眠れる人格
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《アルテ視点》
「いらっしゃいませ、お客様」
二人がお店を出た直後──
扉の鈴が鳴り、一人のお客様が来店された。
真似事とはいえ、これは犯人を欺く為の大切な任務。
私は胸の奥の緊張を押し込み、
本物の画材屋になりきって、丁寧に頭を下げた。
そのお客様は、大きな頭巾を、顔が完全に隠れるほど深く被っていた。
この山の民なのか……それとも、他所から来た旅人なのか。
外見からは、何も判断できない。
「あらぁ、凄いわねぇ……。
今日開店したばかりって聞いていたけれど、
品揃え……いいわねぇ」
店内を、じぃっと舐めるように見回す視線。
私はその言葉を褒め言葉として受け取り、柔らかく微笑んだ。
「恐れ入ります。
もし何かご入用でしたら、お申し付けくださいね」
「う〜ん……そぉ〜ねぇ?」
悩むように棚へと身体を向けるお客様。
しかし、頭巾の影で表情は見えない。
……これでは、何を求めているのか分からない。
申し訳ないけれど──少しだけ。
私は心の中で詫びて、竜眼を使った。
…………。
……。
………。
「おねぇさんねぇ、
絵の具を探しているのだけどぉ」
「……どのような絵の具でしょうか?」
笑顔のまま応対を続けながら、
内心では強い焦りが広がっていた。
……どういう事?
竜眼は、確かに発動している。
それなのに──
この人の心が、”何も視えない”。
この人……一体、何者……?
私は警戒心を高め、
笑顔という仮面を、より強く張り付けた。
「貴方のオススメ……
聞いてもいいかしらァ?」
「……天然の岩絵具はいかがでしょう。
私は、白緑が好きですよ」
焦りを悟られないよう、言葉を慎重に選ぶ。
「あらぁ……そうなのねぇ?
いいわねぇ、白緑……。
優しくて、やわらかぁい色……
まるで、貴方の髪の色みたい……ねぇ?」
その瞬間。
お客様の手が、私の髪を一束、躊躇なく摘み上げた。
……随分と、遠慮のない方ね。
変装の時、髪色も変えておくべきだったかもしれない。
背筋を這う寒気を押し殺し、私は口を開く。
「……お気に召しませんでしたか?」
「まッさかぁ!好きよ?だぁい好き!
この色も、貴方の事も……ねぇ?」
「……恐れ入ります」
その言葉に、感謝の意味は一切込められていなかった。
目の前の人物は、本当に“お客様”なのか。
そう思うだけで、逃げ出したい衝動が込み上げる。
張り付けた笑顔に、亀裂が入り始めた、その時。
相手は、ようやく私の髪から手を離し、こう言った。
「でもぉ……そうねぇ……。
私が一番好きな色は、
もっとぉ〜っと情熱的で艶やかな色……。
……例えばそう……
“本古代朱”とか?
アレは、”よく燃える”のよねぇ?
まるで……そう……皮膚が爛れた色みたい」
「ッ……」
不謹慎にも程がある──
そう叫びかけた口を、必死に噤んだ。
落ち着きなさい、私……。
火災事件は、多くの翠山の民が知っている。
証拠も無い今、
どれだけ悪質な冗談でも、耐えるしかない。
竜眼で心が視えない以上、
私に分かるのは、表面の言葉だけ。
「………申し訳、ございません。
その色は……」
「無いのよねぇ?ごめんなさいねぇ?困らせちゃって!
ギャッはは!!」
「……え……?」
しかし……
私の苦悩を嘲笑うように、
目の前で──“それ”は、正体を現した。
「……なんで……」
頭巾の下から現れたのは、
昨日から行方不明になっていた画材屋の店主──
”プリスナさんの顔”。
……けれど、解る。
竜眼を使わずとも、はっきりと。
目の前の彼女は、”プリスナさん本人ではない”。
「……貴方、今まで何処に?!」
「ん〜?
ずっといたわよ?翠山に♡」
「……貴方は、誰ですか?
本物の店主さんではないですよね」
「あらぁ?!
よぉく分かったわねぇ??そうなの……!
おねぇさんねぇ、
実はプリスナじゃないのよぉ」
当たり前だ。解るに決まっている。
私は彼女の画材屋に行った事も、本物の彼女と話した事もあるのだから。
「……火災事件の犯人は、
“貴方”なんですね」
「ギャッは!そぉよぉ?
私から会いに来ちゃった!
驚いちゃったぁ?ねぇ、嬉し?」
自分から放火魔だと主張する彼女に、
もう、我慢ならなかった。
その言葉で、
私の中の何かが、限界を超えた。
「……少し、静かにしていただけませんか。
貴方のその声……不快です」
「えぇ〜?つめたぁい!
いじわるねぇ??なんでぇ〜???」
人を沢山傷付けて、多くの尊き命を奪っておきながら、
どうして……この人は、笑えるのだろう。
その態度、話し方、視線……
何もかもが不快で遺憾極まりなく、怒りを禁じ得ない。
「……私は、貴方に怒っているのです」
「ん〜?嘘、そうなの〜?
怒ってるの?それで??全然わかんなぁーい!
ギャッはは!」
私がどれだけ怒りをあらわにしても、
目の前の人物は嗤うばかりだ。
「ッ答えなさい……!
……店主さんに、何をした?」
「あらぁ〜!?
ッふふ……いいわねぇ……。
貴方、そんなに怒れたのね?」
魔法武器を取り出して彼女の喉元に矢先を当てると、
ようやく私の怒りが伝わった。
……しかし、
最早そんな事、どうでもいい。
「ッ巫山戯ているの?!
彼女を返してッ!」
「え〜?それはぁ、無理よ〜?
だってぇ……
おねぇさんがぁ、
とッッッくに殺してしまったものん♪」
「───ッ……」
この人……今、何を言って……。
「ねぇねぇ、翠嵐ちゃ〜ん♪
本当は分かっていたんでしょ?
もうプリスナがぁ〜
死んでいるって!」
私が彼女の言葉に固まると、
嫌な笑い方をする口が、更に……不快になる言葉を紡いできた。
「分かっていて尚
そんな事言っちゃって…
あ〜!貴方、もしかしてぇ…
現実逃避♡しちゃってる?」
「ッ黙って!」
「こわぁーい!怒ってる♡
……ギャッはは!!」
人の命を玩具のように……
なんて…なんて、残酷な人なんだろう。
「……本当に酷い……。
貴方は、救いようがない狂人ね」
「そお〜よぉ?
よぉ〜く分かったわねぇ?えらぁ〜い♡
おねぇさんがぁ〜…褒めてあげようか?」
その言葉と同時に、彼女の手が、私の頭に伸びてきた。
……が、
伸ばされた手を、私は叩き落とした。
こんな人に、二度と、触れられたくない。
「ッ誰かを憎んだのは、これが初めてよ。
私……貴方の事……
ッ本当に、大ッ嫌い!」
思いつく限りの罵詈雑言を、ぶつけたかった。
しかし、これ以上の言葉が出てこない。
生まれて初めて感じた"強すぎる怨恨の感情"が、邪魔をする。
『大嫌い』…だなんて、
子どもでも思いつきそうな程幼稚な悪口言葉が、
私の暗い気持ちを全部含んで……勢いのまま溢れ出た。
「……ッふふ……」
……その瞬間。
心底嬉しそうに
彼女は、不気味な気配を纏って──
「──ギャッはは!!」
……笑んだ。
「ふぇ〜ん……嫌われちゃった♪
でも……良かったわぁ〜!
貴方の心に“憎しみ”♡を植え付けられて!」
「……は……?」
彼女が、何を言っているのか……。
何故、彼女は笑っているのか……。
何を、そんなに喜んでいるのか……。
私には何一つ、理解出来ない。
ただ──
これから、良くない事が起きる。
それだけは、本能が告げていた。
「ほんとぉ〜に、
苦労した甲斐があったわ♪」
「ッ貴方……何……言って……ッ?!」
それと同時に、突然、
頭が割れるような激痛が走った。
心も、身体も──全身が、痛い。
まるで、鋭利な刃物に刺されるような……
鋭い…凶暴な痛みだ。
「ッう……ッ……これは……」
…私は、この痛みを知っていた。
……一度目は、十年前。
二度目は……
あぁ…そうだ………。
夏──シュウと会って……
その時、闇の力を………。
なら、コレは……?
全身が痛いのに……。
痛くて痛くて堪らないのに……。
何故か……
抗えない眠気が、意識を包み込む。
「……。」
私は、耐えかねる痛みに包まれたまま、
ゆっくりと目を閉じた。
……目の前に広がるのは、
真っ黒な闇だけだった。
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《?????視点》
不快……不愉快……。
嗚呼……身体中が、痛い。
最悪の目覚めだ。
「ふぅん……これが闇の力ねぇ……?
この子が、この星を壊せるって話……
本当なのかしらぁ?
だとしたらぁ……おねぇさんも
貴方の力、欲しいわぁ〜……あがッ?!」
『……やってくれましたね。愚か者』
「……え?」
闇の力、だと?
……言語道断。不届き至極。
断じて、許し難い。
『身の程を弁えなさい……穢らわしい』
……この“私”を相手に、
斯様な真似をするとは。
実に、容赦ならぬ所業と申せよう。
「ッ──き、急にどうしたのぉ?
おねぇさん、ビックリしちゃったじゃない……。
あ〜それともぉ〜?
それが本来の貴方なのッ?!
え"ぁ……ぐッ……!」
“私”を傷付けた事──
後悔すれば、いい。
「ひ、引っ掻くなんてぇ……
ひどいじゃないのよぉ〜翠嵐ちゃん!
こぉんなに大きな傷、付けるなんてぇ……」
……この者は。
なんと、煩いのだろう。
何の許しがあって──
”その名”を、口にする?
嗚呼……頭が、痛い……。
『……飛沫が生ずる。
口を閉じなさい、小娘』
「ッ?!────!!
ッ───?!」
……この者を、
幾ら甚振ったとて。
痛むこの身が、癒える事など……ない。
「……。」
されど──
ほんの、わずかばかり。
胸のつかえは、下りたようだ。
『……ッ……ようやく……
……鎮まっ……た……』
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《アルテ視点》
『翠嵐……』
……誰かが、
“私”を呼んでいる。
『ねぇ、目を開けて翠嵐……』
優しい声。
でも……これは……。
『翠ら───……』
……誰、の……?
…………………………
………………………………。
「アルテッ!!アルテ、しっかり!!」
「ッおい、起きろアルテ!!」
「姉上……目を開けてください……」
「うッ──ッ……痛……」
「アルテ!!」
瞼を開いた瞬間、視界いっぱいに飛び込んできたのは、
探偵さんと、師匠と、永護の”顔”だった。
……近い。
…三人とも、お顔が近い……。
「あれ……私、どうして……倒れ……」
何故か痛む身体を無理やり起こして、状況を整理する。
なんだか頭が重い。
意識が、まだ完全に繋がっていない感覚……。
たしか……。
一人で、店番をしていて……犯人が、現れ…て……。
「ッ?!──犯人は?!」
思い出した瞬間、反射的に立ち上がった。
けれど、店内を見渡しても……
そこに“彼女”の姿はない。
まさか……私、逃がしてしまった?!
「……安心しろ。
お前が魔法で拘束してくれてたから、
奴はもうとっくに牢屋の中だよ。
だが……まさか昼間の内に来るとはな」
「……拘、束?
私が……?」
師匠の言葉が、頭に入ってこない。
だって……私は、気を失っていたはずで。
拘束した記憶なんて……もちろん、欠片もない。
自分の身に何が起こっているのか……
状況がまったく分からなくて……
気が動転して、クラクラする。
「っと、危ない……。
アルテ、大丈夫?」
探偵さんが咄嗟に身体を支えてくれなければ、
私はまた倒れていたと思う。
……「大丈夫」。
そう言いたかったのに、喉が動かなかった。
「ねぇ……なんかアルテ、
また髪の毛……黒くなってない?」
「……え?、あ……」
その一言で、心臓が跳ねた。
恐る恐る、自分の髪を摘む。
指の間をすり抜けるそれは──
毛先を除いて、ほとんどが黒く染まりかけていた。
これは……闇の力。
その呪いが、進行している証。
──「“憎しみを植え付けた”」。
彼女の先の言葉が、不意に脳裏で蘇った。
闇の力は、負の感情を糧に成長する……。
あの人の本当の狙いは……まさか、最初から……。
「ッ姉上!
やはり奴に何かされたのですか?!」
「……ううん。
大丈夫、何もされてないよ。
ほら……私、どこも怪我してないでしょ?」
永護の問いに、今度こそ『大丈夫』と返せた。
実際、身体に外傷はない。
あの、魂を引き裂かれるような痛みも……
もう残ってはいなかった。
「確かに……。
どちらかと言えば……
お前、随分“暴れた”みたいだな?」
「……え?
私が……ですか?」
私の身体に傷一つ無いのを確認した師匠は、
そう言ってどこか楽しそうに笑う。
けれど私は、首を傾げるしかできない。
だって……信じられない。
「本来なら、一人で戦おうとしたお前を
咎めるべきところだが……
……今回は、正直スカッとしたから許してやる」
「あ〜!確かにあの犯人、ボッロボロだった!!
アルテが制裁してくれたんでしょ?
私が殴るまでもなかったよ〜」
「……そう……なんですか……」
探偵さんまで目を輝かせて言うものだから、
胸の奥に、じわりと不安が広がった。
……私、何をしたの?
まさか……ただ気を失っただけでなく、
破壊の力で暴走してたんじゃ……。
「だが……相手が犯罪者とはいえ、
お前があそこまでするのは……初めてだな」
「それだけ頭にきたんだよ!だってアイツ!
プリスナさん殺して、身体乗っ取ってたんだよ?!
自分が殺した被害者の亡骸に乗り移るなんて……!」
その言葉に、背筋が凍った。
どうやらプリスナさんを殺めた"あの人"は、
”自分が手にかけた亡骸に乗り移る”異能力の持ち主だったらしい……。
探偵さんから犯人の情報を聞いた私は、
彼女との会話を思い出して震える。
……やっぱり。
私の予想は、外れていなかった。
「……あれは、魔界の使者です」
プリスナさんに成り代わっていた人物が
"誰の手によって差し向けられたのか"を、私はようやく理解した。
今後避けては通れない闘いが、
すぐそこまで迫っているのだと……嫌でもわかる。
「あの人の持ち物を調べれば、
朱殷の秘石……その複製物を、持っている筈です」
「……まさか」
三人の視線が、私に集まる。
「……竜眼が、通用しませんでした」
それ即ち──
あの人物も、“ドミシオン様”の複製秘石を携えていたという事。
「姉上……本当に、大丈夫ですか?」
「……えぇ。心配させてごめんね、永護。
私は平気よ」
今回の事件の本当の狙いは、
最初から──
“私の力”だったのだ。
私が嫌がり、悔しがり、憎らしいと思うやり方で……
そして私が一番傷付く形で。
あの人物は、この数日で火災事件を巻き起こしてみせた。
確実に私が負の感情を抱くように。
自分自身を大いに憎ませて。
……竜の、”破壊の力”を手に入れる為だけに。
これは初めから全部仕組まれていて……
私達は、彼女の手のひらの上で弄ばれ、踊らされているようなものだったのだ。
「……これは一体……?
新しい画材屋ができたって聞いたから
来てみれば、荒らされてるじゃないか?!」
「まさか……また事件か?!」
「もう嫌!
画材屋になんの恨みがあるって言うの?!」
事件の裏で繋がっている破壊者や、ドミシオン様について
私達が思案している最中、
不意に……外が騒がしくなった。
「あれって……
私達が情報を伝えた民達?」
「……何故、こんなに集まって……」
そのまま外に目を向けると、
不安と混乱に染まった翠山の民達が、お店の前に集まっていた。
まさか……これは……。
……あぁ。
「……嵌められた」
声にならない声が、喉の奥で潰れる。
慌て恐怖し、絶望に染まった民達を見て……
事の重大さに気が付き、私は後悔した。
想像していたよりも、ずっと本気で。
ドミシオン様は、私の力を覚醒させようとしている。
あの人は、そういう人だった。
と、今になって思い出したのは、十年前の悲劇。
翠山全土を包み込む炎の中。
妹を抱きながら、笑っていた──あの人。
『貴女が欲しい……。
ねぇ、小さな白真珠ちゃん。
貴女の力、私の為に使ってちょうだい?』
……もし今回も、あの人が関わっているなら。
他の事件にも“破壊者”達が関与している可能性は高い。
「……火災事件の被害者、
全員画材職人だったんだよな?」
師匠の声で、我に返る。
「はい……。
それと……その殆どが、
絵の具専門の職人達……でしたよね、姉上?」
「……えぇ。
……だから、かもね」
不安そうに確かめてくる永護に頷いてから、私は再び外を見た。
外に集まる民の数は、刻一刻と増えていく。
「一度に画材屋が何軒も無くなったら、
画材を買いたい民達は、困る……とは思っていた」
師匠も外に視線を向けていたけれど、
このどうしようも無い状況を見てか……諦めたように呟いた。
「……でもまさか、
ここまで大事になるとは……」
「これじゃ今更、
犯人を捕まえる為の嘘でした〜
なんて……言えないよ……」
「……事件は解決した筈なのに……
……心が、痛みますね……」
三人の言葉が、胸に重くのしかかる。
……きっと、これも計画の内。
ドミシオン様の指示なのだろう。
今まで夜にしか事件を起こさなかった放火魔が、
何故わざわざ昼間に私の元へやって来たのか……やっと解った。
「……永護。
探偵さんと師匠を連れて、本邸に戻って」
果たして私は──
“守護者”のままで、いられるのだろうか……。




