真白へ』


 蒼崎真白とは私の幼馴染だ。以前は、何度も一緒に遊んでいた。父が診療所へ真白を連れて来なくなり、徐々に会う回数が減った。今では顔を合わせる事も無くなった。

それでも、名前を見た瞬間、胸の奥に広がる懐かしさに会いたいという気持ちが湧いてくる。

 私は封筒を胸に抱き、私は蒼崎家の屋敷へと向かった。


―――


 蒼崎家は“屋敷”と呼ぶにはやや質素な造りだが、立派な門構えと手入れの行き届いた庭が、その家が積み重ねてきた年月と格式を静かに物語っている。

 玄関には吊るされた灯籠の明かりが橙に揺れていた。

灯の揺らめきに導かれるように、私は一歩、敷居を跨いだ。


「……随分、懐かしい顔が来たな」 


 声は低く、感情を隠すように抑えられている。 


 銀髪にも見える白髪。人形のように整った顔立ち。陶磁器のように滑らかな白い肌は、どこか現実離れしている。

 あの頃、いつも笑っていた面影が、どこにも見当たらなかった。


「真白……久しぶりね」


 声が震えた。目を見つめると、避けるように彼はわずかに視線を逸らす。その仕草に胸の奥が痛む。


「……俺に何の用だ?」

「これを、渡しに来たの」


 差し出した封筒に、彼の視線がゆっくりと落ちる。だが、手を伸ばそうとはせず、静かに背を向けた。


「帰れ。……もう、ここには来るな」


 真白は冷たくそう言い放ち、家の中へ消えていった。

 まるで、幼い頃のことなど“もう何も知らない”かのように。

 呼び止めようとした声は喉の奥で掠れ、ただ冷たい風だけが頬を撫でた。



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